第124話 ごめんはぁとちゃん。とりあえず…頑張って生きてね?
病院って大変だなぁ……
って、お正月でも関係なく慌ただしい院内を見回しながら思った。医療従事者の皆さんの尽力の元この国の平和は守られてる。
ありがとう、日本の健康を支えてくれて。
で、なんで明石ミライが病院に居るかって言うと、大切な仲間の健康が今、損なわれてるから。
「危険な状態です」
手術室から出てきた先生は開口一番難しい顔で告げた。
「荻窪町子さんは『瞬間性心筋過熱症』です」
「……な、なんですか?それは……」
駆けつけてたマネージャーの巌鉄砕さんとレオちゃんの表情が曇る。
「俗に言う『ハートヒート症』です」
「だから……なんですか?それは」
「瞬間的に心臓に熱が篭もり、なんやかんやあって……爆発します」
絶望的状況だった。
「爆発……したんですか?」
「辛うじて持ち堪えています。ですが、心臓にかかった負荷は深刻です。次また強い刺激が与えられたら……その時は……」
なんてこった……
「原因はなんなんでしょうか?」
レオちゃんが問う。先生からの返答は予想外のものだった。
「一般的に考えられる原因としましては、ファンが推しと対面する等の強い興奮が原因となっています。荻窪さんが倒れる直前、そういう事はありませんでしたか?」
絶句。
ふざけてるのだろうか?
……そして私達は手術室前のベンチに並んで座る『FOOLS』のメンバーを見つめる。
鏑木琴音ちゃんが目玉を高速回転させてた…
「それで……彼女は大丈夫なんでしょうか?」
「ですからまだなんとも言えません…心臓にかかった負荷が深刻ですので……持ち直すかは彼女の体力と気力、そして作者の匙加減でしょう」
巌鉄砕さんの質問に返ってきたのは絶望的な回答。私達は揃って項垂れる他なかった。
はぁとちゃん……
先生が「お大ジニー・ウィーズリー」って言って去っていく。ふざけてるんだろうか?
「……さて」
話は終わった。
巌鉄砕さんは振り返って『FOOLS』の皆さんを睨めつける。
琴音ちゃんの顔からは脂汗が噴き出して大変だった。
「説明を……」
巌鉄砕さんが殺気を帯びた。
琴音ちゃんを庇うように立ち上がったのは赤髪のツインテール(ヅラ)の少女。リーダーの夏祭万理華ちゃんだ。
「琴音が話しかけたら発狂して倒れた…以上です」
「なるほど……」
納得しちゃった……
「この件は不幸な事故であって、こちら側には責任は一切ないと考えてます」
「でも、そちらの鏑木さんのせいでうちの荻窪は発狂したんですよね?失礼ですが……どういった会話を?」
万理華ちゃんが琴音ちゃんを見る。
視線の中心に居る琴音ちゃんがオロオロしながら、鞄から何かを出した。
ウマヅラハギのマスクだった。
ふざけてるんだろうか?
「いや……あの……ただありがとうと……」
「なんですかそのマスクは?」
「気にしないでください。緊張を解す為のルーティンみたいなものです」
一陽ちゃんが解説するルーティンとやらの絵面は奇々怪々極まるものだったけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。
所属タレントが重体なんだ。巌鉄砕さんの表情は険しい。
「ありがとうとは?」
「ありがとうは……ありがとう」
「蟻が十匹で蟻が十……なんつって。ぷふっ」
眼帯の上からの丸メガネ、そして黒とピンクのツートンカラーのロングヘア(ヅラ)が嫌でも目を引くメンバーのムードメーカー、黒沢沙良ちゃんのボソッと呟いた駄洒落のせいで、室内なのに外を下回る冷気が私達を包む。
地獄のような時間になった。
やっぱりふざけてるのだろうか?
