005 アンドリューのクラスメイト
雨上がりの道を、水たまりに気を付けながら歩く。学園の門をくぐる生徒たちは、みな楽しそうに登校している。私はと言えば、幼馴染のアイリスがいないか周りを気にしていた。
すると、後ろから声をかけられる。
「エリーナ、おはよう。週末の夜会、どうだった?」
アイリスだと思って振り向くと、思った通り彼女だった。アイリスは、顔が小さく目、鼻、口がギュッとまとまっている。そして最も特徴的なのは、綺麗なピンク色の髪だ。ピンクの髪は珍しく目を引くので、アイリスは可愛いとこの国でも評判だ。私の美的感覚から見ても、アイリスは普通に可愛い。
この国と私の美的感覚の両方に適応するアイリスは、なかなか貴重な存在だ。そんな彼女は、私の話を聞くのを楽しみにしていたようで目がキラキラしている。私も、色々と話したいことがあったので興奮気味に声を出した。
「アイリス、おはよう。実は、色々あって大変で話すと長くなるの」
「えっ。凄く聞きたい!」
私たちは、肩を並べて歩き始める。彼女とは同じクラスなので、教室まで一緒に行ける。どこから話そうかと考えていたら、アイリスから質問が飛んできた。
「まずさ、月下の花は見られたの? あれだけ楽しみにしていたんだから、見られたよね?」
「見たよ、見た! 妖精の話に出てくるのにピッタリの花だった。本当に綺麗で夢みたいな時間だった」
私は、あの時の興奮が蘇り、声が弾む。
「良かったねー。ちゃんとアンドリューが行ってくれたんだ。実は私、ちょっと心配していたんだよね」
アイリスが心の底から安心したように、にこにこしている。私は、彼女の言葉を聞いてアンドリューとの一件を思い出し気分が沈む。やっぱり、アイリスもアンドリューのことを心配していたんだ……。私の表情が暗くなったのを察したアイリスが、返事を待たずに口を開く。
「えっ? ちょっと嘘でしょ? もしかしてあいつ、一緒に行ってくれなかったの? えっ、でもそうしたら月下の花は見られないよね?」
アイリスが困惑した表情で、いぶかしんでいる。
「アンドリューは、一緒に行ってくれなかった。直前になって行きたくないって言ってきて……。私、どうしても諦められなくて一人で見に行ったの」
「えっ? 一人で? エリーナが? ちょっと、大丈夫だったの? 変な男に絡まれなかったでしょうね?」
アイリスは、かなり驚いたようで矢継ぎ早に言葉を発する。
「変な人には絡まれなかったよ。でもね……素敵な人と知り合いになれて……」
私は、誰にも話していなかったことをやっと口に出した。侍女のラナには話しても良かったのだけれど、心配されて両親に話されても面倒くさいことになると思って言わずにおいた。エリオット様との出会いは、今考えても胸が高鳴る。それをずっと誰にも言わずにいたので、アイリスに話せて心が弾む。
「ちょっと、何? 本当に大変なことになっているじゃない。詳しく聞かせなさいよー」
アイリスは、かなり気になるようで私の腕をとってブンブンと振った。彼女の態度が面白くて、ふふふと笑ってしまう。
「もー、その意味深な笑いはなんなの? ってか、アンドリューのやつ……。何やっているんだろう……。さすがの私も、庇えないわ……」
アイリスは、私とアンドリューと中立の立場を保っている。だから、彼のことで愚痴を言っても、昔からの仲なのだからわかってあげてとやんわりと諭される。その分、アンドリューにはもっと大切にしろと怒っているみたいだけど。
そんな風にして、二人で楽しくおしゃべりしながら校舎の中に入っていった。校舎の入り口を入ったところで、突然、横から私は腕を掴まれる。
「おい、エリーナ。ガルシア子爵様には、余計なこと言ってないだろうな?」
