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69. 歌が裁く秘されし振動

王都への帰路、セリアたちは南の古い砦に立ち寄っていた。

風の記録者エルノアから受け取った“破調の旋律”――かつて禁忌とされた歌の記録は、

小さな装置の中に、今も微かな振動を秘めていた。


夜が更け、焚き火の灯が小さく揺れる。

セリアは装置を手にしながら、火を見つめていた。


(破調の旋律……力として使えば、相手の共鳴を崩せる。

でもそれって、本当に“歌”と呼べるんだろうか)


それは調和の否定。

誰かと心を重ねるのではなく、共鳴そのものを切断する力。

優しさをもって戦うセリアにとって、それは“武器”にしか思えなかった。




その静寂を破るように、砦の見張り塔から警鐘が鳴り響いた。


「魔物だ! 南の森から接近!」


セリアはすぐに立ち上がり、歌唱杖を手に取る。

レオン、アイリス、リク、ジェイドも、すでに戦闘態勢に移っていた。


門前に現れたのは、大型の四足獣――だがその姿は不自然だった。

毛皮の間から黒い硬質の突起が覗き、目は血走っており、

何より“咆哮もせず”、異様なほど無音で動いている。


「……歌わない」

アイリスがつぶやく。


「え?」

リクが眉をひそめる。


「普通の魔物は、本能的にでも鳴き声のような“音”を発する。

魔力に反応しやすく、音が制御に直結してるから」

ジェイドが解説する。


「でも、こいつはそれをしていない。むしろ――“音を避けてる”ようにも見える」


セリアは魔物の挙動に違和感を覚えていた。

それは、ただの“無音”ではない。

音を拒み、一定のリズムの近くに反応し、異常なほど“歌詠士”の位置を正確に特定している。


(もしかして――)


ふと、脳裏に“別の光景”がよみがえる。


前世。

白衣を着た自分――音羽 静。

ナノマシン制御研究室。

音波を照射した際、反応性を高めすぎた動物実験体が、

体内のナノマシンを吐き出そうと、高周波音に対して攻撃行動を取った記録。


(これと……同じ反応……?)


「セリア、避けろ!」

レオンの声が響く。


魔物がセリア目掛けて突進してくる。

その軌道は一直線――まるで、彼女の歌に引き寄せられているかのようだった。




「響け、守りの歌――!」


セリアは即座に防壁の旋律を展開し、魔物の攻撃を受け止める。

だがその威力は凄まじく、バリアが砕け散り、セリアは吹き飛ばされた。


「くっ……!」


アイリスが支援の歌を重ね、リクが前に出ようとするが、

魔物は“音の発信源”を探るように耳をすまし、再びセリアへと狙いを定める。


「これはただの習性じゃない」

ジェイドが叫んだ。


「ナノマシンを過剰に取り込んだ個体だ!

体内の振動が不安定で、自律制御が崩れてる。

共鳴を遮断するには――強制的に逆相波形をぶつけて“音場”そのものを破壊するしかない!」


「逆相……」


セリアの中で、ピンと音が弾けた。


それは、“破調の旋律”。

共鳴するすべての音を乱し、制御を切断する禁じられた歌。


だが、いまなら意味が分かる。

これはただの“攻撃”ではない。


共鳴を拒絶された者が、自らの存在を守るために、

敵の内部共鳴そのものを断ち切るための“最後の手段”だった。


セリアは立ち上がり、歌唱杖を構える。


(私は、誰かを倒すためじゃない。

この世界の“共鳴の歪み”を、正すために歌う)


「――解き放て、破れた旋律。

音をほどき、響きを沈めて」


セリアの歌が空気を揺らし、構造の隙間に滑り込む。

その瞬間、魔物が苦悶のようにのたうち回った。


振動の位相が崩れ、内部で“制御反応”が暴走し、やがて魔物は膝をついた。

音もなく、静かに崩れるように動きを止める。




しばしの静寂のあと、誰よりも先に口を開いたのはジェイドだった。


「……信じられない。あれだけの暴走反応を、“歌”で解除できるなんて」


「でも……セリア、大丈夫か!?」

リクが駆け寄る。


セリアはゆっくりとうなずいた。


「うん、平気。……ちょっと、疲れたけどね」


彼女の手の中で、歌唱杖がわずかに温かく光っていた。




(この魔物の動きは偶然じゃない。

ナノマシンと共鳴する“歌詠士”を狙う行動には、科学的な根拠がある。

そして――私は、そのことを“知っていた”。

前世の記憶が、私に道を教えてくれた)


セリアは目を伏せ、唇を引き結んだ。


(もう迷わない。

この歌が誰かを救えるなら、私はその“真実”に、向き合い続ける)

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