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鳥人間  作者: 正坂夢太郎
エピローグ
22/22

エピローグ 「バードウォッチャー」

今回はたまの視点です。

 真美がいなくなる日から一週間前。真美のお父さんが、言った。


「鳥か、人間か。どちらかに決めろ」


 そして翌日の夜、鳥を撃ち落して帰ってきたお父さんを見て、真美は家を飛び出した。





 ◇◆◇◆





「たま」


 呼び声に振り向く。圭介だ。圭介はしゃがみ、俺の器にカリカリを入れてくれた。

「怪我は治ッてンのか」

 もともと怪我なんてしてない。俺がそういうと、圭介は「よかッたな」と言って俺を撫でた。勝手に俺たちの言葉が通じたつもりになるのが、人間の悪いところだ。困ったもんだ。


「父さん」


 圭介は鴨鍋をつつくお父さんに話しかける。お父さんはうつむいたまま眉を寄せる。

「何だ」

「俺は医者になる」

「……ふざけたことを言うな」

「俺は本気だ、父さん」

 圭介は机に手をついて腰を浮かした。「もうあんな汚ェもんはみたくない。いつか必ず俺の手で人間にする。だから、手をもぐのは待ッてくれ」

「お前には関係ないだろ」

「関係ねェわけねェだろッ!」


 圭介は立ち上がり、手に持っていた茶碗を壁に投げ飛ばした。いつかと同じように破片が舞って散らばる。

「あいつはどうなるんだ! 翼をもいだ後はどうなるんだ!? その状態で、この家で、俺たちと暮らすンだろォがッ! だッたら俺らはずッとあいつと付き合ッてかなきゃなンねェだろ! そんなの耐えられるわけねェだろうがッ!」

 圭介は鴨鍋の取っ手を握り持ち上げた。「圭介、やめて」とお母さんが言う。


「気持ち悪ィンだよ、飯が不味くなんだよッ! 手の無いヤツとなんか一緒に暮らせるわけねェだろ! けどな、翼のあるヤツとも一緒には暮らせねェ!」

「それは我慢するしかないことだろう。お前は真美を家族だとは思っていないのか」

「――――――ッ! ふざッッッけンなァァ!!」


 圭介は勢いよく鴨鍋を振り下ろした。あっけなく鴨鍋は砕け散る。汁が流れ出し、圭介の脚を濡らした。


「……お前が…………お前が姉さんを家族だなんて思ッてねェくせに……偉そうな口聞いてンじゃねェよッ!! 俺は、姉さんを治してやりてェんだよッ!」


 圭介はそういうと、残りの皿を全て投げ割り、扉を固く閉ざした。



 ◇◆◇◆



 翌日もお父さんは鴨や鳩なんかを捕ってきた。真美はどこかへ行ったまま帰らない。昼に少しだけ帰ってきたときには、「ごめんね」とだけ言って去って行った。

 今日の夕食には、圭介もいなかった。当然か。

 夕食の席では、お母さんとお父さんが言い争っていた。「どうしてあなたは――――圭介は――――のために――――大好きだから――――――」と、途切れ途切れに声が聞こえる。俺は、真美の部屋で月を眺めていた。

 真美はどこにいるんだろうか。俺は真美のために、何かしてやれているんだろうか。

 真美は傷ついてる。俺は真美の友として、真美を支えられているんだろうか。


『いい、たま』


 幼い圭介の姿がよみがえる。そう、確かあれは、二年前の、真美がいなくなる前の、真美の誕生日。


『たまにもプレゼントがあるんだよ、ほら』


 そう言って圭介は、かわいらしい包装紙を丁寧に外した。中から、赤色の皿が出てくる。新品だ。

『これは今日から、たまのいれものだよ。ごはん食べるときは、これを使うんだよ。ね』と言って、圭介は笑った。



 ◇◆◇◆



 翌日、お母さんが家から消えた。お父さんの火縄銃もなくなっていた。

 警察が家に来て、うちのことを根掘り葉掘り聞いていった。プライバシー保護なんて、国家権力にかかれば絵に描いた餅だ。

 その日から、お母さんの捜索が始まった。一日経っても二日経っても、お母さんは見つからなかった。

 そして、ようやく見つかったときには――――お母さんは、死んでいた。



 ◇◆◇◆



 俺は杭に繋がれ、地面に座っていた。太陽が眩しく照り付け、蝉の鳴き声がわんわんと響いている。

 犬には分からないと思っているんだろう、真っ黒な服に身を包んだおばさんたちが、噂話をするのが聞こえた。

「真夜中の学校で、銃を持って飛び降りたんですって」

「何でもね、その日銃声を聞いた人がいるらしいのよ」

「家で何かあったのかしらね。ほら、あのお父さんよ」

 おばさんたちがちらりと見た方を、俺も見る。黒と白の鯨幕の中から、お父さんと圭介が出てきた。お父さんは、顔から色を失っていた。圭介が俺に気付き、頬を少し緩ませ、目元を擦り、うつむいた。



 ◇◆◇◆



 あれから何週間経っただろう。永遠にも似た時間が流れていた。

 ある朝起きると、お父さんがいなくなっていた。突然のことで、俺も圭介も驚いたが、気持ちを整理する暇もなく、圭介は遠い親戚のうちに引き取られることになった。

 キャリーバッグを転がす圭介を見上げる。顔には翳りが射している。


「たま、ちょッといいか」


 圭介は、駅とは違う方向に進む。山道をずんずんと進む。塩っ辛い汗がしたたる。斜陽に従い、俺たちは進む。

 少し開けたところに出た。水が落ちる音が聞こえる。近くに滝か何かがあるんだろう。ひんやりした空気が、俺たちを労うように包み込んだ。もしかしたら、と思い、俺は周囲を見渡したが、真美の姿はなかった。


「見てみろよ、たま。ここからは、世界が見えるんだ」


 圭介が指さす方向を見る。建物の群れが、にょきにょきと生えている。もしやと思い、目を凝らす。案の定、俺たちの家が見えた。明日から取り壊し工事が始まる予定の、家。


「たま。俺たちは、ここで別れよう」


 圭介を見上げる。太陽に照らされ、美しく輝いている。


「捨てるとか、そういうのじゃねェンだ。たまは、この世界で生きてほしいッていうか……たまは、都会には合わなさそうだしな」


 圭介はどうするんだ、と俺は問う。圭介は優しい目つきで俺を見ると、ふぅ、と溜息をついた。


「俺は、鳥類研究家にでもなるかな」 


 バードウォッチャーか、と俺が言うと、ありがとな、と言って頭を撫でてきた。

 ホント、これだから人間は困る。




 世界に一つの別れが生まれた、ある夏の夕暮れのことだった。




 鳥人間:完

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