驚く私は、言葉が出てこない。
「ちょっと、アンドリュー! いきなり現われて何言っているのよ!」
私の変わりにアイリスが、怒ってくれた。
「なんだよ、アイリスもいたのかよ。お前がいると煩いんだよな」
アンドリューがはぁーと大きな溜息をつく。溜息を付きたいのは私だよと、心の中で叫ぶが声にするのは我慢した。それを言葉にしてしまえば、またアンドリューと言い争いになる。
「ねえ、アンドリュー。月下の花を一緒に見に行ってあげなかったんだって? 本当に最悪なんだけど。もう私、フォローできないわ」
「はっ? もう、アイリスにしゃべってんのかよ? 本当におしゃべりな女だな。そういうところが、うざいんだよ」
アンドリューは、爬虫類のような瞳で私をギロリと睨みつけて暴言を吐く。言葉の強さに、私は面食らって何を言っていいのかわからず黙っていた。
「もう、どうしてそういう言い方しかできないのよ! どう考えても今回悪いのは、アンドリューでしょう!」
アイリスが、私を庇ってアンドリューを叱り飛ばす。私がこんな風に言おうものなら、烈火のごとく怒り狂って手が付けられなくなるのだけれど……。アンドリューは、アイリスにだけは弱い。
「……しょうがないだろ……。俺は、花なんて最初から興味なかったんだよ……」
「だったら、最初からそう言うべきじゃない!」
二人の会話を聞いていたら、どんどん自分が虚しくなってくる。アンドリューには、もう何を言っても無駄なのだと、一握りの信頼までも消えていく。顔を見るのも耐えられなくなって、顔を俯けた時だった。
――――「あら、アンドリュー様。おはようございます」
校舎の入り口から入って来た令嬢が、アンドリューを見つけて声をかけてきた。
「やあ、シンディー嬢、おはよう」
アンドリューは、さっきまで目を吊り上げていたのに、それが幻だったみたいに爽やかな笑みを零す。
(こんな顔、最近じゃ全く見たことなかったのに……。この令嬢は誰?)
アンドリューに話しかけてきた令嬢の名前が分からずに、不審な目を向けてしまった。機嫌の悪いアンドリューを、一瞬で笑顔にしたこの方とは一体どういった関係なのだろう?
「入り口で言い争う声が聞こえたので、びっくりしていたのだけれど……。こちらの方たちはどなた?」
アンドリューと仲の良さそうな令嬢は、私たちを見ながら不思議そうな顔をした。
「幼馴染みのエリーナとアイリス」
「まあ、ではこちらの方がアンドリュー様の婚約者なのね」
シンディー嬢と呼ばれている令嬢が、私のことをジロジロと見て意味ありげににやりと笑った。どちらが婚約者かは言っていないのに、言い当てたということは、私のことを地味だの可愛げがないだの好き放題言っているのだと推察する。
「わたくし、アンドリュー様と同じクラスで仲良くさせて頂いているシンディー・キャンベルよ。よろしくね」
キャンベル家といえば、確か伯爵家だった気がする。キャンベル伯爵令嬢は、キラキラ輝く金髪の髪で、口に特徴がある。大きくて分厚い口元には、目立つほくろがあるので、彼女に会えば一瞬で顔と名前を覚えてしまうそんな容貌だ。隣に立つ、アンドリューも心なしか見惚れているような気がする。
しかも名前で呼び合うなんて、普通のお友達なのか疑わしいほどだ。アンドリューにこのようなお友達がいるなんて、今まで全く知らなかった。アイリスの顔を見ると、どこか焦っているように挙動不審だ。
「アンドリュー様、遅れてしまいますわ。早く行きましょう」
「あっ、ああ」
キャンベル伯爵令嬢は、アンドリューの腕に自分の腕を絡ませて教室の方向に行ってしまった。彼女の登場に呆気に取られていた私は、その一部始終をただ茫然と見ていることしかできなかった。




