第179話 私は『TRY AGAIN』のセンターだから
「……どうすんだよ」
クソガキとカラオケに入店。どうも、カラオケが歌を歌う場所だって初めて知った白石レオです。
今までカラオケって簡易版ラブホだと思ってました。
歌を歌うって事を教えてくれたクソガキ、荻窪はぁとが連続で曲を入れてるけど…初めてでもこれがマナー違反なんだろうなってのは分かった。
「何がだい?」
ここで君とヤるって話かい?ごめんはぁと。君とは無理だ。
「ミライ、マジで告るんかな?」
はぁとはどうやら人生初の友人の恋という状況に興奮冷めやらぬ様子だ。
入店時抜かりなく割引クーポンを使用した微笑ましいクソガキがチュロスのカスで遠慮なく床を汚していくのを見守りながら、僕は考えていた。
ミライと『FOOLS』の天鬼りあ……
まぁ……なんか…なるべくしてなったような…
「どうすんだよ、ほんとに付き合い始めたら」
はぁとの問いに考えてみる。
ミライに彼女が出来たら…想像もした事なかった未来。というか、未だに想像できない。
恋愛というものからこれ程遠い位置に居る歳頃の女の子もなかなか居ないだろうからね。
僕達アイドルは、一番恋愛が楽しい時期に夢を選択し、その権利を事実上放棄した。
ファンの為に……
そんな恩着せがましい言い方は許されないのかもしれないが、僕らに恋人が出来るのをファンが望まないからこの業界は恋愛を禁忌としたのだ。
……しかし。
「ミライと天鬼りあが色々怪しいって、ネットで盛り上がってるだろう?」
「は?」
「天鬼りあがライブ会場でミライを身を呈して守った姿は沢山の人が見てる。それに自撮りのツーショット投稿したり……『FOOLS』側の売名行為と見るファンも一定居るみたいだけど…大半のファンはこの二人の匂わせをコンテンツとして楽しんでいる」
「……ミライの恋がファンの暇潰しに浪費されてるって事か」
相変わらずひねくれた言い方だね。
「それでファンが認めてくれるなら構わないんじゃないかな?仮に二人が恋仲になったとしても…何も問題は無いと僕は考えてる」
「仕事的にはな?」
せっかく連続して曲入れたくせに全然歌わないじゃないか、はぁと。
「『FOOLS』との関係はどうなんのよ」
「それは分かんないけど…はぁとが心配するような事じゃないよ」
「するわ!琴音様との関係が拗れたらどうしてくれるんだ!!」
「……君もミライの事言えないじゃないか」
「そもそも私と琴音様を近づけたのお前だから…勝手にデートのヤクソクナンテシヤガッテ……」
「はいはいどういたしまして」
「……ミライの奴どうすんのかな?あの感じじゃ、自分からってのは難しそうだよ?」
確かに……
「ウジウジしちゃってさぁー」
「推しが目の前に来た時のはぁとみたいだったね」
「はぁ?オレンジジュース鼻から飲むか?」
「ま、はぁとのアドバイス通りしばらくは様子を見るんじゃないかい?」
全国ツアーも始まる。正直今はそっちに集中してもらいたところだが…
「僕らは見守るしかない」
「……いつまでもウジウジしてるミライを見守るのもやだよ。むず痒い。私、くっつきそうでくっつかないラブコメよりもう付き合ってるところからスタートするラブコメのが好きなんだよ」
「じゃあ『はらぺこあおむし』でも読んでな」
「話、聞いてたんか?今、好みのラブコメの、話(怒)」
「ミライがあんな相談をしてきたのはね、はぁと。背中を押してほしかったんだよ。どうしたらいいんだろう?って言ってたけど、自分の中で答えはもう決まってたのさ」
「そう?ミライ、優柔不断なとこあるからな」
「女の子が相談する時ってのはね、自分の意見を支持してほしい時なのさ。モテる女はただ黙って相槌打ってればいいのさ」
「どこで学んだ恋愛ハックだ?それ」
「Y〇uTubeさ」
……しかし実際どうなる事やら。
はぁとの言ったように『FOOLS』との関係が拗れて、陽君と接触しにくくなったら困るな。
まぁ、大丈夫か。陽君の話を聞いてる限りではあの子ら性格は良さそうだし。
「……ミライはさ、天鬼さんは自分の事好きっぽいとか言ってたけど…そこんとこどう思う?」
「恋愛マスターの“けんち”が聞きたいかい?」
「知見だろ。義務教育やり直しとけ」
「脈はあるさ」
「へぇ……」
だって……
「ミライは可愛いからね」
