第32話 設計できなかったもの
辞表は、思っていたよりも短くなった。
理由は、いくらでも書ける。
だが、言葉を重ねるほど、逃げになる気がした。
『教育行政局制度設計担当を辞任いたします』
それだけで、十分だった。
朝一番で、王城へ向かう。
廊下を歩くたびに、視線を感じる。
批判でも、称賛でもない。
ただの確認だ。
――まだ、いる。
エドガーの執務室の前で、足を止める。
「入りなさい」
扉越しに、声が届いた。
机の上に、辞表を置く。
「……予想より、早いですね」
「ええ」
「改革が通らなかったからですか」
「いいえ」
首を振る。
「通らなかったことは、問題ではありません」
「では?」
しばらく、言葉を探す。
「……教育を」
ゆっくりと言う。
「設計しようとしました」
エドガーは、黙って聞いている。
「制度を整えれば」
「責任を明確にすれば」
「歪みは減ると」
「ですが」
一拍。
「教育は、制度より先に、人の中で動いていました」
地下私塾。
公開討論。
切り取られた言葉。
血を流した青年。
「私は」
続ける。
「教育を管理しようとして」
「教育の速度を、読み違えました」
沈黙。
エドガーが、辞表に目を落とす。
「あなたは」
静かに言った。
「制度を壊しませんでした」
「壊せませんでした」
「違う」
視線が上がる。
「壊さなかった」
短い言葉。
「あなたは、革命家ではない」
「それは、国家にとっては幸運です」
「教育にとっては?」
思わず、問い返す。
エドガーは、わずかに息を吐いた。
「分かりません」
正直な答えだった。
「辞任は、受理します」
即断だった。
「ただし」
一拍。
「あなたの名は、記録に残る」
「構いません」
「良い記録とは、限りません」
「それでも」
逃げないと決めたのは、自分だ。
執務室を出る。
廊下の窓から、王都が見える。
整然とした街並み。
整えられた教育制度。
だが、そのどこかで、
今日も地下で教えている者がいる。
今日も、声を上げる者がいる。
制度は、続く。
俺がいなくても。
トーマが、階段の踊り場で待っていた。
「……本当に?」
「ああ」
「後悔は?」
「ある」
即答する。
「だが」
続ける。
「ここに残っても、同じ後悔をする」
彼は、少しだけ笑った。
「あなたらしい」
「そうか」
「はい」
短い沈黙。
「戻るんですか」
「辺境伯領に」
「ええ」
あそこから、始まった。
なら、終わるのも、あそこがいい。
王城の門を出る。
背後で、鐘が鳴った。
時間を告げる音。
教育は、国家を変えなかった。
国家も、教育を完全には飲み込めなかった。
俺は、立ち止まり、振り返る。
あの中で、必死に設計しようとしたもの。
だが、教育は、
設計図の外で動き続けていた。
「……設計できなかったな」
小さく呟き、前を向く。
それでも。
教えることだけは、
やめなかった。
それだけが、
唯一の誇りだった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




