Mlkt(= Prologue):フェニキア文字が表示できないので、伝統的な「ラテン文字音写」の表記法でいきます。
Ryosaku šamīm.
ʿt, hw ʾlp b-ʿd mšlm šl šlmyn.
Bal amma yiṣbḥ ʿl...
Zū ṣūrīt ʾaḥabūt lī ʾiš ḥād.
Hu, Ryosaku Takada, yalad wqam bʿr Y bṣpwn Kanto.
Wʾp hū yšb šm ʾd hywm.
Fm_l mw't gylb' łąm'r w-Ýl_ya; lm_ya rl_ya r_r'b tsy.'qr lšr lm'w.
Imma, le-yeled, nushi imen bnei shalsholo ovi, v'divro 'ashup konam.
Ir Ya, she'yat Gyu-Ryosaku, d'ita shka-ta t'foni let-nun le-nhir.
ʾīn mḥlt ʿṭrt, ʾbl šdm šʿrm wʾšdym mpršym pn pn.
Mšknym wqrtym šknyn bynm, wmy wʾr ṭbym.
Qart ṣurim kān ba-yōm Sengoku.
U-šam kān miqdš K ḥašūr.
Kān min yōm Kamakura.
Mīm šemem ʿalīm qart.
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以下、ウィキペディアより。
フェニキア語(フェニキアご、フェニキア語:フェニキア語ラテン翻字: dabarīm Kanaʿanīm)は、古代のフェニキア人によって話されていた言語である。アフロ・アジア語族セム語派のカナン諸語の一種であり、ヘブライ語などと近い関係にある。
古代ギリシア語(古希: Φοινίκη、古代ギリシア語ラテン翻字: Phoiníkē、ポイニーケー、英: Phoenicia)および現代の学者によってフェニキアと呼ばれる地域は、地中海東岸のレバント地方北部沿岸地域を指し、だいたい今のレバノンからイスラエル北部にかけてにあたる。北は今のシリアのテル・スーカース (Tell Sukas) から、南は今のイスラエルのアッコまでを含む。フェニキア人自身は自身をカナン人と考えるか、または出身都市によって自己を同定していた。
フェニキア語の資料は主に碑文である。ある程度の長さのものとしては紀元前10世紀のビブロスの王による一連の碑文が古い。それ以前のものもあるが、ほとんどが個人名しか記されていないため、フェニキア語であるかどうかの判別が難しい。フェニキア人は海洋貿易商人として活動したため、フェニキア語碑文はフェニキア本土だけでなく地中海世界全体に広がっており、紀元前9世紀はじめから紀元1世紀にかけて、小アジア、キプロス、シチリア島、サルディニア島、マルタ島、ロードス島、エジプト、ギリシア、バレアレス諸島、スペインに碑文が残っている。




