120.わたし不在の、他の者たちの物語2
Side:アウグスト=”炎”=リート
────何故、我に”神託”を降ろされなかったのですかな? 我が神よ、
『彼の娘は、我の使徒ではない。簡単な話よ』
そも、彼の娘の元へ行け────
そう、神託を降ろされたのは、貴方様ではござらぬか?
<炎と鉄の神>よ。
それを、”我の使徒ではない”とは。些か不誠実では……
『神とて全知全能の存在ではない。<創世神(全能神)>とて、全ての因果、法則を見通せる訳ではないのだ。ただの鍛冶屋如きに何ができると云うか』
神の気紛れに翻弄されるは、神の”使徒”であれば覚悟の上。
ですが、使徒ではない彼の娘は、誰に怒りの矛先を向ければ────
『それよ。彼の娘は<運命の神>に矛先を向けたが故の、現状なのだ』
……つまりは?
『今頃天に向け、必死に唾を吐いておること。だろうて』
なんと不憫な。
どうにも為らぬその時は、我ら”大地の人”であれば、気が済むまで酒を呑み管を巻けば良いだけ……の話でございましょうが。
『酒も呑めぬ人間種の童女では、のぅ……』
だからこそ彼の娘は、自らの手を汚す方向へと。
『我も、遂に覚悟を決める時やも知れぬ。そこな我が神像崩れし時、我の名を語り継ぐこと罷り成らぬ』
なんと。
消滅されるお覚悟を?
『それほどに、彼の娘の権能と怒りは深い。つまりは、そういうことよ。我一柱の存在だけで済むならそれで良い。”大地の人”の繁栄の道が、それで残るのであれば、な』
良くも悪くも、今までの我らは、彼の娘の力にあまりに依存し過ぎておりましたでな。
我々は甘えていた……これは、その”罰”でありましょうか?
『こんなものを”罰”と云うのであれば、それこそが甘えそのものであろ、アウグストよ?』
────これは手厳しい。
確かに。
率先して脳死しておっては、甘えの誹りを受けて致し方なし、ですな。
……然り。
では。我が神よ、ご照覧あれ。
我が”領地”。人間種と大地の人とが合力し、これからの戦乱の世を乗り切ってみせましょうぞ。
◇◆◇
「大凡で良い。敵国兵の数、判るか?」
「……ざっと三千ってところだ、兄さんっ! こりゃ、ちぃとだけヤベぇぞ」
拡大路線一直線でやってきたが故、一枚の城壁も築かずやって来たツケを支払う時が、今頃やってきたのだ。
────そう想えば、多少の諦めも付こうものだが。
こればかりは、”先代”を責めることなぞ出来ぬわい。
なんせ、酒の材料欲しさに無理に開拓を推し進めてきたのは、わしら”大地の人”どもなのだから。
「どうやら彼方さんの陣容は、敵国の兵だけでは無さそうですぞ。子爵殿?」
「ほう? ”酒聖”さまはそう観なさったか」
「遠目になりまするが。ほれ、あの一際目立つ騎士の胸の鷹の絵を。あれは我が国のとある伯爵家の紋にございます。敵国と手を組み、他領に攻め込んできた。これは明確な”反逆罪”でしょう」
野伏の心得の無いわしには良く解らぬが、優れた弓兵の眼であれば。
騎士の胸の紋まで、式別できるのだな。
「とうとう偽装する手間すら掛けぬ様になりおった。開き直った者とは、ここまで恥を知らぬ存在であるのか」
「まぁ、クリスよ。そう云ってやるな。彼方さんは、我らを鏖殺しするおつもりの様だから最初から為なかった……つまりは、そういうことさ」
「けっ! ”死人に口無し”ってぇ奴かいっ?! なんとも巫山戯た連中だねぇっ!」
「全くだぜ姐さん。逆に奴らを鏖殺しにしてやっても、良いんじゃねぇのかい?」
数の上では、此方が圧倒的に不利。
向こうの戦力の大半が騎馬に対し、此方は歩兵が主。
だが。
装備の面だけで云えば、此方は聖銀を最低限とした、希少金属製の高品質の武具で固めているが、彼方は粗末な青銅武具が大半。
装備の格差とは、一度の衝突での損耗率に、明確な差となって現れて来る。
「────この戦。我らの勝ち、だな」
「ええ、子爵殿の仰る通り。それは、ほぼ間違い無いかと」
「それでは、我ら【クリスタル・キング】の手で、勝利を揺るぎないものにしてみせましょう」
この時を想定していたのか、お嬢ちゃんが残してくれたふたりの”冒険者”は、はっきり言えば異常な”特級戦力”だ。
認めてしまうのが少しだけ悔しいが、此奴らにこそ”一騎当千”の言葉が相応しい。
「アンタたちだけに美味しいとこ持って行かれたかぁないねぇ。せめて”首”くらいはあたいに残しといておくれよ?」
ウチのかみさん相手に遊ぶ奴が、この世に居やがる、たぁ。
「それはどだい無理な相談、と云う奴ですな。”首手柄”を挙げてこその戦働き。にございますので」
「早い者勝ちですよ、”子爵夫人”?」
「ちっ、ホント体格に似合わず一々嫌味なこと云う奴だねぇ、アンタはっ!」
<走竜の焦燥>
【呪歌】とは、本当に恐ろしい技術だ。
体格のせいか、こと敏捷性に欠く我らの弱点を補ってあまりある。
敵に対し、常に先手を取れるのであれば、装備の格差だけでなく様々な明確な”差”が、致命的に拡がっていく。
────まるで火に炙られた牛酪の如く。
我らとぶつかり、みるみる溶けていく敵兵ども。
頼みの数だけでは、我らの装備と技量を上回れなかった様だ。
此方は、特に奇をてらった策も無く。
ただ、正面からぶつかってやっただけなのに。
「こんな乱戦で、後生大事に弓を抱えてンじゃないよっ! ほらっ、そんなだから腕を亡くすのさっ!」
「酒が欲しくば、ちゃんと金を出しやがれっ! まっ、テメーらなんかにゃ売ってやらねぇけど、なっ!!」
ウチのかみさんが大暴れするその横で、義弟がその隙を埋める様に付き従い……
「敵兵を殺すことを考える必要は無い。常に馬を狙え。落馬させれば、後は勝手に死ぬ」
「正面から当たらずとも良い。元々、我らは”騎士”ではないのだから。精々正々堂々と死角から攻撃して差し上げろっ!」
ふたりの”特級戦力”が通った跡には、敵兵とその愛馬どもの屍だけが並ぶ。
「雑魚には眼をくれるな。将を狙えっ!」
軍の傷口が拡がってくれば、雑兵どもは必ず浮き足立つ。
弱くとも、騎兵は決して無視できぬが。
戦意を失った、もしくは失いかけた下級兵どもは、相手するのもバカらしい。放置するに限る。
それに、”頭”を失えば。
どんな生物も、そこで”死ぬ”のだ。
”群体”であろうと、その法則に変わりは無い。
「……我が神よ。彼の娘の”帰る場所”。わしらは護りましたぞ」
勝ち鬨を挙げる訳でもなく。
祝杯を挙げる訳でもないが。
此の地を護る”長”として。
ひとり静かに。
……天へと、祈りを捧げた。
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