第55話
頭上からの奇襲に、カッツェ神父は辛うじて反応した。
ヤツフサに振り下ろそうとしていた剣を、咄嗟に頭上へ向けようとする───そのタイミングを見計らい、ナイフを構えたノワール先輩が地を蹴る。
上方と前方からの同時攻撃。
人質を抱えた状態では、対処が難しいと考えたらしい。カッツェ神父は左手のエルフリーデ女王陛下を先輩へ投げると、剣を両手で持ち頭上の襲撃者を払うように振るう。
がいん、と鈍い音。聖剣を素手で難なく弾いた襲撃者は、空中で一回転して体勢を整えると私達の近くに着地した。
赤い髪、背中に身の丈程の直刀を携えた襲撃者──ブラッド団長はこちらを一瞥して私達の無事を確認すると、油断なくカッツェ神父を見据える。
「っ、ごほ、げほ……っ!!」
突然解放され、気道の自由を得た女王陛下が酸素を求めて咳き込んだ。ノワール先輩が受け止めた為、怪我等はしていないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「くっ……、何者か!」
「“赤のギルド”だ。部下が世話になったな」
団長は相変わらず背中の武器を抜く事なく、両手の拳を硬く握り締めて軽く重心を落とす。いつ斬り掛かって来られようと、反撃に転ずる事ができる姿勢だ。
何故、直前まで魔の森にいた団長が王都にいるのか。理由は簡単、光の扉を使ったからた。
神父に見咎められ、城内へ投げた先輩の団員証。ブラッド団長はそこへ扉を繋げ、城内を駆け登り上から奇襲を仕掛けたんだ。
先輩が律儀に戸を閉めたのは、団長が来る事を察して、扉の光を神父に気取られないようにする為だったんだろう。
何か考えがあると思い、神父に話を振って時間稼ぎをしていたが……どうやら正解だったようだ。
「っ!」
緩みかけた意識が、響き渡った金属音で再び張り詰められる。
絶え間なく襲い来る神父の聖剣を、ブラッド団長は気功で身体を強化し難なく防いでいく。
決して自分からは撃ち込まず、その場から動かず守りに徹するブラッド団長。おそらく、神父の意識が私達に向かないようにする為の選択だろう。
そんな団長を見て、防戦一方にならざるおえない程に押されていると判断したのか。カッツェ神父は更に激しく剣を振るう。
白銀の軌跡を描く聖剣。己が優勢であると思い、口角を上げるカッツェ神父。だが一合、二合と打ち合う度に、その顔には怪訝の色が混ざり始めた。
……そうだ。カッツェ神父は聖剣の剣先を大量生産して、馬型埴輪でも四日はかかるケノラナから王都までの間を、僅か数時間で踏破できる程の身体強化を得たはずだ。
そんな驚異的な身体強化魔法が掛かっているなら、ブラッド団長と打ち合いになるはずが無い。仮に渡り合えたとしても、素人の私が目で追える速度のはずが無いのだ。
けれど現に、目の前のカッツェ神父の動きは……詳細は分からないけれど、何をしているか分かる程度には目で追える速さで。
「……っ!」
ガキィン、と一際大きな音が響き渡った。
カッツェ神父の聖剣と、気功で強化されたブラッド団長の腕。そのふたつがぶつかり、ギリギリと鍔迫り合いのような形になる。
そう、鍔迫り合い。これもまた、大量の聖剣の欠片で身体を強化した神父には起こり得ないはずの現象だ。
困惑の表情を隠そうともしない神父に、団長はいつも通りの泰然さで言葉を投げる。
「どうした。信徒達がそんなに気になるのか」
「っ、貴様……!」
「別段驚く事でもないだろう。元々、お前達がケノラナを出立した事を感知したのは俺だ。
膨大な数の神力反応。しかも、あのサーリャに影響が出る程の量だ。それだけの量をただの人間が一人で発動していたら、間違いなく魂が焼き切れる。
故に、共犯者が複数存在し、個々に神力の発生源を所持している、と見るのが自然だろう」
ブラッド団長が腕を振るう。あまりの膂力を抑えきれなかったのか、カッツェ神父の身体は弾かれザザ…と地を滑るように後退した。
「おおかた、信徒と共に革命でも起こそうとしたのだろうが……残念だったな。王都門にはサーリャが向かっている。お前の様子から察するに、もう制圧は完了したらしいな。
これ以上の抵抗は無意味だ。大人しく降伏する事を勧める、神父カッツェ───いや」
いつも通りの淡々とした事務的な雰囲気のまま、ブラッド団長は言葉を紡ぐ。
「勇者エルヴィン、と呼んだ方がいいか?」
その何気無い、けれど衝撃的な一言に。私は勿論、女王陛下も周囲にいた騎士達も、その言葉を投げられた神父すらも瞠目して団長を見やる。
「ゆ、勇者エルヴィン……? そんな、魔水晶に反応があるとの報告は無かったはずですが…………」
咳き込み続け、ようやく酸素の自由を得た女王陛下がポツリと溢す。
……数日前に聞いた話だと、この国において追放刑を受けた者は首に特殊な入れ墨を刻まれ、その入れ墨を持つ者が許可なく国内に入った場合、各地に設置された魔水晶が反応する仕組みになっている、との事だったはず。
そして、勇者エルヴィンの追放後、その魔水晶が反応した事は一度もなかった、と。
エルフリーデ女王陛下の呟きに、ブラッド団長は視線を前方に向けたまま応える。
「ええ、厳密には勇者本人ではありません。おそらくは大量の魔力が混入した事による記憶と自認の不具合…………わかりやすく言うなら、カッツェ神父の身体に勇者エルヴィンの生霊が取り憑いたようなものでしょうか」