仲間のはずの『FOOLS』のメンバーから氷点下の視線で刺し貫かれた沙良ちゃんは「ごめんなちゃい」の一言だけ残してどこかへ立ち去っちゃった。
「……うちの荻窪が鏑木さんの熱烈なストーカーである事はご存知でしたか?」
凍りついた時間を動かしたのは巌鉄砕さん。
「……ストーカー…………」
ウマヅラハギのせいで表情は分からないけど、琴音ちゃんは困惑した声を出した。それ、あなた方が認めるんですか?みたいな…
「推しからそんな言葉をかけられたらファンなら心臓が爆発する…あなたもアイドルなら理解が及ぶはずです」
「いや及ばないですね」
「これは鏑木さんの過失だと言っても過言では無いのでは?」
「過言ありますね」
「どうしてくれるんですか?」
ヒートアップしていく巌鉄砕さんと冷静なツッコミを返しながらも縮こまる琴音ちゃんの間に割って入ったのはレオちゃんだった。
「まぁまぁマネさん…そもそもふざけてるのはこんな事でぶっ倒れたはぁとの方だから」
「そうよ。なによ推しに話しかけられた興奮で心臓が爆発するって。おたくのアイドルは心臓にニトログリセリンでも入ってんの?」
……これが『FOOLS』リーダー、夏祭万理華のツッコミか…
「どうだろう?この際はぁとの事は諦めて新しいメンバーを探すっていうのは」
レオちゃん!?
「…………そうですね。確かに…」
確かに!?
「荻窪さんがSNSで繰り返してた『FOOLS』さんへの度重なる迷惑な絡み方は……訴えられれば敗訴確実…当人を亡き者にしてしまった方がいいのかもしれませんね」
「当人が死んでもやった事はなくなりませんよ?」
こちらが弱気になったのを感じ取った万理華ちゃんが急に強く出始めた…
混沌とする場の中で…私は何気なく視線をある一点へ。
その先で……天鬼りあちゃんもまた私を見てた。
透き通った宝石みたいな瞳の輝きにドキっとする。
目が合って、お互いに目を逸らして…
なんだか恥ずかしいやり取りを何度か繰り返す。りあちゃんが困ったような顔で小さく微笑んだ。
……ああ、はぁとちゃん。君の心臓が爆発する理由も分かる気が…………
「……ガルルル」
「っ!?」
……なんか気づいたら万理華ちゃんが真横で唸ってるんだけど。瞼消えた?ってくらい目をかっ開いて、鼻息当たる距離で肉食獣ばりの唸り声をあげてる。
……怒ってる。え?なんで?怒るのははぁとちゃん殺られたこっちではなくて?
いやまだ殺られてはないか……
「あ…あの……」
「グルルルルルル……」
「……(汗)」
「グルル…(カチカチ)ウゥゥゥ……」
「………………ゴメンナサイ(震)」
*********************
逃げちゃった。
逃げちゃった先の、ロビーのベンチ。
はぁとちゃんどうなっちゃうんだろ…って思いながらぼんやり天井を眺めてたら、横に柑橘系の香りがふわって……
そっち向いたらりあちゃんが隣に座ってた。
「ぶふぉっ!?」
アイドルとして許されない音が口から…
「こんにちは」
今仲間が生死を彷徨ってる人に向けるとは思えない人懐っこい笑顔が私を見ている…
近くで聞いたら……すごいいい声してるこの子。
そして今仲間が生死を彷徨ってるのに目の前の美少女に鼻の下が伸びかけてる私…
ごめんはぁとちゃん。とりあえず…頑張って生きてね?
