第61話:深淵の帝王(3)
「ルクス。病院に枕を忘れたので今回も枕を希望するです」
前回の流れからなんとなく想像していたが、今回もイェルは枕を忘れたようであり、寝付けなくなっていた。
俺の腕枕をとても気に入っていたため、案の定それを求めてきた。
病院まで枕取ってこいと言いたいところだが、生憎彼女は化境の仙人。
俺達人間の常識はあんまり通用しない。それに今回の最高戦力となる存在であるため、あまり彼女を無下にできないと考え、俺は腕枕することを特別に許可した。
腕枕の体勢となりイェルの綺麗な顔が超至近距離に迫る。
すると、ちょっとドキッとするところがあり、イェルに対して好意的な感情を抱いているのだと薄々感じた。
化境としての強さを知ってしまったのが一番の要因ともいえるだろう。
とまあ、こんな感じでまたイェルとイチャイチャする流れだったのだが、ロゼがそれを白い目で睨んでいた。
「なるほど。イェル先生とやけに仲良くなっていたのは『これ』が理由だったのね。このロリコンさんに危うく騙されるところだったわ」
「ロゼよ。俺はロリコンではない。これは眠れなくて可哀想な幼女を寝かしつけているだけの仕方のない行為なのだ」
俺は事実をありのままにそう答えた。
ロゼはそれを聞くと仰向けに地面に横になっている俺の腹付近に座った。
その体勢から眼下にいる俺を見下ろす。
突然不思議な行動をするロゼを怪訝な表情を浮かべて眺めていると、ロゼが急に顔を至近距離まで近づけてきた。
俺の両頬に手を添えて、至近距離からジーっと睨む。
「なにやっているんだ?」
「ルクスを睨んでる。アリアンナさんが一生懸命武術を頑張っているのに、想い人であるアナタが知らない女とイチャイチャしてるからちょっと不義だと思ったの」
別にアリアンナとも付き合ってるわけではないのだが、どうやらロゼにはそう見えていたらしい。
ロゼは、俺とアリアンナが仲良くすることにとても好意的だったので、最近知り合ったばかりのイェルよりも昔からいるアリアンナの肩を持つのだろう。
こういう仲間を大事にするところはロゼらしいなと思った。
とはいえ、この状況で迫られても俺としては対応に困るわけで、どうすりゃいいのかさっぱり見当もつかない。
すると、イェルが急に立ち上がって、ロゼに対して深く頭を下げた。
「これはたいへん申し訳ないです。まさか彼に恋人がいるとは知りませんでした。私の出過ぎた振る舞いをお許しください」
「いえいえ、こちらこそ恩人である先生に失礼な真似をしてしまい、大変申し訳ございません。たとえ先生と言えど、彼と友人の関係を知っているので、一応釘を刺しておかないと友人が悲しむと思ったので行動した次第です」
「ロゼさんは友達想いなのですね」
イェルもロゼの義を大切にする考え方には深く共感し、もう一度小さく頭を下げるとその場から離れていった。
どうやら相手が幼女と言えど、仲間を重んじる行動をしなければロゼに咎められるらしい。
アリアンナが俺に甘えてきた時はなにも言わなかっただけに、今回のロゼの襲撃は予想外と言えた。
イェルがいなくなると、ロゼも立ち上がってプイっと顔を背けた。
どうやら彼女を仲間を怒らせてしまったみたいだ。
その後、こちらから謝罪をすると彼女は一応許してくれた。
ロゼとの関係がややこじれたものの、それ以外には特にトラブルもなく、俺達は目的地の千鬼谷へと到着した。
「土地全体から禍々しい霊気を感じる」
「ザイン。本当にここを調査するの? 見るからに危険な場所って感じがするよ」
凛花は不安そうな目でザインを見た。
ザインもこの千鬼谷から伝わってくる闇の霊気に委縮しており、あまり近づきたくない様子であった。
随分と前から道は舗装されていなかったが、足場すらロクに存在しない深い谷を降りていくのは、やや危険を伴うように感じた。
