表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/97

71.歌が裁く拘束の鐘

王都ヴェルナス――

久方ぶりに戻ったその地は、以前とはまるで空気が違っていた。


街路を歩く人々の目には、どこか怯えの色が混じっている。

中央広場には神殿の布告が張り出され、町の噂話は一つの名前で持ち切りだった。


「調律詠者セリア・ライトフォード、神殿による尋問と歌唱制限下に置かれる」


セリアは無言でその布告を見つめた。

リクが怒りをにじませて言う。


「……あんまりだよ。何もしてないどころか、何人も助けてきたじゃないか!」


「何もしてないからこそ、恐れてるのよ」

アイリスが静かに返す。


「“制御されていない力”――それが一番怖いのよ。

私たちが何を信じ、何を守ってきたのかが、根本から揺さぶられるんだから」


ジェイドが懐から文書を取り出した。


「これが神殿から出された正式文書だ。

『信仰を脅かす言動と力の兆候が確認されたため、一定期間の拘束と封印を施し、

安定化の見込みが確認されるまで公的な活動を制限する』」


レオンがその言葉に眉をひそめた。


「つまり、“黙ってろ”ってことか。

信仰を守るために、歌を封じ、口を閉ざせと。

力を持ったからこそ、使うなと命じる。……矛盾だな」


セリアは一度、目を閉じて深く息を吐いた。


「……行こう。

私は逃げない。けど、言うべきことは言う」




神詠騎士団本部・会議の間。

そこには神殿の高官たちと、王都評議会の代表者たちが集っていた。

そしてその中央に、セリアと彼女の仲間たちが招かれていた。


グラン・エスパーダが席に着き、重々しく口を開く。


「調律詠者セリア・ライトフォード。

お前の歌は、もはや我々の定めた祈りの形式から逸脱している。

その力は未知であり、意図せず世界の秩序を崩す危険性を孕んでいる」


「それは、“力そのもの”を否定する理由になりますか?」

セリアは一歩前に出て言った。


「私は、自分の意思で歌ってきました。

誰かを癒やすために、守るために、そして導くために。

その結果として、新しい共鳴が生まれたのなら……それは“恐れるもの”ではなく、“理解すべきもの”じゃないですか?」


「理解には時間がかかる」

別の評議員が声を上げた。


「だが力は瞬時に人を傷つける。

“歌”である以上、我々はそれを“神の声”と同義と見なさざるを得ない。

ゆえに、調律詠者には一時的な封印処置を――」


「それでも……」

そのとき、会場に一つの声が響いた。


レオン・アークライト――神詠騎士団副団長が、前に出た。


「俺はセリアと共に戦った。

何度も命を助けられた。

あの力が“恐怖”なら、俺はその恐怖に何度でも頼るだろう。

なぜなら、あの力には“誰かを守りたい”という信念があるからだ」


ざわめく会場。

評議員たちは互いに顔を見合わせ、何人かは狼狽していた。


「副団長、あなたは騎士団の人間として、信仰に基づいた判断を――」


「俺は騎士である前に、一人の剣士だ。

誰かを守るために剣を振るい、誰かの信念を信じてここに立っている。

セリアの力を、俺は信じる」


アイリスも静かに歩み出る。


「私も最初は否定していました。

けれど彼女の歌には、人を包む“調和”がある。

それは、祈りや信仰と同じくらい、価値のある響きだと、今は思っています」


沈黙が広がった。


その中で、グラン・エスパーダはゆっくりと立ち上がり、

何かを押し殺すように、低く言った。


「――ならば、調律詠者には“選択の猶予”を与える。

拘束命令は一時保留とし、今後の言動と行動を、我々が定めた範囲内で“監視”させてもらう」


「……それが、あなたの下した裁きなんですね」

セリアは静かに言った。


「裁きではない。“保全”だ」

彼の言葉は、すでに信念というより、政治だった。




その夜。

セリアは、神殿の外れの小庭に腰を下ろしていた。


月明かりが差し込むなか、そっと歌唱杖を膝に置きながら、つぶやく。


「“歌が裁く”って……本当は、誰が誰を裁いてるんだろうね」


誰も答えなかった。


けれど、その歌は確かに世界に響いている。

いつかこの声が、ただの力ではなく、誰かの救いになるように――

セリアは、まだ歌い続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