第25話 地下で教える者たち
私塾の存在は、数字より先に噂として広がった。
「資格のない教師が、夜に教えているらしい」
「場所は、倉庫だとか、廃屋だとか」
王城内では、小さな話題だった。
取るに足らない、末端の動き。
だが、俺には分かっていた。
――教育は、地下に潜るときこそ、危険になる。
朝。
治安局からの報告書を読む。
『非公式教育拠点、現在二十三』
『内容は読み書き、算術、歴史など』
「……歴史?」
トーマが、視線を上げる。
「はい」
「公式教材とは、異なる視点で教えているようです」
嫌な予感が、確信に変わる。
昼。
内部会議。
「無資格私塾は、即刻取り締まるべきです」
強硬派の官僚が、はっきり言った。
「教師資格制度の形骸化を招く」
「思想統制の穴になる」
正論だ。
だが、半分しか見ていない。
「取り締まれば」
俺は、静かに言う。
「彼らは、さらに深く潜ります」
「なら、放置するのですか」
「いいえ」
首を振る。
「把握する必要があります」
「誰が、何を教えているのか」
会議室が、ざわつく。
「それは、黙認だ」
「国家の威信が――」
「威信より」
言葉を切る。
「子供です」
一瞬、沈黙。
エドガーが、こちらを見る。
「……調査権限を与えましょう」
「非公式教育の実態把握のみ」
「ありがとうございます」
それ以上は、望めなかった。
数日後。
報告書の束が、机に積まれる。
「……この名前」
指が止まる。
アーネスト。
かつて、学校を追われた教師。
裏の教室を開き、姿を消した男。
「彼が、中心です」
トーマの声が、重い。
「場所を転々とし」
「教える内容は、かなり高度です」
報告を読み進める。
『教育は、国家のためにあるのではない』
『学ぶ者のためにある』
胸の奥が、痛む。
その言葉は、正しい。
だが、今の状況では――危うい。
夜。
極秘裏に、現場視察を行う。
薄暗い倉庫。
小さな灯り。
子供と、大人が混じって座っている。
前に立つのは、アーネストだった。
「……今日は」
彼は、穏やかに言う。
「“誰が、歴史を書くのか”を話します」
その言葉で、背筋が凍る。
国家が、最も警戒する問いだ。
俺は、物陰から、ただ聞いていた。
「勝者が、歴史を書く」
「だからこそ」
アーネストは続ける。
「読む力が、必要なんです」
扇動ではない。
暴力も、ない。
だが。
聞く者の中には、
確実に“火種”が生まれる。
授業が終わり、人が散ったあと。
俺は、姿を現した。
「……久しぶりですね」
アーネストは、驚かなかった。
「来ると思っていました」
「危険なことをしています」
「承知しています」
「なら、なぜ」
彼は、静かに答えた。
「教えなければ」
「この空白は、もっと危険なもので埋まる」
反論できなかった。
資格制度が生んだ空白。
そこに、彼は立っている。
「あなたは」
彼は、俺を見る。
「国家の側に立った」
「はい」
「それでも」
一拍置く。
「ここを、潰しますか」
問いは、真っ直ぐだった。
潰せば、秩序は守られる。
だが、学ぶ場は消える。
見逃せば、国家の統制は揺らぐ。
俺は、答えられなかった。
その夜、報告書には、こう書いた。
『現時点で、危険思想の兆候なし』
『即時取り締まりは、推奨せず』
中途半端な判断。
だが、それが、今の限界だった。
机に突っ伏し、息を吐く。
資格の外で育つ教育。
国家の内で縛られる教育。
そのどちらもが、
俺の選択の結果だ。
次に起きるのは、
この二つが――必ず、衝突する瞬間。
それを、止められるかどうか。
もう一度、問われる日は近い。
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