第84話 犯罪者にもいい人は居るのね
「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
気の抜けた紗良の声が偽オフィスに木霊した。
精も根も尽き果てた私、夏祭万理華の目の前でスタジオの扉が破られて、警官が突入してくる。
目的は…合宿中に違法カジノで遊んだ私達の摘発…らしい。
終わった……
「動くなっ!!」「警察だっ!!」「抵抗するとただじゃおかないぞっ!!」
真っ先に紗良が拘束されてたわ……
「いててててててててっ!!なんでっ!?」
「紗良ーーーーっ!!」
「逃げるんだ琴音ちゃんっ!!」
「薄情者!!星羅っ!!仲間を捨てて逃げるのかっ!?」
「うん!!」
「うんて……」
「ごめん紗良ちゃん…僕は捕まるわけにはいかないっ!!」
「はーちゃんも!?」
……終わった。何もかも…
「あの……これは一体何の騒ぎですか?」
りあのお母様の問いかけに答える気力もなくて…
「こら!!」「大人しくしろこの犯罪者めっ!!」
「痛い痛いっ!!」
ただボコボコにされる紗良を眺めてた。
「…りあ?」
「違うよ?ママ」
「やっぱり……」
「なにがやっぱりなの?ママ」
「この事務所…」
「違うよママ。これはどっちかというと私達の……」
戦慄するお母様の肩に分厚い手が置かれた。その手は無表情のままのドン・カルチオーネのものだ。
「あなた…」
「……」
ドンが無言で頷いてる。マフィアのドンとその妻の間でどんな無言のやり取りが交わされたのか…私には分からなかった。
とうとう応接室の扉が破られたわ。
「あわわわわわわわ…万理華さん……」
「りあ。こうなったら覚悟を決めなさい…」
「万理華さん!?」
「あなたもマフィアの娘でしょ?」
「なに言ってるの!?」
踏み込んできた警察が私達の姿を捉える。
「夏祭万理華と天鬼りあだな!?」「おめぇ達を逮捕するっ!!」
……ただ、そんな警察達を絶対零度の眼で見つめる男もそこには居たわ。
「娘ニ何ノ用デスカ?」
「なんだ貴様は!?邪魔をするならタダじゃ……げっ!?ドン・カルチオーネ!?」
警官の一人がドンを見て叫んだ。
「なにっ!?カルチオーネだと!?」
……ドンが応接室から部下達を引き連れて外に出た。ドンが目の前に現れた瞬間、なぜか紗良を執拗にタコ殴りにしてた警官達が固まる。
……こ、これがニューヨークマフィアのドンの力っ!?
「バっ…バカなっ!!どうしてこんな所にあのドン・カルチオーネがっっっ!!」
「警部、誰ですか?カルチオーネって…」
「バカか貴様っ!!ドンを付けろドンを!!ドン・カルチオーネはニューヨークを仕切ってるドンだぞ!!」
「えっ!?まさか…あのニューヨークを割り箸一本で制覇した…あの生きる伝説の…世界有数の影響力を持つ伝説のドン…!?」
すごい…ドンにもなるとニューヨークの裏社会を割り箸一本で制覇できるのね…
ドンに睨まれた警部とやらが震えてるわ。
「ド…ドン・カルチオーネ…どうしてこんな所に…(震)」
「娘ノ職場ニオ邪魔シテイルダケダ」
「なにっ!?娘っ!?」
警察達が思いっきり後ずさった。
「娘トソノ友人ヲ逮捕スルト聞コエタガ…ドウイウ事カ説明シテモラオウカ?」
「いやいやいやいやっ!!滅相もございませんっ!!どうやら勘違いだったようでっ!!あははははははははっ!!」
「……デハ、コレデ失礼シテモイイカネ?コレカラ娘トデートナンダ」
「はっ!!たたたた…大変失礼いたしましたぁっ!!(震)」
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…切り抜けた……らしいわ。
まさかこんなに時間が経ってからぶり返されるとは思わなかったわ。ドッと疲れた。
正しく恐怖とは過去からやって来る…ね。
遠ざかっていくパトランプを入口で見送ってたら、後ろから黒い影が伸びてきた。
振り返ったらそこには私を見下ろす針金のように鋭い眼光…ドンがそこに居た。
「……(汗)」
「ミス、万理華」
無表情の上に冷たい渓谷のような深いシワを刻んだドンが私の名前を呼んだ。
やっぱり終わったかもしれない。いや、終わった…
「あ、ああああの…」
「アナタニ感謝ヲ伝エタイ」
…感謝?
