第8話
「あーあ…。良いセンセーなんだけどなぁ」
「わ、私、感動してしまいました!あのように言ってくださる先生は初めてで…ちょっと泣きそうでした!」
「うんうん、良いセンセーだよなぁ…。そんでもってやる気があればなぁ…。ルディ?」
ルディはダンが出て行ったドアから目を離し、わからないと呟く。
「何が?」
「………」
「ルディ?」
「いや、何もない」
「?ならいーんだけどよ」
クラスの中でたった1人、人間社会に慣れていない自分。彼らが今までどんな理不尽を受けていたのかがわからず、レイフたちの言葉に共感ができなかった。そのことがこの場にいるのは場違いではないかという考えを引き起こした。
しかし、それを今考えても仕方がない。この国に来た目的はそれを知るためなのだ。これから知る努力をすればいい。
廊下には既にルディ以外のメンバーが出ていた。
「早く行こうぜ!」
「ん。…どこに行くんだ?」
「寮に行く前にシュリが市場に行きたいんだって。僕、長く学園にいるし、ついでだから案内しようと思って」
「1人で行くのは危ないしな」
「治安が悪いのか?」
「いや、そうじゃなくて…」
全員が驚き、困ったような顔をする。
「ルディは1人で街に出たことにゃいの?」
なんて答えようかと考え、そういえば北の村出身という設定であったことを思い出す。
「田舎出身だからない」
「うーん、にゃら仕方にゃいね」
「うむ、妾たちG組はあまり歓迎されておらん」
そう言われてなるほど、と呟く。街中でも差別に遭うのだろうか。大変な世の中だ、ルディは天井を見上げてぼやく。
ようやくルディが理解したところで一行は歩き出す。男子3人がルディを真ん中にして並んで先を歩く。後ろでは女3人がキャイキャイ楽しそうに話している。
「不良にリンチされる気分」
フェレはチラリと横に並ぶ2人を見て言う。
「えぇー?ルディはともかく、俺は不良じゃないっしょ!つかルディ、その色気どうにかならない?俺がモテなくなるじゃん」
確かに行き交う生徒の表情は侮蔑を含むものもいるが、ほとんどの女子生徒は顔を赤らめて急ぎ去っていく。そのことに関してはなんとも言えないルディは少し渋い顔をしてレイフに反撃する。
「テメェの方が不良に見える」
「確かにレイフ君の方がぽいよね。ていうか、耳重くないの?」
レイフのジャラジャラと両耳についたピアスを見てフェレが首をかしげる。片耳だけで3つは付いてるピアスはイカツイ。
「別に重くねぇよ。ていうか、これお袋からもらったヤツなんだけど、せっかくもらったんだから付けてないと損だろ」
「まあそうかもしれないけど…」
そういって納得してないような顔をするフェレは、きちんと学校の規定どおり制服を着こなしていた。ワイシャツのボタンを上まできちりと閉め、ネクタイを締めている。
女子組も指定のリボンをきちりと締め、ブレザーを羽織り、プリーツスカートに黒のハイソックス(シュリはタイツ)という出で立ち。
ルディは数時間前の入学式を思い出す。そういえばこういったふざけた服装はレイフと自分だけだった気がする。
もう1度、ルディは隣のフェレを見る。彼は男子の平均身長よりすこし低いくらいの背丈。種族の遺伝子故か、背の高いルディやレイフと比べるとさらに低いように思えた。顔も整ってはいるがどちらかというと女顔。
_____…女子生徒の制服とか似合いそうだな…。
その考えは一瞬で消した。いくらなんでも女装はないだろう。似合っていたとしても。
しかし、ここには馬鹿がいた。
「フェレって女子の制服を着せても似合いそう」
風を切る音が聞こえ、レイフが吹っ飛んだ。ルディが恐る恐るレイフが飛んでいった方向を見るとヤツはフェレに床に押さえつけられていた。
「もう1回、言ってくれないかなぁ?聞こえなかったよ」
「ナニモナイヨ!」