なんて鼻の下伸ばしてる場合じゃなかった。
ついさっきの事を思い出して、顔が一気に熱くなっていく…恥ずかしくて、目の前の推しをとても正視できない。
俯く私にしばらく視線が注がれた後、鼓膜を溶かすみたいなトロトロの声が降ってきた。
「ファンなんですか?」
頭を上げると、目を細めて微笑んでるりあちゃんの顔がある。
とても近い。匂いを感じられるくらい……
繰り返すが仲間が生死の狭間を彷徨ってる時に起きていいイベントじゃなかった。
「…………あ…えと……はい」
「嬉しいですぅ」
りあちゃんは子猫みたいにふわふわな女の子だ。笑った顔に嘘がない。本当に嬉しいから嬉しいですって言ってくれてる。嬉しいと思ってくれている。
その事実を受け止めるには、私の大胸筋は小さすぎますぅ…
「ライブも観に来てくれたんですよね?」
「あっ…はい。最高でした……」
「……先輩だからタメ口でいいですよ?」
「いやいや……そんな……///」
「……私も『TRY AGAIN』のライブ、行ったことあります」
「武道館の……」
りあちゃんの目が少し大きく開いた。表情が分かりやすい子だ。
「握手会来てくれましたよね?」
「覚えてるんですか?」
「…………あの時から…『FOOLS』の事は知ってましたから…」
……なんだか、不思議だ。
熱がある時みたい。ふわふわと、体が浮かんでるみたいだ。頭が回るより先に口から言葉が出てて、今自分が何を喋ってるのかよく分からないまま、喋ってる。
これが推しか……
「いつも『FOOLS』の宣伝してくれてありがとうございます」
「いや……まぁ……あっ!今度、新宿のハイブハウスで……っ」
「ああ、そう。またやるんです小さいライブ。ライブハウスの人が万理華さ……うちのリーダーの知り合いでまたステージ出ませんかって」
「行きます」
一気に距離を詰めて食い気味に言っちゃった。距離を詰めて、その近さにびっくりして、慌てて離れた。
鼻息当たったかも!やばいっ!!
「嬉しいです」
りあちゃんはまたふわって笑った。
かわいい……
「『TRY AGAIN』も、全国ツアーとかあるんですよね?また行きますね……あっ…でも荻窪はぁとちゃんが……」
ここではぁとちゃんが存在感を出してきたな。
「『TRY AGAIN』はお仕事大丈夫そうですか?」
「えっと……直近だとテレビの出演とか…カップ麺出したりとか……あと、3月にムジテレビのアイドルイベントが……」
「え?」
りあちゃんがなにかに反応した。また目を大きくしてこっちを見つめてる。なんか鼻をクンクンさせながら近づいてくる子猫を想像した。
かわいい……
「それってもしや……『新春!アイドル春祭』ですか……?」
「それですそれです。毎年ナンチャラホールでやってる……」
「それ……『FOOLS』も出るんです…」
え?
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…はぁとちゃん。
集中治療室とかいう部屋ではぁとちゃんが寝かされてる。案内してくれた看護師さんの表情は深刻だ。
ちなみにレオちゃんは帰った。
巌鉄砕さんは「荻窪さんの代わり探してきます」って言って出ていった。マネージャーさんは大変だ。
「きっとよくなりますよ」
看護師さんが言ってくれる。
私ははぁとちゃんを見る。
「うぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
……絶望的に感じた。
「荻窪さんのご家族は…?」
「いません」
看護師さんは私の一言に色々想像したのかすみませんって謝って退室しようとする。看護師さんの背中に声をかける。
「あの…話しかけていいですか?」
「ええ。元気づけてあげてください」
…推しに話しかけられて何なら元気すぎるが故の入院な気がするけど…
ふざけてるとしか思えない理由で死にかけてる仲間の元へ…
「おふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ」
……やっぱりふざけてるとしか思えない。
「はぁとちゃん」
「おふ?」
はぁとちゃんの耳元に口を寄せて……
「3月のライブ『FOOLS』と出れるよ」
「まじぃ!?」
飛び起きたはぁとちゃんの体からよく分かんない点滴が弾け飛んで心電図が元気よく大きく脈打った。
看護師さんが慌てて戻ってくる。
「何事ですっ!?」
看護師さんの前で…
「いやっㇹおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
……健康体な現代人よりさらに元気そうなはぁとちゃんがベッドの上で狂喜乱舞してた。
「治りました」




