第14話 講義・番外
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『相棒はご先祖サマ!?』 https://ncode.syosetu.com/n1665ho/ 火木土0時投稿予定。
「あ゛~~疲れた~~」
「「「「おなじく~~」」」」
五人組が揃ってテーブルに突っ伏している。頭から煙吹いているとはこのことだ。
マイコル学院長から講義終了の言葉が出たとたんこの有様である。
講師役の6人は唖然としていた。おそらく彼らの学院にはこのような学生はおらず、仮にいたとしても教師の前でする態度ではないということだ。日本の教育はどうなっているのか。そんなことを聞かれないように神サマに祈る翔太郎だった。
「しゃきっとせんか! ほれ! 昼飯が終わったら次は剣の訓練じゃ! さっさと起きて食堂に行かんか!」
どうやらフェロメールが世話役だと考えた翔太郎の予想は的を射ていたようで、予定の進行を仕切っている。
五人組はその怒鳴り声で飛び起き、あっという間に部屋を飛び出していった。
フェロメールが怖いというよりも『昼飯』と『剣』に反応したのだろう。一日の付き合いもないが翔太郎にはそう感じられて可笑しかった。
翔太郎もフェロメールに促され食堂に向かう。
講師陣も一緒だ。
食事のマナーも講義の一環なのかと穿った見方をしてしまい、それとなく尋ねると『考えもしなかった』と妙に納得されることになった。
正式なマナー講座は後日検討するということで、それまでは何となく講師たちの真似をすればいいという。
とはいったものの、昼食は昼食。晩餐会のようなコース料理が出ることもなく、朝食とほぼ同じパンとスープ、それから午後から身体を動かすからサービスなのかステーキとワインが加わっていた。
たぶんどこの世界の誰が食べても似たような食べ方になるだろう。実際五人組などもワイワイと賑やかにしているが誰も困った様子はなかった。
翔太郎と講師陣もお互いの文化の違いなどを話し合いながら食べる。流石に口の中に物を入れたまま話すのはNGだが。
ふと金髪4人の中の誰かから『この肉何の肉?』という呟きが聞こえ、給仕をしていたメイドが『キラーボア』と答える場面があった。
翔太郎を含めた勇者勢が固まった。物理的にも精神的にも。
物騒な名前である。魔物の肉だとサブカルチャーに通じた日本人ならすぐにわかった。
ファンタジー作品なら魔物の肉を常食としている場面はよく出てくるが、実際の立場になったら、それも不意打ちだったらやはり誰でもこうなるだろう。日本人が、ある肉を既に口に入れてしまった後で『それはカエル(蛇・犬・猫なども可)の肉だ』といわれたら同じ反応をするに違いない。
「……魔物、食べるんだ……」
「なんじゃ? 勇者の国では肉を食べんのか?」
「ちげーよ。魔物って殺したらドロップして煙になって消えるんじゃねーのか?」
翔太郎はケンジのいうことが何となくわかった。
サブカルチャーが浸透している日本でも、その傾向と深度は人それぞれである。翔太郎などはネット小説にかなり偏っていて、バトルものだけでなく内政系、サバイバル系も多い。すると魔物を資源と見做す内容も多くなる。
一方ケンジたちは、偏見に過ぎないが、その性格から討伐系のゲームに傾倒しているのだろうと考えた。するとストーリーの関係で解体や運搬などの手間を省くためか『お宝』をドロップするパターンが多くなる。
ケンジたちの戸惑いはそういうことだ。
「ふーむ。よくわからん。ショータロー殿、説明してくれんか?」
「あー、はい。前も言ったと思いますが、私たちの国には魔物はいませんが、勇者関連の物語がたくさんありまして、たぶん、こことは違う異世界の話だと思います」
「なるほど、また別の世界ですか。しかし、魔物が死ぬと消えるなど、それでは肉が手に入りませんな。人々は一体何を食べて生きているのですかな?」
王都中央学院・経済学課主任のロック・マリオン氏が疑問に思ったようだ。
翔太郎は『肉塊をドロップするパターンもある』と言いかけたが、それはあくまでフィクションだと思い直し、現代地球の話をする。
「えーと、普通に農作物と畜産ですが、ああ、海産物もありますね」
「農産と海産はわかりますが、畜産ですか? 卵と乳だけでは? 肉は余剰分しか取れないでしょう?」
「規模の問題だと思います。魔物がいないので安全に放牧できますから」
