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化け猫は眉間を攻撃する



 二つの赤く光る目の周囲に闇がまとわり付いている。

 その目は一点を見つめたまま動かない。

 先に何やら動く気配、それを赤い目の主は見据えているのである。

 明らかに人外のもの、


「出てこい」


 やがてそれが闇の中よりヌラッと現れた。


「ふっふっふっ、やはり居たな化け猫……」


 赤い目の主である鬼神はにやりと笑う。

 界を移動する事など鬼神にとって造作もないようだ。

 その妖物は片目が赤黒くつぶれ、生皮が所々剥がれて、ただれた皮膚が血生臭く腐臭さえ辺り一面に漂わせている。

 鬼神の存在を無視するのか、その妖物はあえて横を向きながらじりじりと音もなく歩いて来る。


「おまえの行く先に面白い精霊共が待っているぞ」


 声を掛けられ、化け猫は歩みを止めた。


「精霊だと、鬼神、貴様こそ何ゆえ儂の前に現れた」

「このところ暇でな、気晴らしにお前が連中からどうあしらわれるか見物させてもらおうと思っているのだ」

「シャ――」


 化け猫が牙をむき、飛び掛かるのと鬼神が消えるのは同時であった。


「はっはっはっ」






 深夜である。

 風も無い。

 青白い月のほのかな光が静かにアイダたちを包み、濡れたような草木を照らしている。

 虹の精霊アイダの左右にはジャガーのワイナを筆頭にゴリラのトゥパック、キイロアナコンダ、風の悪魔少女のレイラ、ドラゴン・バーブガン、ノラとカラス、そして守護天使であるセラムの面々が並ぶ。精霊たちがまとっている匂いは、嗅ごうとすると消えてしまうような、淡く、かすかな香りであった。


「現れるかな」


 所々にひっそりと藁ぶきの粗末な小屋が点在する村を前にして、トゥパックが呟いた。

 村人の身から出たさびとはいえ、殺してしまった娘と猫の復讐におびえる住人は皆戸を閉め、息をひそめているのだろう。此処の粗末な住居の住人たちからでさえ乞食村と呼ばれさげすまれていたという集落は、一体どんなだったのか。今は想像するしかない。


「現れるでしょう、どちらも……」

「どちらも……、アイダそれは――」

「鬼神よ、あの方を怒らせたら妖物よりも恐ろしいわ」

「…………」


 その時犬の精霊ノラが低く唸ると、やがて辺りに生臭い風が吹き、血の匂さえ漂ってくる――


「ん、これは――」

「現れたわね」


 それでもアイダたちは静かに呼吸をしている。

 ジャガーである剣豪ワイナが初めて剣を抜くと低く構えた。

 だが、現れたその妖物は前に並ぶワイナたちを見ているようで見ていない。そして振り返る――


「鬼神、そこに居るのは分かっておる、お前は手を出さぬのか」


 化け猫は何もない背後に向かって声を掛けた。


「ふっふっふっ、さあ、どうかな」


 闇の中から返事が返って来る。


「…………」


 どう見ても平和的な話が通ずる相手ではなさそうである。誰も動かないが、アイダが前に出ると両手を前に出し、


「アラザムスヴァーハーアラカザンヴォアラホートシャザムスヴァ…………、駄目だわ呪文が効かない」


 化け猫に宿っている怨念が強すぎるというのである。

 今度は間合いを詰めるワイナと妖物とが向き合ったように見える。

 しかし、直ぐワイナが何かの気配を捕らえた。前ではない、後ろだ――

 剣はワイナ自身の背後を低く払っていた。

 

「ギャ!」


 片足を断ち切られた化け猫が飛びのく。

 消えた化け猫がいつの間にかワイナの背後に回っていたのであるが、それはアイダたち誰の目にも止まらなかった。ワイナはほんの僅かな気配の揺れを感じ、身体をひねると剣を払っていたのである。

 剣は女神ダヌがワイナに授けた聖剣のヌアザ。ひとたび降りおろされると何人もその鋭い刃から逃れることは出来ないと言われる剣なのだ。

 だが次の瞬間、凄まじい風がワイナを襲った。

 レイラが思わず声を上げる。


「ワイナ!」

「これは――」


 アイダたち皆の前で巨大に変身した化け猫を見上げると四つ足である。切り落とされたはずの足のすねからは無数の蛇のようなものが生え、互いに絡み、うごめいている。

 そしてワイナを襲ったのは化け猫の腕の一振りであった。


「ワイナ、大丈夫」

「くっ…………」

「アラカザンヴォアラホートシャザムスヴァー」


 弾き飛ばされ負傷したワイナを、風の悪魔少女レイラが呪文で包み回復させた。

 後方ではトゥパック、キイロアナコンダ、バーブガンが剣を構え足を踏み出す。

 するとそこに現れた一匹のコウモリが闇の空間を舞っている。その不規則な動きが止まると、剣を杖にして立ち上がったワイナの前で、真黒な髪と瞳を持つ女性に変身した。聖剣ヌアザの精霊である。


「眉間を狙いなさい」

「…………」


 化け猫は眉間を攻撃するしか倒す方法は無いと精霊は言うのだ。


「ワイナ」

「お前たちは下がっていろ」


 ワイナは再び剣を構え前に出た。すると化け猫が言い放った。


「もしかしておまえは儂の眉間を狙うというのか」

「…………」

「ならば好きに突くがいい」


 化け猫は首を下げ、ずいっと前に出してくる。

 ワイナは顔の横で剣を水平に構えるとチャンスを待った。

 そして剣を突き出そうとした瞬間、


「うっ!」


 化け猫の素早い動きに、再び弾き飛ばされる。


「がはっ」

「ワイナ」


 またしてもレイラの出番である。そして立ち上がり向かって行くとまた弾かれる。それが何度も繰り返されるうちに、ワイナの口からは鮮血が流れ始めた。レイラの呪文による回復も限度を超えてきたのであった。だが次にワイナの言い切った言葉に化け猫は顔色を変える。


「次でお前を倒す」

「なに!」


 剣を水平に構え化け猫の前に立っと、ワイナは気配を消した――


「イエッ――」


 ワイナの突き出した剣が化け猫の眉間を見事に貫いていた――


「ギャ――」


 ワイナは引き抜いた剣をさらに振りかぶった。


「やめて!」


 突然化け猫に覆いかぶさるように現れたずぶ濡れの少女が居る。

 ワイナは思わず剣を引いた。


「だいじょうぶ?」


 少女は抱いた猫の額を撫でた。巨大な化け猫はいつの間にか小さな猫になっている。


「行きましょう、もう十分よ」


 しっかり抱いた子猫にそう語り掛け、少女は闇に消えて行く。

 さらに闇の中から聞きなれた声がしてくる。


「はっはっはっ、楽しませてもらったぞ」


 そう言い残すと、鬼神の気配も消えて行った。







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