初めての贈り物 sideミランダ
アルファ様のお屋敷に来てから二ヶ月が経ちました。お屋敷の皆様は本当によくしてくださって、覚えることは多いですが、とても楽しい日々を過ごしています。
アルファ様は変わらずお忙しくしておりますが、月に四、五回ほどお屋敷に戻ってこられます。少ない頻度ではありますが、会えない期間が長かったのでへっちゃらです。何より帰る場所にいられることがとても幸せに感じていました。
幸せすぎて私は失念しておりました。
年に一度くる大切な日を。
それを知ったのはメイド長のアリアさんとの何気ない会話でした。
「もうすぐ坊っちゃんの誕生日ですね。今年は帰ってこれるとよいのですが」
ふとカレンダーを見つめて呟かれた言葉に私は固まりました。
「奥様?」
「アルファ様の…誕生日…?」
「ええ。1月8日は坊っちゃんのお誕生日ですよ。…ひょっとして、ご存知なかったのですか?」
さぁと青ざめた私にアリアさんは苦笑いをしました。
苦笑いですまされる問題ではありません!
ど、どうしましょう!
アルファ様の誕生日を存じ上げなかったなんて、私ったらなんて間抜けなの!?
床に崩れ落ちる私にアリアさんが声をかけてくださいます。
「大丈夫ですよ。まだ一週間もありますし。今年は皆で盛大にお祝いしましょうね」
「すみません…私…」
「まぁ、そうは言っても肝心の主役がその日を忘れてそうなので、帰ってこれるかどうか」
「アルファ様は自分のお誕生日を忘れているのですか?」
そう尋ねるとアリアさんが苦笑いで言いました。
「坊っちゃん、そういうことにはてんで疎いですからね。奥様が知らないのも無理ないです」
アリアさんの言葉に私は立ち上がります。落ち込んでいる暇はないと思ったからです。
「お祝いをしましょう! アルファ様にも戻ってくるようにお手紙を書きます」
気合いの入った私はさっそく手紙を書くべく部屋に戻りました。
いつもの便箋に向かって一呼吸。思いが文字に込められるようにペンを走らせます。
『アルファ様へ
お元気ですか? 私は元気で過ごしています。1月8日はアルファ様のお誕生日だということを私、今さら知りました。
知らなくて本当にすみません。
知っていたら去年もお祝いできましたのに、それができずに悔やまれます。
だから、今年はお祝いをしたいです。できれば、お顔を見ておめでとうございますを言いたいです。
アルファ様が生まれてきてくれた大切な日ですもの。精一杯のお祝いをさせてください。
だから、その日は帰ってきてほしいです。何時になったって構わないですから。お顔を見せてくださいますようお願いします。
ミランダより』
少しおしつけがましかったかしら…
でも、帰ってきてほしい。
お祝いをさせてほしい。
私は丁寧に手紙を封筒に入れてそっとキスをしました。
どうか思いが届きますように。
◇◇◇
急いで手紙を投函した後、私はお祝いをする準備を始めました。
お祝いといえばケーキです!
ケーキなんて年に一度の贅沢品でした。卵とお砂糖を贅沢に使ってお母様とばあやが作るケーキはふわふわでしっとりしてて甘くて一口食べただけで幸せになれたものです。
あの幸せな瞬間をアルファ様も味わってほしいです!
ケーキ♪ ケーキ♪
さっそく私はシェフのアルバートさんに相談しに行きました。
「坊っちゃんの誕生日ケーキですか? それはいい。ぜひとも作りましょう」
「ありがとうございます!」
「そうだ。贅沢にフルーツをたっぷりのせたものを作りましょうか?」
「フルーツですか?」
私が知っているのは素朴なパウンドケーキです。フルーツがのったものなんて食べたことがありません。
私の疑問を汲み取ってアルバートさんはさらさらと紙にケーキの絵を描いていきます。
「ほら、こんな風に生クリームをのせて、フルーツをのせるんです。王都で流行しているらしいですよ」
そこに描かれたのはまるで絵本に出てくるような夢のお菓子でした。
キラキラと目を輝かせながら、私はそれを見つめました。
「素敵…アルファ様もきっと喜びますわ!」
そう言うとアルバートさんも嬉しそうにへへっと笑いました。
それから私たちはお誕生日のお料理のメニューを考えだしました。
もちろん、アルファ様の好きなものばかりです。
ふふっ。お誕生日、早く来ないかしら。
喜んでくださるアルファ様を思い浮かべて私の足取りは軽くなっていきました。
ところが、私はまたも失念していたのです。
そう、大事なものを。
お誕生日のプレゼントです!!
朝、目覚めてそれに気づいた私はまたも青ざめました。
プレゼント!
プレゼントを用意しなくては!