「…なんの、ですか?カルチオーネ…」
「『ドン』ヲ付ケナサイ」
「アッスミマセン…」
ドンは私の顔を見てその表情をゆっくりと解した。
無表情だと凄く怖いのに…笑うとなんだか優しい。その笑顔にはりあの面影があった。
「コノ事務所ハ本物デハアリマセンネ」
「ぎくっ!!」
直球に問いただされて思わず口からぎくっ!!が出たわ。優しげな笑みのおかげでじんわりとした優しさが染みた直後に、手足が冷たく痺れてきたんですけど…
「い、いや…」
「ココハ貸スタジオデス。サッキ、部下ニ確認サセマシタ。間違イナイ」
「……ガタガタガタガタ」
「アナタノ事務所ハ、オ金ガナイ」
「私の事務所ではないんですけど」
心外な…
「本当ノ事務所ハ倉庫デスネ」
どこまでバレてんの…(震)これがニューヨークの…ドン(汗)
「……そ、それは…………」
「アナタ方ガ私達ヲ騙シタ理由。私達ヲ安心サセル為デスヨネ」
いつの間にか無表情に戻ってたドン。でもその顔には怒りや不信感は感じられない。ビジネスライクに務める一流のビジネスマンみたいだ。
きっとそれがこの人の流儀なのね…
「……あの、ごめんなさい…………うちの事務所は本当にお金がなくて…こんな事務所じゃりあのお母様も安心できないだろうから…」
白状したらいくらか体の重さが抜け落ちた。私自身心苦しさを感じてたのかもしれない。
でもこれで確定した。
りあのお母様は所属し続けるのを反対するだろう。りあはやめていくかもしれない。
そう考えると……
「アナタハソノ為ニオ金ヲ払ッテマデ一芝居打ッタ」
「……ごめんなさい。あの……命だけは…」
「取リマセン」
「臓器も……勘弁してください……」
「取リマセン」
「……風俗に売り飛ばし…………?」
「私、ソンナ風ニ見エマスカ?」
見えるというかバチバチそんな人でしょう?
「万理華サンガソコマデシテクレタ理由ヲ勝手ニ想像シマシタ」
「……」
「娘ハアナタ達ヲトテモ好イテイル。ソシテソレハ、アナタ達ガ娘ヲ好イテクレテイルカラダト思イマス」
無表情から告げられる言葉の端々に温度を感じた。この人は今誠意を込めて私に伝えてくれているんだってのが、伝わった。
醸される重厚な人間としての重さが、言葉の体重に説得力を持たせてくれる。
この人の言葉を聞き逃さないようにって、私はじっとドンを見つめた。
「ソウイウ人達ニコソ娘ヲ任セタイ」
またドンが笑った。一瞬だったけど、確かに。
「私ガ企業ニ求メルノハオ金デハアリマセン。確カニ…少シ心配デハアリマスガ…アナタガ傍ニ居テクレレバ安心デキマス」
歴史を感じさせる分厚い手が肩に触れる。恐怖に凍りついてた心が温度に解かされていく…
とてもニューヨークの裏社会を割り箸一本で制覇した男とは思えないわ…
「娘ノ事ヲオ願イシマス」
「………………っ、はいっ……」
ドン・カルチオーネはお母様と一緒に、ゴチゴチの黒塗りのロールス・ロイスに乗って帰っていった。
帰り際にりあとハグしてるの見て、仲良いんだなぁ…って思った。
ちょっと羨ましい。
隣で手を振るりあと遠ざかってく高級車のお尻を交互に眺めながら……
「いい人ね、あなたのお父様」
「優しいんだよぉ」
「とてもニューヨークを仕切ってるマフィアのドンとは思えないわ」
子煩悩さも含めてね。
手を振るのを止めたりあがキョトンとしてから、怪訝そうに眉を寄せる。
「マフィア……?」
「マフィアのドンなんでしょ?最初は怖かったけど…犯罪者にもいい人は居るのね」
「……いや、マフィアじゃないけど…」
「え?でも…ドンなんでしょ?」
「ドンだけど…そっち系のドンじゃないよぉ!」
ドンにそっち系もあっち系もないでしょ!?だってニューヨークのドンなんでしょ!?
「万理華さん!他人の親を犯罪者呼ばわりはやめてほしいなぁ……」
「じゃあ…………あんたのパパ何してる人?」
「ニューヨークで割り箸作って売ってる会社のドン」