「……レオお前…ミライに対して…人のモンになる前に唾つけとことか、考えてないよな?」
「僕をなんだと思ってるんだい!?」
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「明日、出ていくからね」
「え?」
同じベッドに寝転がるミライちゃんからそんな一言が唐突に飛び出してきたのは、二人で『マリアナ海溝にアトランティス作ってみた』ってY〇uTube動画観てる時だった。
ちなみにY〇uTuberさんが水圧でぺちゃんこになって放送事故だった。
「引っ越しまだでしょ?」
「でももうすぐだからその間はホテルにでも泊まるよ。りあちゃん、お世話になりました」
丁寧に頭を下げてくるミライちゃんを見上げてぽかんとする。あんまり急だからさぁ。
「……そんなに急がなくても」
寂しい。そう思った。
でもミライちゃんの意思は固い。
「ありがとう。でももう帝国ホテル予約したから」
「いやお金の使い方」
「やっぱりいつまでも迷惑かけるわけにもいかないからさ」
「……そっか」
ぺしゃんこになったY〇uTuberを空気入れで膨らませてる光景が流れる中、しばらくの沈黙。
私の頭の中には今日までの明石ミライが居る生活の思い出が駆け巡っていた。
「……新しい家に、遊びに行ってもいいかなぁ?」
「もちろんだよ。招待するね。絶対来てね」
「うん」
お父さんと仲良くやっていけるといいな…なんて不安も頭を過ぎったけど、あの日……この家から帰っていくミライちゃんのお父さんの顔を思い出してそれは杞憂だって思い直す。
お父さん、憑き物が落ちたような顔をしてたから。
「……お仕事も、お父さんとも、上手くいくといいね」
ミライちゃんは今、色々大変なはずだ。ミライちゃんの前途を願わずにはいられない。
そんな私にミライちゃんは大丈夫だって顔で優しく笑った。
……かわいい。
ああ、推しとの生活も終わってしまう…
でもどうしてこんなに急に…
迷惑をかけてるってずっと気にしてたんだろうなぁ。それ以上の理由は無いのかもしれないけど。
ミライちゃんの心境を考えてる隣で、ベッドの上で起き上がって大きく伸びをするミライちゃんはどこか気持ちの読めない顔で笑いながら…
「大変だったけど…一段落したし、これから日常に戻るよ」
「……頑張ったよね。ミライちゃん」
「ありがとう、りあちゃんのお陰で頑張れました」
「そんなそんな……でゅふふっ」
「えへへ」
「でゅふふふふふっ」
隣に寝転んでくるミライちゃんがその目に焼き付けるように天井を仰いでる。その横顔に、この家での生活は決して楽しくなかったものじゃなかったんだなって、安心した。
程よく眠気も襲ってくる時間帯。気づいたら動画も終わってて、部屋の中に沈黙が降りてくる。
「……ミライちゃんは頑張った。家族と向き合うのって、とっても勇気のいる事だと思うから」
家族仲のいい私には理解が及ばないところもある。
でも、紗良ちゃんの事を思い出してた。
紗良ちゃんは結局、今の家族からは距離を置いてしまったけど、それを臆病だとは思わない。
ミライちゃんにもそういう可能性はあったんだと思う。お父さんとの関係を修復せず、距離を置いて…そういう形で落ち着く可能性もあったと思う。
ミライちゃんの場合、芸能活動を続ける上でお父さんとの和解は避けて通れなかったという事情はあったけど…
あのお父さん怖そうだったし…やっぱりミライちゃんは頑張ったよ。
「……ミライちゃん」
「ん?」
「ミライちゃんはどうしてそんなに頑張れたの?」
眠気も手伝って私は訊いた。
あんまり踏み込むのもどうなんだろって思ったけど…眠気がその思考を邪魔した。
「……アイドル、続けたいからね」
ミライちゃんも眠たそうだ。
「どうして?」
「どうしてって……」
寝落ちしそうな沈黙の後、少し考えてミライちゃんは慎重に言葉を選んだ。
「私は『TRY AGAIN』のセンターだから」
「……センター」
「センターはね、ユニットを引っ張っていかないといけないからね。あんまり生意気言うと、リーダーのレオちゃんに怒られちゃうかもしれないけど」
トップアイドルってすごいな…
私も今回センターだ。
私にはライブを成功させる責任があるんだ。
……万理華さん。
体調を崩してずっと休んでる仲間の顔を思い浮かべた。
「……ミライちゃんはどうして、アイドルなったの?」