「そっかー」
ニコニコと黒い笑顔のフェレに怯えるレイフ。周りの空気が何度か下がったような気がする。
『フェレに女子生徒の制服を着せようなどと言ってはいけない』
心の中のメモ帳を静かに閉じた。
アクウィナス学園は都市アクウィナスの中央に位置する。何かあったときのための避難所にもなっている(例えば盗賊が出たとか)。アクウィナス学園以外の学校は北、生徒たちの寮は東にあり、西はギルドや市場、南は広大な森が広がっている。そんな説明をフェレにしてもらいながら学園を出たのが30分前。
「ちょっとお兄さん!これあげるからおいで!」
「え、いいんですか?」
「いいんだよ!」
「よかねぇよ!」
「あんたは黙っといて!ほら!」
「ありがとう、お姉さん。でもお金払うね」
「いいんだって!今度来てくれたら」
「あはは。じゃあ僕常連さんになろうかな」
「そこの坊や、こっちにもおいで!」
「まあ、かっこいいわねぇ」
「しかも礼儀正しい。…あ、試食してみない?採れたての果物よ!」
「ありがとうお姉さん。お姉さんたちが綺麗だからこの街も綺麗なんだね」
「あら、やだ!上手いこと言っちゃって!」
「…あれ…誰…」
レイフが呆然とした表情で指差した先には。
「ふふふ。あ、これ美味しいね。6個ください」
「あいよ!1個オマケしちゃうね」
マダムたちに囲まれてキラースマイルを振り撒く誰か。スラリと長い手足に恐ろしく整った顔立ち。漆黒の瞳は優しげに細められ、同じく漆黒の柔らかな髪は風に揺られる。
「あれ、マジで誰!?」
「目がおかしくにゃったかもしれにゃい」
「妾もじゃ」
「入学式でも思ったけど、表裏激しいね」
「むぅ、おば様方が何故か羨ましいです」
当本人はまたもやマダムに連れられて別の店へと入っていく。
「さあさあ、このサンドウィッチをどうぞ」
「おい!黒髪の人間にあげるものなんてないぞ!?」
ギンっとマダムたちの視線が店主へ向く。
「あんた!この子が何をしたっていうの!」
「え、あ、や…」
「ちょっと他の人より魔法が苦手ってだけで売る相手を決めるの!?」
「でも…!」
「まあっ!最低ね」
「………」
猛攻撃に遭い、何も言い返せずに立ち竦む男性の前にふくよかな女性がドシンと立つ。その威厳に彼だけでなく、その騒動の一部始終を見ていた男全員が縮まりこむ。
「あんた、離婚、するわよ」
「…すみませんでした」
平謝りする男性の横で、マダムたちはルディを囲んでワラワラと集まる。
「ウチの主人がごめんなさいね」
「今までこんな目に何度も遭ってきたんじゃないかしら」
「辛かったでしょう?」
その言葉にあの無口なルディ、ではない別人のような人物がふわりと寂しそうに笑った。
「慣れました。でも、皆さんのような優しい方がいてくれて僕は心強いです」
ズッキュン(ハート)!
そんな効果音がレイフには聞こえた気がした。
「なんて、なんていい子なのかしら!」
「ちょっと娘に会ってみない?」
「抜け駆けは許さないわよ!」
「あんたの家の子供はまだ10歳に満たないじゃないか!」
「そういうあんたのところは30過ぎてるでしょ?」
「あ、ねぇ、坊やはなんて名前なの?」
「シルディアーテ・シルヴェスターと申します。どうぞ、ルディと呼んでください」
「いい名前ねぇ。ぴったりだわ」
「ありがとうございます。亡くなった母がつけてくれたんです」
「そうなの…」
「だったら私たちを母と思いなさい。何かあったら駆けつけるわ!」
「…いいんですか?」
「もちろんよ」
ルディは感激したような表情で目に涙を浮かべ、春の訪れを告げるような暖かな甘い笑みを浮かべた。そして、その爽やかな声でふわりと一言。
「皆さん…ありがとう」
これに、マダムたちだけでなく、周辺にいた男性や学生までもがやられたとかなんとか。
来月から月2回更新します、多分