001 月下の花の出会い
お久しぶりです。新連載になります。
全22話で完結確約です。
よろしくお願いします。
暗い夜の道を速足で歩く。照明に照らされて綺麗だった庭園は、奥に行くにしたがってどんどん明かりが無くなっていった。暗がりに不安を抱えながらも、私は止まることなく奥に進む。怒りや悲しみ、諦めの気持ちが強くさっきから涙が溢れてくるけれど、もうどうでもよくなっていた。
私がこんな風になっているのは、婚約者のアンドリューに大切な約束をすっぽかされたから。一緒に、ある花を見に行く約束をしていたのに、行く直前になってやっぱり行きたくないと言われてしまったのだ。その花を見るのは、幼い頃からの私の夢でここ何年もその話をしていた。本当はもっと早い時間に庭園に出てくる予定だったのに……。アンドリューがいつまでも友達と話をしていて、仕方なくそれが終わるのを待っていた。それなのに、やっと手が空いたと思って話しかけたら拒否されてしまったのだ。
こんな意地悪は、日常茶飯事だった。いつもだったら、またかと反論もせずに諦めていた私だったけれど、今回ばかりは流せることができなかった。カッと頭に血がのぼって、握った拳が震えていた。怒りで自分がどうにかなるのではないかと怖いくらいだった。自分をなだめるために、ぎゅっと閉じていた口を開き小さく息を吐きだす。
私を置いてどこかに行ってしまったアンドリューの背中を見ながら、夜会会場の出口へと向かい暗い庭園に足を進めたのだった。
レンガで舗装された道の両脇には、薔薇の生け垣がずっと奥まで続き人の気配がない。どこまで行けば目的地につくのだろうと思いながらも、そのまま生け垣に沿って左に曲がった。すると、ついに大きく開けた場所に出た――。
そこから見えた景色に、目を奪われ足が止まる。
満月の月明かりに照らされた、真っ白な大ぶりの花がその場に咲き誇っている。ほんの数分前まで、婚約者に憤りを感じていたはずなのに、そんな気持ちはどこかに吹き飛び目の前に咲く神々しいほどの花々に一瞬で心を奪われる。
この花の名前は、「月下の花」と呼ばれ幻ともいえる存在。一人で見にくるのは心細かったけれど、思い切って夜の庭園に出てきて正解だった。話では聞いていたし、図鑑で見て知っていたけれど、生で見た美しさはどんな花にも敵うはずもないほどだった。
もう少し近くで見たいという欲求に抗えず、足を進める。すると、誰かが同じように月下の花を見ているのに気づいた。その横顔が、月下の花のように神々しい美しさを携えている。彫が深く長い鼻筋、瞳は神秘的な紫で唇は艶やかな赤。真っ直ぐで輝く白銀の長髪を後ろで一つに結んでいる。暗い世界に月明かりの明るさだけで立つその姿は、一枚の絵画のよう。遠目なので定かではないが、私よりも年上に見え大人の男性という佇まいに惚れ惚れしてしまう。
そう思って見惚れていたけれど、こんなことを思うのはきっと私だけだ。だってこの国の美的感覚と私のそれは相容れない。
――なぜなのか、わからない。
物心ついた頃から、みんなが言う格好良いと可愛いがわからなかった。
この国の標準的な格好良いは、どこか一部に特徴のある顔。目だけが大きい、鼻がやたらと低い、口が大きくて厚く目立つなど。逆に、均整が取れた顔は、無機質で人間味がなく怖い。何を考えているか分かりづらく冷たいと敬遠される。体型も均整が取れているよりも著しく太っていたり、痩せていたり、筋肉隆々だったりと、極端な方がよしとされる。
この国の人たちは、特徴的で一瞬で顔と名前を覚えられるような容姿を好む。言わんとすることはわからなくもないが……。なんで整った顔だけは怖いと批評されてしまうのかわからない。私は、整っている顔に憧れるし見ているだけでドキドキする。花や緑と同じように、綺麗な顔だって美しいでいいはずなのに……。
私はというと、この世界の美的感覚では残念なほう。綺麗で恐ろしいとかではなく、どこにも特徴がないから地味過ぎると馬鹿にされる。人混みに紛れてしまえば、どこにいるかわからなくなってしまう、そんな地味女子だ。色褪せた木目調のような茶色い髪。ちょっと癖っけな長い髪はいつもアレンジに悩む。髪色と同じ瞳は、一重でメイク泣かせ。せめて大きくてクリっとした目が欲しかったと鏡を見るたびに思う。
こんな私だから、事あるごとに婚約者に馬鹿にされる。
幼い頃は、自分の美的感覚がおかしいなんて思わなかったからここまで卑屈ではなかった。それに、私が思う格好良いを遠慮なく主張していた。だけど、年頃になり揶揄われるようになったからその意見は封印した。
「あなたも月下の花を見に?」
佇んでいた男性が私に気づき声をかけてくれた。知らない方だったから、ちょっとだけ警戒した。けれど、私の中では稀に見る美男子だったし、月下の花を見に来た人に会えて嬉しいという感情が勝って素直に頷く。
「そうですか、ではこちらにどうぞ。特等席ですから。私は失礼させていただきます」
男性は、一歩退き元いた場所を指し示す。
「ありがとうございます。あの……でも、宜しければ一緒に見ませんか? 折角だから、感想を言い合いたいです」
私と同じ趣味を持つ人だと思ったら、この花を見た感動を共感したいと感じ、その思いを口にした。
「いや……しかし……」
男性は、顔を曇らせ遠慮する。
「もちろん、無理にとは申しませんわ。もう遅い時間ですものね……」
残念だけれど、相手も都合があるだろうと一度引く。だけど、やっぱりできれば一緒にこの花を堪能したい……。同じ物を見て一緒に誰かと共有する楽しさを、もうちょっと味わっていたかった。
