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サカサの塔と謎解く獣  作者: 玄武聡一郎/山白一人
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エリの作った暗号

 わずか数刻の間に最愛の二人失った僕は、レイナさんとエリの遺体を、裏庭に埋めた。

 当然、誰も手伝ってはくれなかった。

 誰かに手伝わせるつもりもなかった。


 二人の埋葬を終えて数日は、僕は呼吸する人形のように、自分の部屋で横たわっていた。悲しいとか、苦しいとか、そんな感情を通り越した、圧倒的な虚無だけが胸の奥で鎮座していた。

 どれくらいの日数が経ってからだったか……やがて僕は、空っぽになった家の中を二人の痕跡を探すように徘徊し始めた。

 この前まで楽しく三人で囲っていたテーブルや、レイナさんが料理をしていた台所。部屋の隅で存在を主張するいびつな植物や、レイナさんが持ち帰ってきた珍妙な置物。

 なにもかもがよそよそしく感じられた。まったく知らない家に急に放り出された気分だった。


 ふいに、何かに引き付けられるように、エリの部屋に入った。

 本棚に立てかけられたたくさんの古書以外は、飾り気のない部屋だった。僕の部屋とあまり変わらない。だけど、きれいに折りたたまれた毛布がおかれたベッドや、チリ一つ落ちていない部屋は、確かにエリの痕跡を残していた。


 ふと目線を落とすと、机の上に小さな木箱がおかれていた。


『お兄ちゃん』 


 その時、あの丘の上で聞いた、あいつの言葉を思い出した。


『もし私が死んだらね、私の部屋にある木箱を開けて欲しいんだ』


「これが、それか……」


 誰に言うでもなくつぶやいて、木箱を開ける。中には一枚の紙が入っていた。

 暗号だった。


挿絵(By みてみん)


 僕の知らないところで、自分でも作っていたのか……。

 ぼんやりとした頭で解読を試みる。


 左の文字列と右の数字列の同じところに矢印が付いていた。

 左上から入って、右下に出るような誘導。おそらく右の数字列をもとに、左の文字列をたどると、何か文章が浮かび上がるような暗号なのだろう。

 さらに下には「数に囚われた一文字を追え」という補足のヒントがある。 


 よくできているなと思った。自分でも作ろうと思い立ったのは、毎日僕の謎かけを解いていたからだろうか。今となってはもう……分からない。


 暗号を解いていると、少しだけ辛い現実を忘れられる気がした。

 もしかしたらこれは、エリが残してくれた僕へのプレゼントなのかもしれない。自分がいなくなることを見越して、そうなった時にきっと僕が辛くなって、自分の部屋に来るであろうことを予測して、置いておいてくれたのかもしれない。


 次に僕は文字列の上の五本の線に注目した。

 暗号や謎かけに無駄な情報は一つもない。これも何かしらの意味を持つはずだ。

 五本の線には右肩上がりの斜め線が入っていて、交差する点や空間が下の文字列の位置と一致していた。

 さらによく見れば、横線は五つではなく、一番左だけ六本になっている。

 この線の並びには見覚えがあった。

 五線譜。音符を記入することで、上下の関係で音の高低を表すことができる表現方法だ。


『レイナさーん! この本ね、とーっても面白かったよ! 音楽ってすごいね! 面白いね!』


 嬉しそうに笑っていたエリの姿が脳裏をよぎって、僕はそっと暗号の書かれた紙を箱の中に戻した。

 エリの顔を思い出すのが辛かった。


◇◇◇


 レイナさんの部屋では日記を見つけた。

 僕たちと出会ってからあの日に至るまで、毎日欠かさずつけていたみたいだ。以外にまめな人だったんだなと思う。始まりはこうだ。


『今日、遺跡の近くで子供を二人拾った。一人はソラト病を患っていた。我ながらどうかしている。だけど、妹を守ろうと必死で、小さな体を張って私をにらみつけてきた兄貴の目を見たとき……私はどうしてもあいつらを助けたいと思ってしまった。ミラを守ろうとしていたあの時の私の目に、よく似ていたから』

 

 ミラとは誰だろうか。文章の雰囲気から、レイナさんの大切な人だったのかなと思った。


『小さい方の妹はエリ、生意気そうな顔をした兄貴はカイトと言うらしい。驚いたことに、カイトはエリの音狂いを抑制する方法を確立していた。謎かけや暗号を見せれば大丈夫、と彼は言っているが……一体どういう原理なのだろう?』


