121.我が名は
「これはこれは正妃殿下。ご機嫌麗しゅうございまする」
「……世辞は無用にございます、ヴィクトーリア子爵令嬢」
────へぇ。
流石は国政の全てを握っていらっしゃる宰相閣下の実の孫、だけはある……みたいだね。
この様な異常事態であると云うのに、少しも冷静さを失っていないのだから本当に凄いなぁ。
「人違いにございます。わたくしは一介の狼藉者に過ぎませぬ……いえ、この表現は正しくありませんでした。そうですね、この国に仇成す、”罪咎を持ちし者”、とでも申しましょうか」
そう。
わたしは『復讐』。ただ、それだけの為だけに。
多くのやんごとなき方々を、この手にかけてきたのだから、この表現こそが、わたしの正しい姿なのだと想うの。
ちょっとだけ、パパ曰く”厨二病”が入っているのだろう事実は、否定できないが。
「まさか、貴女……?」
「はい、わたくしの持つ”罪咎”とは、高貴なる方々の多くを……弑し奉った。その事実にございます」
じぃじやばぁば。
ジュードをはじめ、わたし達を護るためにその生命を散らした領兵達に。
……そして、わたしの事を”我が愛”とまで云ってくださった、フィリップさまを。
殺した奴らと、それを画策した奴らを、わたしが殺してやった。
ただ、それだけ。
でも、その事実を王家に伝えるのを、すっかり忘れていたな、と。
こうしてわたし自らの足で”ご報告”に上がったのが、ことの次第。
パパの”前世”時代の。
……あれ?
それだと何かおかしくなっちゃうな??
まぁ、いいや。この際、一々そんな細かいこと気にしても仕方ないし。
……その時代に磨いてきた数々の技能を、そのまま拝借したりして。
さらには”俺魔法”の<光学迷彩>まで使用すれば。
こうして、誰にも咎められる事もなく。
正妃殿下の寝室にまで、単身潜り込むことすら可能だと判っちゃった訳で。
────その気にさえなったら暗殺者として、充分にご飯を食べていけるだろうなぁ、わたし。
……やんないけど。
「……そう。態々こうして妾の寝室に単身乗り込み、その様なつまらない告白をなさって、自称”狼藉者”たる貴女様は一体何を為さりたいと仰るのかしら?」
「簡単なお話にございますわ、正妃殿下。貴女方にとって”目の上のたんこぶ”、と申しましょうか? 恐い方々が悉くお亡くなりあそばしたのですもの。そろそろ、王家としてしゃんとなさって戴きたく、こうして老婆心ながら苦言を呈しに参上仕った次第。にございまする」
本当に。
我ながら白々しいったらないよね。
事態を引っかき回すだけ引っかき回しておきながら。
その収拾を全部丸投げした挙げ句に。
恩着せがましく開き直ってみせるとか。
冷静に考えたら、わたしって居直り強盗と何ら変わらないことしかしていないっていう。
うん。そりゃ、パパだって泣くよね。
『散々国政に口を出し、足を引っ張るだけの目障りな奴らは此方で排除してやったのだ。そろそろ王権を振りかざしてでも、綱紀粛正くらいしてみろや。おおん?』
────先程の台詞を”直訳”すると、まぁざっとこんな感じ。
今更だけれど、貴族語って本当に酷いね。
こんな世界で生きていかなくて良くなって、本当に清々するよ。
「……あら。そんなことを仰って本当によろしくて? 妾は、この国の貴族を束ねる立場に在りますの。正直な貴女様であろうとも、罪を告白なさった以上は罰せねば為りませぬ」
「できると仰られるのでしたら、どうぞご自由に。ただし、当然ながら、わたくしめも必死に抵抗致しまする」
ここで必死に抵抗するだけ抵抗して、そのまま死んでやるのも良いかな?
なんて。
一瞬だけ思ってしまったのは、内緒。
それじゃ、パパの前世(?)と同じになってしまう。
『お前の思う儘に、これからを全力で生きなさい────』
そう。”自分の思うが儘に、全力で今を生きる。
パパの言葉が、わたしの現在を決めた。
だから、こんなところでヤケになっても何の意味も無い。
「宮中護衛士を解体したとは云え、此の国でも一番厳重な此処に、単身乗り込んでいらした貴女様は、きっとそれに相応しき技量と自信がおありなのでしょう。まず無理でありましょう、ね」
わたしがその気にさえなれば、多分一晩で此の国を滅ぼすことだって充分できると思う。
……やらないけど。
「で、先程正妃殿下がわたくしと勘違いなさったとあるご令嬢から、色々とお預かりしておりますの。『お約束させて戴いておりましたお義母さまと、正妃さまとの”お茶会”に参加できなくなり、まこと心苦しく思います』とのご伝言と。そして、その”お詫び”として特別なプリンを」
子爵領で試験的に建造してみた温室で育てた南国フルーツたっぷりの”プリン・ア・ラ・モード”を【アイテムボックス】から取り出す。
……あとでわたしも【音の精霊】たちと一緒に食べようと、これを複数用意してるのは、実は内緒ね?
多分、パパがこんなことばかりやらかしていたから、我がリート子爵領は狙われちゃったんだろうなぁ、とは思う。
それを今更追求したとして、何の意味も無いのだろうけれど。
……それに。
わたしたちを放って、パパの好きにやらせてくれていたら。
此の国は、こと文化面においては南の西風王国を追い抜き、国力の面では、東のゴールマン帝国に追い付いていた可能性だって、もしかしたらあったのかも知れないのに。
────その輝かしき”未来予想図”への扉は、とうの昔に閉ざされてしまった。
パパとマーマと、フィリップさまの生命を引き替えに。
村のクソガキどもに切られて以降、ずっと伸ばしてきた自慢の銀髪を捨て。
それと同時に”子爵令嬢の身分”と”ヴィクトーリアの名”も、わたしは捨てた。
正妃殿下は、その”証人”となって貰うつもりで、わたしは危険を承知で、此処に”参上”したのだ。
これからのわたしは、一介の”流民”と為ろう。
”リート”の名と土地に。
そこに住まう民たちは、アウグストお爺さんが全て継承してくれた。
残した楽団の皆は、自分たちの持つ”独自の音楽”を、新たに造り出していける様にと、常にパパが教育してきたのだし。
独自の音楽を造り出せる様になってくれれば、楽器を造る職人の皆だって、当然”新たな音”を追求していってくれる、はず。
────そこに、わたしが居なければならぬ必要は、何処にも無い。
だから、わたしはこれからを、自由に生きていくことにするよ。
まずは、その意思表明を。
「正妃殿下。此処らで、わたくしはお暇させて戴きたく存じまする。もう二度とお会いする機会も無いでしょうが、名乗らぬまま此処を去るのは、あまりに不敬。我が名は、”ヴィクトリア”。ヴィクトリア=ソングと申しまする」
これで、この国に残していただろう”義務”も、”義理”も。全て果たしたのだから。
でも。
一度、皆の顔を見に、領都へ帰ろう。
懐かしき、我が家に……
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