第20話 正しさの旗
抗議は、自然発生ではなかった。
最初は、数人が集まっただけだ。
再審請求が通らなかった者。
順番を待たされている者。
制度の説明を、十分に受けられなかった者。
彼らは、声を荒げてはいなかった。
ただ、同じ紙を掲げて立っていた。
『再審の基準を公開せよ』
『教育の機会を、平等に』
言葉は、穏やかだ。
だが――選ばれている。
王都の下町。
人通りの多い広場。
「……増えています」
トーマの報告は、短かった。
「昨日は二十人」
「今日は、五十を超えました」
「指導者は?」
「はっきりとは」
だが、俺には分かっていた。
これは、偶然の集まりではない。
言葉が、整理されすぎている。
午後。
ミレイユが、呼ばれずに執務室へ入ってきた。
「始まりましたね」
その口調は、静かだった。
「抗議集会の件か」
「はい」
否定もしない。
隠すつもりもない。
「あなたが、扇動しているわけではないな」
「していません」
即答だった。
「ただ」
彼女は続ける。
「止めてもいません」
それが、答えだった。
「彼らは、学びました」
「言葉を」
「要求の仕方を」
「それを、使っているだけです」
正論だ。
あまりにも。
「……ミレイユ」
「これは、どこまで行く」
「分かりません」
だが、目は揺れていない。
「でも」
一拍置く。
「ここで止まるなら、それまでの制度です」
その言葉に、背筋が冷えた。
彼女は、壊そうとしていない。
試している。
制度が、
“教育された声”に耐えられるかどうかを。
その日の夕方。
エドガーから、召喚がかかった。
「事態は、把握していますね」
「ええ」
「秩序を乱す兆候です」
「放置はできない」
「……武力で抑えますか」
問いかけると、彼は即答しなかった。
「最終手段です」
「だが、選択肢には入っています」
それが、国家だ。
「あなたの言葉が、使われています」
エドガーは、紙を差し出した。
抗議文の写し。
その一節に、見覚えのある表現。
『教育は、人を選ぶためのものではない』
――俺が、かつて言った言葉だ。
「彼らは」
エドガーは言った。
「あなたを、旗にしています」
胸の奥が、重く沈む。
「否定しますか」
「それとも、黙認しますか」
どちらも、地獄だ。
「否定すれば、裏切り者」
「黙認すれば、扇動者」
エドガーは、冷静に整理する。
「あなたは」
「どちらの責任を取りますか」
その夜。
俺は、宿舎の机に向かい、白紙を見つめていた。
言葉を書けば、火に油を注ぐ。
沈黙すれば、暴走を許す。
――第2章で、俺は黙った。
結果、才能を殺した。
今、また黙るのか。
窓の外。
遠くで、声が重なる。
怒号ではない。
歌でもない。
整った、要求の声。
教育が、生んだ声だ。
俺は、紙を引き寄せた。
「……声明文」
それは、支持でも否定でもない文章になる。
秩序を守るための。
だが、声を切り捨てないための。
中途半端で、
誰も満足しない文章。
それでも。
書かないよりは、ましだ。
翌朝。
王都中に、短い声明が張り出された。
『再審制度は、試験運用中である』
『暴力・威圧を伴う行為は、認められない』
『だが、正当な意見表明は、処罰の対象としない』
抗議の場に、ざわめきが走る。
「……否定されてない」
「でも、認められてもいない」
ミレイユが、人波の後ろで、それを見ていた。
「賢いですね」
誰にともなく、呟く。
「でも」
小さく、息を吐く。
「これで、引き返せる人は、少ない」
その通りだった。
正しさは、旗になる。
旗は、人を集める。
人が集まれば、衝突が起きる。
俺は、理解していた。
もうこれは、
制度の問題ではない。
**教育が生んだ“正しさ”同士の衝突**だ。
そしてその中心に、
俺の名前が、はっきりと刻まれ始めていた。
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