「大鎌を背負った金髪の怪しい女を、この地点で目撃したと報告が入っている」
ザインは付近にあった5メートル級の大きな岩を指差した。
岩は特徴的な形をしてて大きさもあるので平坦なこの地形ではよく目立つ。
大鎌と金髪の女と聞くと、あのシャルロットがたしかにすぐ結びつく。
大鎌を武器として使用する武人は極めて少ない。
俺も実際に出会ったのはシャルロットが初めてだった。
「そういや、そいつらはシャルロットと戦闘しなかったのか?」とイーノックが尋ねる。
「それがよくわかってないんだ。ボクもシャルロットらしき人物がいたとしか聞いてないから」
「おいおい、なんだか不安になるようなこと言うなよ。その情報を提供してきた奴は信用できるのか?」
「正直微妙だ。嘘を言っててもおかしくないかも」
ふわーっとしたザインの受け答えにイーノックは酷く呆れる。
「で、でも。本部に直接報告した情報なんだから嘘なわけがないよ。もし嘘だったら罰せられるじゃん!」
凛花がザインをフォローするようにそう決めつけた。
どうやら彼女はザインの言葉を信じたいご様子。
いずれにせよ、二日もかけてここまで来たのだから、調査しないわけにはいくまい。
ザインにそう伝え、俺はロゼと二人で谷底へのルートを探しに出かけた。
ロゼを選んだ一番の理由であるが、なんと彼女は土地勘があったからだ。
かつて一度この地で修行をした経験があるらしい。
「昔一回やんちゃして、お父さんからこの地にポイされたことがあるの」
さらっとヤバイ過去を聞いてしまい、俺はロゼの父親にドン引きする。
おそらく折檻と修行を兼ねた対応だろうが、子供を千鬼谷にポイはえぐいって。
天魔の家系の闇の深さを感じた。
千鬼谷の奥深くまでは流石に潜っていないそうだが、入り口付近のルートならある程度把握しているらしい。
現在も使える道かどうかを確認するべく、その場所へと向かったところ、一応なんとか使えそうだった。
壁際に沿うように螺旋状に繋がっている危険ルート。
そして、ところどころ足元が欠落している。
驚くべきことにロゼはその道を通ろうとしている。
通路はとても狭く、壁に張り付くように通らなければならない。
もし足を踏み外せば深淵へと真っ逆さまであり、命の保証はない。
上級軽功を習得してるとはいえ、正直こんな危険な場所は通りたくなかった。
「おいおい嘘だろ。こんな狭い道を通るのか? 足を滑らせたら即死だぞ」
「狂気の沙汰ほど面白い」
「面白くねえよ。この道を意気揚々と通るのはお前くらいだよ」
「ルクスは化境じゃない。こんな道くらい鼻歌交じりで通れるはずよ」
あのー。ロゼさん?
俺も一応人間らしい感情は持っているんですが……。
流石、この強者尊の国で生まれ育った少女。
武術の面では俺の方がロゼより優れているが、精神面ではロゼの方が何十倍も狂っている……じゃなくて度胸がある事が改めてわかった。
ロゼに先導してもらう形で俺は谷底へと潜っていった。
その道中、大体中腹の位置でロゼが立ち止まった。
俺達の視界から見える谷底にて巨大な建物を発見した。
「あんな建物。前に来た時はなかったはずよ」
「それは本当か?」
「ええ。間違いないわ。谷底には横穴がいくつかある程度で、人工的な建造物なんて一つもなかったもの」
ロゼの言葉が正しいならあの建物がますます怪しく感じる。
何らかの目的で極秘裏に造られた施設であることは間違いないようで、ロゼですら把握していない得体の知れない建造物に俺は興味を抱いた。
【強さの段階】
神和境>入神境>化境>超一流武人>一流武人>二流武人>三流武人>一般人
【登場人物】
ルクス:化境の武人。
イェル:尸解仙。
ロゼ:天魔の一人娘。
ザイン:朱雀団団主。
イーノック:青龍団団主。
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