「ほう、それはすばらしい。やはりウチの学院で教鞭を……」
「まあまあ、ロック君。気持ちはわかるが焦ってはいけないよ。まずは勇者様たちに私たちの世界の常識を知ってもらうのが先決なのがハッキリしたということです」
マイコル学院長がマリオン氏の勧誘をインターセプトする。
更に話が続くようだ。
「さて、食事の手が止まってしまいましたが、関係もあるので講義の補足といきましょう。
大異変前の先史文明では、おそらくショータロー殿のおっしゃったような畜産も盛んだったことでしょう。
それが大異変で失われ、人々は飢えました。当時の記録は在りませんが言い伝えによると、野の草を食みネズミのような生き物や時には虫まで食べて飢えを凌いだそうです。そんな人々が生き残れたのは、そう、魔物を食料としたからなのです。
もしも魔物が死ぬと消えてしまう存在だったならば、間違いなく人類は滅びていたことでしょう。
ですから、我々にとって、不本意ですが、魔物の肉は今でも命綱なのです。
勇者の皆さんは不慣れかもしれませんが、この国では魔物以外の肉は滅多に出回りませんよ」
マルコス学院長の補講を聞いて、翔太郎を含めた勇者勢はじっとと手元の皿を見つめた。
既に半分は食べてしまった。これ以上尻込みしても情けないだけだろうと、翔太郎は思い切って残りの肉を口に入れる。
横の様子を見てみると、翔太郎ほどの葛藤もなく食事を再開していた。
「なあなあ、ゴブリンも食べられんのかな?」
「え? あれってクサいって言ってたぞ」
そんな話をする余裕もあるらしいが、それを聞きつけた騎士団長が笑い出す。
「ハハハ。興味があるなら食わせてやるぞ」
「えっ? いや、別に食べたいわけじゃ……」
「何、訓練の一環だ。ねえ? 学院長」
「ん? うむ。騎士としての心構えの意味もあるな。我が学院では毎年新入生には必ず食べさせておる。勇者にも必要だな」
と答えたのは王都騎士養成学院・学院長のアナトル・ノエミ氏だった。
「「「「「えーっ! そんなー!」」」」」
五人組が不満の声を上げた。
だが、マイコル学院長がさらに補足する。
「そうバカにしたものでもありませんよ。確かに臭いしマズイでしょうが、歴史的に見て人類が一番多く食べた魔物になるでしょう。今でこそこうしてパンや野菜も普通に食べられますが、200年以上前、暗黒期から戦国期にかけては常食していたはずです。いえ、今でも不作だった村では非常食扱いですし、冒険者でも携帯できる食料が限られてますから、獲物によってはゴブリンも食べなければならないでしょう。
なに、毒があるわけでもありませんし、栄養も十分ありますから」
と楽しそうに語った。
翔太郎は魔物肉を噛み締めながらネット小説に書かれていた内容を思い出し、眉を顰める。
『これが魔物の肉か。ゴブリンじゃないけど……オレにゴブリンが殺せるのかな……』
肉体的な強さの問題ではない。精神面でのことだ。癌を宣告され半ばヤケクソでポジティブに生きようと決意はしたものの、一朝一夕に人格が変わるはずもなく、また環境と常識の変化が大きすぎるのも問題だ。
精肉を触るのは抵抗がないが、生きている動物を殺して自ら捌いて調理しなれている日本人はかなり希少だ。自分の手は汚さず美味しいこと取りする人間のなんと多いことか。しかし魚なら大丈夫という人も結構多い。
一体何が違うのか。
牛は食べてもいいが鯨はダメと主張する人間を心の底から愚かだと思う一方、牛は食べてもいいが馬はダメという日本人も実は多い。犬猫にいたっては家族扱いだ。
人間は矛盾している。ダブルスタンダードこそ人間らしさの証明だと言ってもいい。
『線引きがわからない。わかったとしても受け入れられるかが問題だ。慣れるまでオレの心が持てばいいけど……ああ、ポジティブな人間が羨ましい。オレだってなってみせる!』
「さて! 昼飯も済んだことだし、お待ちかねの剣の訓練だ!」
空になった皿を見つめながら翔太郎が葛藤していると騎士団長から通達があった。
「30分休憩の後、エントランス集合だ。訓練用の服に着替えて来いよ」
翔太郎及び五人組は行動に移す。
一応翔太郎だけは講師陣に挨拶をしてから食堂を出た。
『さて、身体を動かすならあまり悩まなくても済みそうだから気楽だな。しかし、オレの身体は持つんだろうか……』
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