あまりにも残念そうな顔をしていたからか、男性は私の顔を見て一瞬ハッとした表情をみせた。その後、少し何かを考え間をおいて口を開く。
「ありがとうございます。では折角なので、一緒に見ましょう」
そう言って控えめに笑顔をこぼした。その笑顔があまりに綺麗過ぎて、月下の花を見た時と同じような感動が胸を占める。私なんかがこんなに綺麗な人の隣に立っていいのか、今更ながらに後ろめたさを感じる。でも誘ったのは自分だと、勇気を出して彼の近くまで足を進めた。
それに、こんなチャンスは滅多にあるものではない。誰もいないこの空間なら、彼に見惚れていたって馬鹿にされない。顔にばかり気を取られているけれど、普段地味だと馬鹿にされる私を前にしても普通に話してくれるこの方の内面にも好感を抱く。
「私、初めて見たのですが本当に綺麗ですね。この白を、なんて表現するべきなのか困るほどです」
私は彼が譲ってくれた場所に立って、月下の花を見る。目を見張る美しさに感動する。
「そうですね。月の光が白さを際立たせていて、神聖な白と言うのでしょうか、神々しい美しさです」
「私もです。私もさっき同じことを思いました」
最初に見た月下の花の感想と全く同じでとても嬉しい。
月下の花は、春の満月の夜、空高く月が昇った時間に花を咲かせる。咲いている場所も王宮のみという変わった花で、咲いたところを見るのはかなり至難の業だ。
事前に王宮庭園のどの場所に行けばいいのか調べていたけれど、女性一人で夜の庭に足を踏み入れるのは怖かった。両親にも、夜の庭ではいかがわしいことが起こり得る危険があるから、絶対に一人で出てはいけないと言いつけられている。だから、アンドリューに一緒に見に来て欲しいとお願いしていたのに……。
私が、最も楽しみにしていた願いも聞いてもらえないのかと焦燥感が湧いた。だけど、どうしても見たいという衝動の方が強くここまで来てしまった。
やっぱり来て正解だった。とても貴重な花を見るだけではなく、こんなに素敵な男性にお目にかかれるなんて幸運だ。意地悪なアンドリューとばかり一緒にいるため、普通に接してもらえるだけで心が温かくなる。お名前を聞いてみたいけれど、尋ねてもいいものなのかチラッと彼の顔を伺った。
すると彼も私の顔を伺っていたようで目が合う。勇気を出して声にした。
「あっあの……」
「はっはい……」
彼と間近で目が合ってしまい、ドキドキする。名前を尋ねるだけなのに緊張して声が上手く出せない。だけど、対面する彼からも緊張感が漂っている。私よりも年上の大人なのに、どうして私なんかに緊張しているのだろう?
もう一度、顔を見上げると真剣な顔で私の言葉を待っていた。そんな顔を見たら、言い淀んでいる場合ではないとスルッと言葉が出る。
「失礼でなければ、お名前をお伺いしてもよろしいですか? 私は、ガルシア子爵家の次女エリーナです。この広い庭園で、一人で見るのはちょっと怖かったので誰かが居てくれて良かったです」
私がそう言うと、男性は驚いた顔をした。ほんのちょっと沈黙があり、我に返ったように自己紹介をしてくれた。
「名乗りが遅くなりすみません。私は、ボールドウィン侯爵家の長男でエリオットと申します」
男性の名前を聞いて、今度は私が驚き目を見開いた。しがない子爵家の娘が、侯爵家の方と話す機会などほとんど無い。しかもボールドウィン侯爵家といったら、代々王族の側近を務める家として有名で、現在はたしか当主様は宰相でその息子は王太子の補佐をしていると聞いていた。
そんな輝かしい家門だが、ほとんど表には出てこないことでも有名だった。その理由は、口さがない者たちから地位と名誉だけは一流なのに、容姿だけが残念だと言われていたからだ。
今日の王宮の夜会にも出ているという話しは聞こえてこなかったのだが……。今回、彼の姿を実際に見て色々と察するものがある。これだけ美しい容貌をしていたら、容姿に煩い貴族たちは面白おかしく騒ぎたてるはずだ。綺麗な顔の人は、少ないながらもたまにいらっしゃる。冷たいとか怖いとか、遠巻きにされることは多いけれど、ボールドウィン侯爵令息のように際立つ美しさの男性はそうそういるものではない。
「あの……やはり、私とこの美しい花を見るのは気が進みませんよね……」
私が考え込んでしまったからか、ボールドウィン侯爵令息は俯き表情が暗くなっている。私はそんなことを言わせてしまい申し訳なさが心に広がる。
「違います。誤解させてしまってすみません。ボールドウィン侯爵令息様のような身分の高い方とお話するのが初めてだったので、私の方こそご遠慮した方がいいのでは無いかと考えてしまいまして……」
私は、首をブンブンふりながら必死に弁解する。
「あなたは、優しい方ですね……」
ボールドウィン侯爵令息が、ポツリと小さな声で囁く。
「えっ?」
言われた意味がわからなくて、咄嗟に聞き返してみたけれど……。聞こえなかったのかボールドウィン侯爵令息が言葉を続けた。
「では、もう少し一緒にこの神々しい花を愛でましょう」
そう言ったボールドウィン侯爵令息は、フワッと花が咲いた時みたいに優しい笑顔を零した。稀に見る私基準の美青年からの笑顔に、私の胸に感じたことのない衝撃が走る。高揚から顔が赤くなっているのがわかるけど、恥ずかしいので知られたくない。どうか、この夜の暗闇が隠してくれていますようにと祈り続けた。
「面白そう」「続き読みたい」と思っていただけると嬉しいです。
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