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113・滲み出る父の愛情

 お父様がいきなり手を上げた事に、リザードマン族の警備兵は驚いた表情で困惑していた。何か声を上げようとしているようだけれど、迂闊な事は言えないと思っているのか、視線をさ迷わせるだけだった。


「……申し訳ありませんでした」

「なぜ、頬をぶたれたのか……本当にわかっているか?」

「はい。お父様に何も言わず、軽率な判断で自ら危険に飛び込みました。お母様や、館の者達にも心配をかけてしまいました」

「わかっているのならばそれでいい。エールティア。お前の身体はお前一人の物ではない。忘れるな」


 お父様はそれだけ言って、身体を翻して、詰め所の外へと出て行ってしまった。


「エ、エールティア様……」


 おろおろとした様子のリザードマン族の警備兵に、私はゆっくりと首を振る。


「心配ありません。それよりも……騒がせてしまってごめんなさい」

「い、いえ……その、頬は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。それよりも、もう行きます。ツァルトに『ありがとう』と伝えて欲しいのだけれど……」

「わかりました。必ずお伝えします」

「ありがとう」


 これ以上長いするわけにはいかない。外ではお父様が待っているだろうしね。


「あ、あの……エールティア様」


 私が帰る前、最初に出会った後輩警備兵が私の顔を見て、思いっきり頭を下げて謝罪をしてきた。


「……先程は本当に申し訳ございませんでした。なんと謝ればいいか……」

「今回は寛大な心で許してあげましょう。だけれど、次はない。それだけは頭の中に刻み込んでおきなさい」


 軽く殺気を出して、後輩警備兵を威圧すると、冷や汗が流れたのか、ビシッとした佇まいで再び頭を下げてきた。叱られた後だからなんとも締まらないけれど……これで彼が少しは成長できたのなら、それでいい。

 そのまま詰め所の外に出ると、少し離れたところに見覚えのある鳥車が用意されていた。お父様は既に乗り込んでいたようで、私も急いで鳥車に乗り込んだ。

 御者が私が乗ったのを確認したのか、座った瞬間に鳥車はゆっくりと動き出した。


 静かに進んでいくその中で、互いに何も言わずに静かな空気だけが場を支配していた。


「エールティア。頬は大丈夫か?」


 最初に口を開いたのはお父様の方で……その顔にはさっきまでのように怒りに満ちた表情ではなくて、心配しているような不安げな表情だった。視線でもわかっていたけれど、お父様がああいう風に怒りを剥き出しにすることなんてまずない。だから、本当は何を思っているのか……最初からわかっていた。


「はい。大丈夫です」

「……あまり心配をかけるな。私もアルシェラも……本当に心配したのだぞ?」


 ため息を吐いたお父様には返す言葉もあまり見つからない。『大丈夫』とか『このくらい問題ない』とか、そういう事じゃなくて……父として、娘の私を心配してくれている。あまり褒められた事じゃないけれど、それが本当に嬉しかった。


「貴族として、王族として、民を守るのは私達の義務だ。それは子供であるお前にも変わらず課せられるものだ。だがしかし、無闇に危険を犯す事は違う。だからこそ、約束して欲しい。連絡は必ずする事。そして……自らの命を軽んじない事を」


 まっすぐこちらを見つめているお父様の視線は、心に残るほど訴えかけていた。


「……わかりました。約束致します」


 私の言葉に、お父様は満足するように頷いて、先ほど叩いた私の頰を、そっと優しく撫でてくれた。


「頰は痛むか?」

「いいえ。大丈夫です」


 暖かいお父様の手が慈しむように触れてくれた。

 流石に回復魔導で癒してくれる事はないけれど、優しさが染み渡ってくるように感じている。



「済まなかったな」

「お父様が謝られるような事はありません」


 今回の事は、全面的に私が悪い。心配を掛けさせないようにしておくべきだった。

 それに……お父様にも執政者としての顔がある。決して甘やかさず、厳しい一面を見せるのも、大切に思ってくれているからこそだ。


「そうか……お前がそう言うのであれば、わたしも言うまい。ただ、アルシェラには謝っておきなさい。私以上に心配していたからな」

「はい」

「それと……」


 お父様は言い淀んで、視線を少し逸らしてしまった。一体どうしたんだろう? 何か言いづらそうにしている。


「……ジュールがこの世の終わりを見たかのような顔をしていたから、後で慰めてあげなさい。あの警備兵が報告に来た時も、自分が行くのだと私に頼み込んできた。あれほど真剣な表情はそうそう見られるものではない」


  そういえば、ジュールは舞い上がって先に帰ったんだったね。自分の責任だとでも思っているのだろう。

 お父様の苦い表情からも、どんな騒動を起こしたか目に浮かぶくらいだ。


「わかりました。迷惑を掛けてしまって、本当に申し訳ございません」

「いや、それは構わない。それだけお前が大事に思われている証拠だろう。大切にしてあげなさい」

「はい」


 お父様に言われたから……という訳でもないけれど、心配を掛けた分、少しだけジュールに優しくしてあげよう……そう、心に決めたのだった。

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