『カイトの言っていた方法が確実ではないことが、今日分かった。おかげで家の中はめちゃくちゃだし、私も少なからず傷を負った。私はエリに、勝手に家から出ないように強く言い聞かせた』


『まだ二人には言っていないが、塔から音が降るタイミングには一定の規則がある。雨や雪が降るのとは根本的に違う、何か生命の代謝活動のようなものを感じずにはいられない。私は長年この村で過ごし、この地域の塔が音を降らす周期を把握している。そのタイミングで私がエリのそばにいれば、問題ない。私なら彼女を止められる』


 塔から音が降るタイミングに周期性があるなんてこと、僕は知らなった。話してくれればよかったのに、と思うけれど、理解するにはこの頃はまだ少し、幼かったかもしれない。


『カイトのおかげで、音狂いを止める方法の足掛かりは掴めている。抑制法を確立するためには、まだ少し時間が必要だ。カギとなるのは、日程か? 気候か? 体調か? それとも……やはり、カイトの作る謎の中にあるのか? 今はまだ分からない。だが、解き明かして見せる。必ず。二人が大人になる前に』


 このあたりから、徐々に僕たちに関する、とりとめのない、日常的な描写が増え始めた。

 やれ、僕が皿を壊しただの、エリが夜悪夢を見て自分の布団に潜り込んできただの、僕とエリの会話が微笑ましいだのなんだのと……堅い文章で、癖のある筆跡で、レイナさんの思いが綴られていた。

 段々と文章に温かみが増すたびに、日記の端を握る僕の手に力がこもっていく。


『どうやら、エリとカイトが私の目を盗んで家から抜け出すことを覚えたようだ。私は塔から音が降る日は彼らの後をこっそりつけて、遠くから見ていることにした。大人への反抗、反骨精神、大いに結構! 悪いことをしなければ、良いことを知ることはできないからな。幸い村の中へ降りることは避けているようだから、私も見守ることにしたいと思う。私がいないと外出できないというのも、息が詰まるだろう』


「ばれてたのか……」


 僕たちが企んでいることくらい、レイナさんにはお見通しだったみたいだ。僕もエリも、レイナさんに見守られていたんだ。

 温かく。

 知らないことが沢山あったんだなと、ページをめくるたびに感じる。

 知らないまま別れてしまったんだなと、そのたびに心が痛む。

 もうすぐ読み終わる。次が最後のページだ。


『今日、遺跡に行ってきた。こういうのを天啓とでもいうのだろうか。今まで全く分からなかったことが、ふとした拍子に雷鳴のごとく飛来したアイディアでもって解明することができるだなんて。

 どうやら、私は大きな勘違いをしていたようだ。ソラト病という狭い枠組みにこだわりすぎていたのかもしれない。そもそも……ソラト病と呼び方にも語弊があるのではないだろうか。

 私の推測が正しければ、これは決して【病】などではない。どちらかと言えば【現象】に近いのではないかと思う。だとすればカギとなるのは、過去、歴史、幻獣、アカシックレコード、そして……カイトの作った謎。これに尽きるだろう。今日は眠れないかもしれない。

 必ず解き明かしてみせる。真実はもう目の前にある。ソラト無き世界まで、あと少し。


 ……ああでも、明日は塔から音が降る日だから、彼らの小さな悪だくみにも付き合ってあげないといけないな。まったく、可愛いやつらだ』


 どうやらレイナさんは、ソラト病に関して、何か重要なことに気づいていたようだ。それを解き明かすのに夢中になって、僕たちの後を追うタイミングが少し遅れた。

 いつになく興奮した筆跡からも分かる。ソラトのいない世界にたどり着く、ほんの数歩手前まで、レイナさんは行きついていたんだ。

 ソラトのいない世界。

 エリが何の憂いもなく過ごせる世界。

 それを奪ったのは――


「僕だ……」


 日記を閉じ、自分の部屋に向かう。

 二人の痕跡を探して家の中を徘徊して、二人の残り香を見つけたら辛くなって、目と耳を塞ぐ。

 なんて矛盾した、愚かな行為なのだろう。


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