41.歌が裁く覚悟の刃
朝日が昇り始めた頃、セリアとカイルは森の中を慎重に進んでいた。
逃走中の身である以上、騎士団に見つからないように、道を外れて移動するしかない。
木々が生い茂り、冷たい朝露が二人の頬を湿らせている。
カイルが周囲を確認しながら、セリアに話しかけた。
「次の目的地まであと半日ってところか。だが、追手がいないとは限らない。油断するな」
「うん……」
セリアは歌唱杖を握りしめ、不安そうな表情をしている。
「昨日の戦い……本当に私、あれで良かったのかな」
カイルは少し眉をひそめた。
「仲間を傷つけるのが怖いのか?」
「それもあるけど……攻撃の歌を使った自分が、やっぱり怖い」
「力は使い方次第だ。俺たちはその使い方を見極めるために進んでいるんだ」
セリアは少しだけ頷き、心を落ち着けようと深呼吸をした。
(私が力を恐れていたら、前には進めない……)
歩き続ける中、ふと森の奥から奇妙な音が響いてきた。
「何かいる……?」
カイルが警戒を強め、歌唱槍を構える。
「魔物かもしれない。注意しろ」
その時、茂みの中から突然巨大な影が飛び出してきた。
それは、異様なほど長い腕を持ち、体毛が黒く染まった猿のような魔物だった。
「――ぐぅああああっ!」
魔物が咆哮しながら、二人に向かって突進してくる。
「くっ、避けろ!」
カイルがすぐに歌を紡ぐ。
「――風よ、刃となりて切り裂け!」
鋭い風の刃が魔物を斬り裂こうとするが、その硬い毛皮に弾かれてしまう。
「硬すぎる……!?」
「どうしよう、カイル!」
「力を集中させれば、貫けるかもしれない。だが、数が多すぎる!」
魔物は一体だけではなかった。次々に同じ姿の魔物が現れ、四方を囲むように迫ってくる。
セリアは震える手で歌唱杖を握りしめた。
(攻撃の歌を使えば、この魔物たちを倒せるかもしれない……でも、また暴走したら……)
カイルが焦った声で叫ぶ。
「セリア、早く! 防御だけじゃ持たないぞ!」
(守るためには、力を使うしかない……)
セリアは意を決して、歌を紡ぎ始めた。
「――炎よ、心を燃やし、敵を退け!」
歌声が力強く響き、杖先から炎の刃が放たれる。
その炎は魔物に直撃し、硬い毛皮を焼き焦がしていく。
「ぐあああああっ!」
魔物の一体が倒れ、他の魔物たちも警戒して後退した。
カイルが驚きの表情を浮かべた。
「今の……お前がやったのか?」
「うん……多分、歌に炎の力を込めたから……」
「やればできるじゃないか。だが、まだ油断するな!」
残りの魔物たちが再び襲いかかってくる。
セリアは息を整え、もう一度歌を紡いだ。
「――風よ、渦巻き、敵を封じよ!」
風が渦を巻き、魔物たちの動きを鈍らせる。
その隙をついて、カイルが突進し、槍を突き出す。
「これで終わりだ! 風の槍撃!」
突風と共に放たれた一撃が、魔物の心臓を貫き、息絶えさせた。
戦いが終わり、二人は息を切らしながら地面に腰を下ろす。
「やっぱり……攻撃の歌は、恐ろしい力だね」
セリアが呟くと、カイルは少し笑った。
「確かに強力だが、お前が暴走しなければ問題ない。むしろ、よく制御できたな」
「制御……できたのかな。まだ、自分でもよく分からない」
「いいか、セリア。力を恐れるなと言っても、完全に無視して使えという意味じゃない。恐れと共存することで、初めて制御が可能になるんだ」
「恐れと共存……」
「力が怖いなら、その怖さを受け入れた上で使え。それができれば、暴走なんてしないさ」
セリアは深く頷き、少しだけ笑顔を見せた。
「分かった。私、ちゃんと向き合ってみる」
「その意気だ。さあ、先を急ごう。遺跡はもうすぐだ」
夜、焚き火の前でセリアはふと思い出した。
(力を制御するためには、恐れと共存する……私が前世で研究していた音響工学も、力の発生源を理解すれば制御が可能だった)
(音の共振も、ただ強力な力を持たせるのではなく、制御するための理論があったはず……)
(それを魔法に応用できれば……)
セリアは新たな考えを巡らせながら、カイルを見つめた。
「ねえ、カイル。もし、歌の力が科学で説明できたら、どう思う?」
「ふん、面白い発想だな。だが、信仰に囚われた連中には受け入れられないだろう」
「そうだよね……でも、私は知りたい。歌がどうして力を持つのか、その理由を」
カイルは少しだけ笑みを浮かべた。
「その好奇心、大事にしろよ。俺たち異端者に必要なのは、真実を追い求める意志だからな」




