112・話を聞かない兵士
警備隊にあの場所で起こった事を話すと、最初に話を聞いた警備兵は鼻で笑うような態度を取ってきた。
「失礼ですが、おおよそ信じる事の出来ない話ですね」
「……貴方程度では話にならないわ。エルセンビッスを呼んできなさい」
「隊長殿はお忙しい御方です。それに……いくら品の良いお嬢さんでも年上を呼び捨てにするのは、感心しませんね」
この男はどうやら、私の事をどこかの令嬢だと思っているようだ。しかも名前を告げたはずなのに、嘘だと言い切られてしまった。こういう頭が鉄で出来てそうなのだから出世できないんだ……と心の中で愚痴を言っていると、ようやく救いの手が差し伸べられた。
「エールティア様ではないですか。こんなところにわざわざどうされたのですか?」
「……先輩? 知り合いの子ですか?」
詰め所にやってきた先輩警備兵に向かって、迷惑そうな表情の兵士が話しかけていた。彼には見覚えがある。確か……魔人族のツァルトって人だ。エルセンビッスの直属の部下の一人だ。
「お前……この御方は、エールティア・リシュファス様だぞ? まさか、知らないのか?」
「先輩。いくら担ごうとしても無駄ですよ。公爵閣下の令嬢が、こんな夜遅くに一人で歩き回っている訳ないじゃないですか。学生服にも血が付いていますし、そんな高貴な方ではないでしょう」
ツァルトが呆れた顔で後輩と呼んでいる魔人族の男を見ているけれど、肝心の彼は全く信じていない。大方、私の事を噂程度でしか知っていない輩だろうけれど……自分の勤める町にいる貴族くらい、頭の中に叩き込んでおいて欲しい。
……私もそれに相応しい様相ではないから、あまり言えた事では無いけれど。
「……はあ、隊長はまだ戻ってきてないのか?」
「はい。最近は小さな子供が行方不明になっている事件が起きていますからね。警備を強化しているそうです」
「そういうのは部下に任せてくれればいいのに、あの人は……」
頭を痛そうに抑えてるツァルトは私に向き合って、目線を合わせてくれるように膝を付いてくれた。
「エールティア様、何故ここにいらっしゃったのかを教えていただけますか?」
丁寧に私に向き合ってるその姿に、少しだけ心のもやもやが晴れた。不審な男の後を付けていって、路地の奥まった場所にある建物の裏口から、中に入った事。そこで見た色んなことを一切隠さずにツァルトに伝えると、彼は神妙な面持ちで私の言葉を反芻するように考え込んでいた。
「先輩。この子の言う事を信じるんですか?」
「……お前は今すぐリシュファス家に行ってこい。そろそろ他の連中も戻ってくる頃だからな」
「本気ですか?」
「早くしろ! 先輩の言う事が聞けないのか!?」
呆れたような視線を向ける後輩の男は、怒鳴られるとは思わなかったのか、背筋を正して即座に行動に移ってくれた。こういう時、素早く動けるのは彼の良いところなのだろう。
「申し訳ありません。あの男はまだこの町に来て日も浅く……」
「……貴方に免じて今回の事は不問としましょう。ですが自分が守るべき町を治める者の家族ぐらい、覚えさせておきなさい」
「仰る通りでございます。エールティア様、他の者が戻ってくるまで、もう少々時間が掛かります。それまでは――」
「ここで待っていて欲しい、と。良いでしょう。無理に動かない方が良さそうですからね」
それからすぐ、ツァルトが言った通り、見回りをしていた警備兵達が戻ってきた。その間、なんとも言えない気まずい空気に包まれていたのは……言わずもがな、だろう。
――
詰め所に他の警備兵達が戻ってきたのに合わせて、ツァルトは数人の警備兵と共に私が教えた場所に向かってくれた。一緒に行こうかと提案したのだけれど、それは断られてしまった。
一度お父様に顔を見せて安心させて欲しい、と言われてしまった。正直、後の事が怖いけれど……これ以上お父様達に心配をかけるのは流石に不味いだろうしね。そんなわけで、今は椅子に座って迎えを待つことになっていた。
「エールティア様、お茶でもいかがですか? 気分が落ち着きますよ」
「ありがとう」
ここでは珍しいリザードマン族の女性が出してきたお茶を一口啜ると、口の中に温かさとかすかな渋みが伝わってきた。鼻をくすぐる香りが心を落ち着かせてくれる。
ゆっくりとそのお茶を味わっていると、いきなり詰め所に入ってきた人がいた。
「お、お待ちください!」
慌てた後輩警備兵がその人物――お父様を呼び止めるけれど、お父様はその話を一切聞かずに私に詰め寄ってきた。その表の顔は怒りに満ちていて、とてもじゃないけれど言い訳できるような状態ではなかった。
「エールティア……!」
「……お父様」
私は立ち上がってお父様に向かい合った。近い距離だと、見上げないと顔が見えないくらい背丈がある。
二人で視線を交わし合って……視界の端でお父様が手を振り上げているのが見えた。
――パシンッ。
乾いた音が響いて、頬にじーんとした痛みのようなものが伝わってくる。別に大した事はないんだけれど……お父様の目を見てしまったら、そんな事は到底思えなくなってしまった。




