123.そして、月日は流れ────
「わぁっ、かわいい~♡」
赤子特有の乳の匂いと高い体温を、直に感じ。
思わず、自分の子供が欲しくなってくるとか。
……そんな相手なんか、未だひとりも居ないんだけれどさぁ。
「そういえば、双子……なんだね?」
「ええ。男女の双子とはかなり珍しい、らしいですよ? 道理でずっとお腹が重かった訳です……」
縦にも横にも巨躯きかった彼女の身体は。
少し会わない間に、記憶からは二回りも縮んでいて。
これが初対面の時に、強く脳内に焼き付けられた”印象”の産物だったのか。
将又、本当に縮んでしまったのか……そこまでは、正直判らないのだけれど。
ただ。
見た目通りに、彼女は。
”母親”なんだなぁ……って。
そんな”母親”まっしぐらな彼女曰く。
「”現役”を退いてから、早2年……ですので。知らぬ間にこうにも為りましょう」
とのこと。
最近は、お腹の周りに残った贅肉が少しだけ……いや、かなり気になっているらしい。
……とは。彼女の”旦那さま”が、こっそりとわたしに教えてくれた情報だったりする、訳なのだけれど。
このことがバレたら、彼共々、わたしの生命も危ういかなぁ……?
冒険者としても。
こと人生の全てにおいても。
”母親”である彼女と、その”旦那”でもある彼は、わたしにとって大先輩であり、師であるのだ。
「でもさ、クリス。ホント長かったね? わたしの予想では、もう少し早くにこうなっていた筈、なのに」
「……っ。それは、彼奴があまりにもヘタレでしたので」
────何時まで経っても、彼が”ワタシの欲しい言葉”を、くれなかったから。
だから、彼女の方から【徒党】の解消を口にしたのだという。
その時の彼の心情は、如何に。
まぁ、態々<禁呪>に手を出してまで、自身の肉体改造を願い出たくらい……なのだから。
相当ショック、だったんだろうねぇ、キングってばさぁ。
今でこそ<四人の王>の異名を持つ程の、冒険者としての最高位たる金剛級を持つ【最凶の助っ人】。
”生ける伝説”となった<歌手>兼<剣舞踏士>の彼、だけれど。
『<継承者>殿。とうとう俺、彼女に愛想尽かされ、捨てられちまいました……』
なんて。
あの時のキングの泣きっ面ったら。ホント、もうね……
今でも思い出しては、吹き出しそうになってしまう。
”相棒に、捨てられた”。
と、絶望に染まりきっていた当時のキングの口癖は。
『……生き残りたい。生き残りたい』
だったから。
思わず<歌祖>時代に”発見”した<禁呪>を、彼に施してしまった。
お陰で、同時に4つの【呪歌】を操れる様になった彼は、文字通り最凶となった訳だけれど。
「てゆかさ。それこそキングの技量があれば、デルラント王国から”独立”したクレマンス公国に行けば、幾らでも士官先はあっただろうに、ねぇ?」
「ええ、まぁ。実際、アウグスト様から何度か”ラブコール”を戴いていたみたいでございますが」
『俺、身体が動く限りは、生涯現役でいたい。と思います』
なんて。
キングは云ってたな。
正直、肉体の全盛期なんて、とうに過ぎただろうに。
未だ剣のみの戦いでは、わたしは全然師のキングに勝てる気がしない。
【呪舞】を使って、ようやくギリギリ勝負ができる。その程度。
「あの国には、かなり怨まれているだろうから、戦力はいくらでも欲しい。ってのが本音だろうしねぇ」
「そうですね。こどもも育ってきたことですし。できればあのひとには、危険なことはそろそろ」
おんな以前に、母親の顔になってる。クリスってば。
「てゆかさ。大概クリスも”乙女”だよねぇ? そんなにキングが欲しかったら、強引に押し倒して裸にひん剥いてから、自分から跨がっちゃえば良かったのに」
当時の彼女を知る者は。
皆一様に同じ言葉を吐く筈だと、個人的に思うの。
だってさ。
『蛮族』
彼女のことを一言で表すなら、これ以上の形容詞が見つからないくらいなんだもん。
「……そんなこと、恥ずかしくてできる訳も……それに、もし実行したとして。彼は、”返し技の達人”でしたから。実行しても、確実にワタシの方が締め堕とされていたと思いますし」
────締め堕とされなかったら、絶対跨がってたって云ってる様なモンじゃん、それっ!?
これは、云わぬが華。って奴、かなぁ?
「……しかし、ご主人さま? 少しお会いせぬ間に、随分と品の無いお言葉を……」
「そりゃあ、ねぇ? ”冒険者”として生きていたら、嫌でもこうなるに決まってるでしょ」
冒険者登録を済ませ、最初に組んだ【徒党】で。
早々に、仲間である筈の奴らどもの手で、強姦未遂なんて目に遭ったのだ。
そんな奴らが当たり前に棲む世界で生きててさ、どうやって”お上品”のままでいられるんだよってお話。
本当に。
とことん人を見る眼が育たないよなぁ、わたしって。
「……ですから、ワタシたち【クリスタル・キング】の面子になって戴ければ、と何度も申して……」
「嫌だよ。”親離れ”できないまま、大きくなりたくなかったンだもん」
そりゃ、ふたりには”冒険者のいろは”を、身体の芯まで徹底的に叩き込まれてきたのだけれど。
そんな”師”たちと、ずっと行動を共にしていたら。
これっぽっちも成長なんて望めやしないのだから、”この選択は間違いでなかった”。
そう今でも胸を張って言える。
……でも、まぁ。
わたしは何度、”貞操の危機”とやらを迎える羽目になったのかなぁって。
お陰で”俺魔法”の中でも、<次元結界>が知らぬ間に一番の得意魔術になってしまっていたと云う悲しき事実が。
「……男装してもそっちの趣味の奴に狙われたりとか。本当に、本っ当に。もうっ、もうっ!」
「ああ、お労しや……」
心と、口から漏れる言葉は徐々にヒートアップしていても。
この腕の中には、まだ首が据わったばかりの赤子が居るのだ。
絶対に、驚かせたりはしない。
「……てゆか、この子たち。すごく大人しいよね?」
「不思議です。どちらも、あのひとが抱くと、直ぐに泣いてしまうのですけれど。ご主人さまがいらしてからそう云えば……」
わたしの頬に小さく暖かい掌を当て、じっと見つめてくる赤ちゃんと眼が合う。
ふとクリスが抱くもう一人の赤ちゃんに眼を向けてみると、その子もわたしの顔をじっと見つめているのだ。
────あ。
この子達、絶対に”パパ”と、”マーマ”だ。
そうか。
ふたりとも。
生まれ変わっても、一緒になることを選んだんだ。
”恋人”としてではなく、互いの”片翼”として。
これから、ふたりは。
ずっと一緒に、生きていくんだね。
────なんだか、羨ましいな。
フィリップさまも、何処か遠くの地で、生まれ変わっておられるのでしょうか?
もうすでに、わたしも良い歳だ。
生まれ変わっただろう貴方とは、きっと交わる機会は無いけれど。
これからも、ずっと。
ずっと幸せに生きて欲しいな。
勿論。パパも、マーマもね?
「あ。そういえば、この子たちのお名前、わたし聞いてなかったよ。ね? なんて云うの?」
「ああ、そうでした。この子たちの名前は────」
【了】
此処でヴィクトーリアのお話を締めさせて戴きたく思います。
一度は新章を考えもしましたが、やっぱり蛇足にしかならない気がしたので。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。
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