先程、ノワール先輩やゲイルさん達から聞いた話を思い出す。
他者の血液、ひいては魔力を体内に入れる事で起こり得る不具合。リゼ達みたいに魔族の性質が発現したり、食べ物の好みが変わったり。臓器提供レベルになると、記憶転移なんて現象が起こる事もある、と言っていたっけ。
……あぁ、成る程。
教会に潜入したノワール先輩が見た神父の日記には、四年前に国境付近の廃教会へ行ったきり記入が途切れていたと聞いた。パン屋のおじさんが『神父が急に変わった』と言ったのも、それぐらいの時期。
つまり、今から四年前。カッツェ神父は国境付近に赴き、何らかの理由で勇者エルヴィンの魔力が混ざってしまったんだ。廃教会に勇者の魔力が込められた何かが置かれていたか、もしくは国境ギリギリに勇者本人がいたのか……詳細は定かでは無いが。
そして、いわゆる記憶転移に近い現象が起きた。自認の不具合、とも団長は言っていたから、勇者の魔力が精神を侵食したのかもしれない。
……でも。ひとつだけ疑問が。
何でブラッド団長は、それを見抜く事が出来たんだろうか。
「……何故、そう思った?」
私と同じ事を、カッツェ神父も思ったらしい。団長の言葉を否定も肯定もせず、鋭い視線と共に言葉を投げ掛ける。
「俺の身体強化は西洋魔術ではなく、東洋の気功といった技術でな。体内で魔力の循環を早める性質からか、極めると魔力に対して五感のひとつが鋭敏になる。俺の場合は視覚がそれでな。
流石に吸血種には及ばないが、俺もある程度なら魔力を“見”分ける事が出来る」
よく見ると、ブラッド団長の眼がうっすらと光を帯びているような気がする。金色の瞳の奥でゆらりと揺れるのは、きっと彼の体内を駆け巡る魔力だろう。
「お前の体内を巡る魔力の色は、お前の肉体から生成される魔力と一致していない。他者の魔力が混入した時に見られる反応だ。しかも、本来の色を塗り潰す程に、混入した魔力量が多い」
まるで事務的に書類を読み上げる文官のように、ブラッド団長はただ言葉を紡いでいく。
「そして、その魔力には神力で焼けた跡が見られる。ここ数年で付いた物ではない、十年は経ったであろう火傷痕だ。
今から十年前、このヴィゴーレ国でそれ程の神力を振るった者となると……真っ先に思い付くのは勇者エルヴィンしかいないだろう」
「…………は」
カッツェ神父の口から、声が溢れた。
たった一音だったそれは連続し、繋がり、やがて高笑いへと変わっていく。
「いやはや、まさかそんな理由でバレる事になるとは」
団長の言葉を、カッツェ神父……いや、彼は否定しなかった。
はははは、と壊れたように声を発していた彼は、これまた狂った歯車のように急に笑うのを止め、不敵に口角を吊り上げる。
「その通り。“俺”はエルヴィンだ! 女神の加護により、敬虔な信徒の身体を借りて舞い戻った!!」
声を張り上げ、高らかに聖剣を掲げるカッツェ神父────否、勇者エルヴィン。
その動きがどこか手慣れてる、と感じたのは気の所為ではないんだろう。聖剣の儀でも幾度か見た動作だ。
「この俺が今、聖剣を持ってここに立っている事こそ、女神の寵愛を受けている証! 女神は俺がこの国の王になる事を望んでいるのだ!!」
怒鳴り付けるように。そうであるべきだと言い聞かせるように声を張り上げる勇者エルヴィンの姿を見て、ブラッド団長は小さく溜め息を吐く。癇癪を起こした子供に呆れるような仕草だった。
「先程ヤツフサが言った言葉を鑑みろ、と言っても聞かないだろうな。まあ、予測は出来た事だが。
……エルヴィン・カステン。先達として、ひとつ忠告しておく。その聖剣を使い続ける事は推奨しない」
そんな団長の言葉を聞き入れるはずもなく。エルヴィンは聖剣を両手で握り締めると、そのままゆっくり振り上げた。
「女神ベローナは典型的な西洋神だ。その聖剣は、女神から直接神力を引き出す事で力を発揮する」
エルヴィンの行動を見て想像通りだと目を細めながら、それでもなお団長は“忠告”を続ける。
言った所で、勇者が止まる訳ではないと知っている。けれど、伝えるべき事は口にするべきだと。
せめて、これから起こる事象の原因は、教えておくべきだろう、と。
「……そんな剣を大量に増やした挙句、一斉に力を使ったとなれば。いくら国を挙げて信仰されている神でも、神力が枯渇するだろう」
光が、溢れる。白銀の剣身から、黄金の光が沸き立つ。
──勇者が女神より賜った聖剣は、悪を断つ光を放つ。と、ビアンカ様が語っていた。
その光がどれぐらいの威力を誇るのかは分からないけれど、二十年前の魔物大量発生で魔王クラスの魔物を討ち取った実績がある事を考えると、相当の破壊力を有しているはずだ。
膨大な光により、陽炎のように揺らめく聖剣。
だが、その光の砲撃が私達に放たれる事は無く、
「忠告は、したからな」
ブラッド団長が、そう呟いた瞬間
ばきり、と
世界が軋み、ひび割れるような轟音が、周囲に響き渡った。
身体強化魔術と気功による身体強化の違いは
魔術→外付けパーツを付ける
気功→内部を改造して機能を強化/追加する
というイメージです
カメラで例えるなら、前者は外付けレンズを付ける、後者はバラして改造して画質を良くしたりサーモグラフィー機能を搭載する感じ