…でも、一体何を贈ればよいのでしょう。
アルファ様の好きなもの…
アルファ様の好きなもの…
困った私はアリアさんに相談しました。
「坊っちゃんの好きなものですか? そうですね…奥様だと思いますよ」
「私…ですか?」
「ええ。坊っちゃんの奥様へのデレっぷりはすごいですからね」
ふふっと笑われて頬が熱くなります。
私が好きなもの…でも、それじゃあ、形に残りません。
困った私は次に執事のマールさんに尋ねました。
「旦那様の好きなものですか? そうですね…奥様じゃないですか?」
…またも同じ事を言われました。
「いえ、あの…できれば私以外のもので心当たりがあれば教えてほしいのですが…」
「そうですか…………ないですね」
「ないんですか…?」
「旦那様はこれといって趣味もありませんし。あぁ、奥様が趣味でしょうね。奥様といらっしゃる時の旦那様はそれはそれは幸せなそうな顔をしていますし」
微笑まれて何も言い返せません。
そんなに幸せなそうな顔をしてるなんて嬉しいですが、今回は困ってしまいます。
途方に暮れつつ庭師の方にも聞いてみましたが、やっぱり答えは「奥様じゃないですか?」でした。
最後の頼みの綱でシェフのアルバートさんの所を尋ねました。
でも、やっぱり、答えは…
「奥様じゃないですか?」
同じでした。がっくりと項垂れた私にアルバートさんが慌てて声をかけてくれます。
「大丈夫ですか?」
「ええ…プレゼントどうしようか悩んでしまって」
途方に暮れていると、アルバートさんがアドバイスをくれます。
「なら、奥様にリボンをかけてプレゼントです! って言ったらどうですか? 旦那様、喜びそうですよ」
ははっと笑いながら言われましたが、そんなのでよいのかしら? と思ってしまいました。
キチンと形に残るものの方がよいのではと思ってしまいます。
悩む私にアルバートさんがお昼のスープを見せてくれます。私の大好きなスープです。
「お腹を満たせばいいアイデアも浮かびますよ。うまくできたんで、お昼にしましょう」
そう言って目の前にスープ差し出されます。
あ、れ?
大好きなスープなのに匂いがきつく感じました。変な顔をした私を見てアルバートさんがキョトンとした顔をします。
「どうかしましたか?」
「いえ…悩みすぎてボーッとしたみたい。お昼にしましょう」
誤魔化すように昼食にしましたが、おかしいのです。いつもは美味しく感じられたスープが喉を通らず少し口にするだけで精一杯でした。
いつもの知恵熱よ、と心配する皆さんに言いましたが、ベッドに横になるように言われてしまい。まだ日も高いうちから寝ることになりました。
しばらく熱を出すことなんてなかったのに、なぜこうタイミングが悪いのでしょう…
最悪です。
気分が本格的に悪くなりながらも私はプレゼントについて考えていました。
私をプレゼントになんて…どうやったらできるのでしょう…アルバートさんの言う通りリボンを巻けばよいのかしら? でも、プレゼントになっても何をすればよいのか…
はぁ…どうしましょう。
◇◇◇
ふと目が覚めると、そこには心配そうなアルファ様がいらっしゃいました。
いつの間に…!
お出迎えをできなかったことに悔やみ慌てて体を起こそうとします。
「ミランダ。いいから、寝ていなさい」
そう言われゆっくりと体をベッドに倒されます。
私は情けなくって顔を手で覆いました。
「ごめんなさい。アルファ様。私、アルファ様の誕生日にお出迎えもできなくて…」
プレゼントも結局、用意できなかった。
今日というこの日を精一杯、お祝いをしたかったのに、うまくいかなくて情けない。
「私、今日はお出迎えしたら、お帰りなさいって言って、それからアルファ様の好きなものをいっぱい並べて、素敵なケーキを食べて、プレゼントを渡しておめでとうを言いたかったんです。それなのに…」
何一つできていない。それが悔しくて情けない。
言葉に詰まった私に、小さく笑う声が聞こえました。
そっと手を捕まれ暴かれます。
視界いっぱいにアルファ様の優しい顔が広がりました。
「ありがとう。その気持ちだけで充分だ」
「でも…」
「それに、プレゼントなら最高のものを貰った。ここに」
手が離れて布団の上からおなかの辺りを撫でられます。意味が分からずキョトンとしていると、おでこに優しいキスをされました。
「体調が悪いのは無理もない。子供を授かっているのだから」
え…?
こども…??
幸せそうに微笑むアルファ様の顔が近づいてきます。こつんとおでこがくっついて、低い心地よい声が耳元で響きました。
「ありがとう、ミランダ。私の子を身ごもってくれて。最高のプレゼントだ」
その瞬間、我慢していた涙がポロっと零れました。
「ほん、とうに…子供が?」
「あぁ」
「子供が…」
まだぺったんこなお腹を撫でます。今まで気にしていなかったそこが急に愛しくかけがえのないものになりました。
「どうしましょう…涙がとまりません…」
嬉しくて幸せで涙が次から次へと溢れました。それをすくい上げるようにキスされて、くすぐったくて身をよじります。
「いくらでも泣いていい。全部、受け止めるから」
顔中にキスされて熱が上がりそうになります。
恥ずかしさの方が勝って涙がひっこんでいきました。
「アルファ様…もう、大丈夫ですから…」
これ以上したら、熱が上がってしまう。
そう訴えると、クスリと笑われてしまった。
「そうだな。これ以上は体に障る」
頭を撫でられて、心地よくてボーッとしてしまいます。
はっ。ボーッとなどしてられません。
大切なことを言うのを忘れていました。
「アルファ様」
うまくお祝いはできませんでしたけど、この言葉だけは思いを込めて。
「お誕生日おめでとうございます。来年は三人でまたお祝いしましょうね」
そう言うとアルファ様はとっても幸せそうな顔をされました。
三人でと思っていたのが実は四人だった…と知るのはもう少し先のことです。