118.死神達の葬送曲。
「取りあえず、その王族さんに関してだけど、わたしたちからはノータッチの方向で」
「……それが賢明かと」
此方は国境の砦を落とされた挙げ句、領都にまで火を放たれたのだ。
すでに両国間の関係は”小競り合い”の域を超え、戦争状態に突入ったと観るべきなのであり、その課程において彼方の王族が戦死したとて、そのことを批難される云われなぞ当然在りはしない。
……という理屈が罷り通るのは、当事者たちの間だけ。
云ってしまえば、30名にも満たない凡そ軍隊なんて呼称するのも烏滸がましい”リート子爵軍”なんてのは。
いきなり戦場に闖入した”余所者”でしかないのだ。
『……見せしめも兼ねてよ。むしろ、全員処する方向のが良くね?』
──いや、本来であればシドの言う通り、なんだけれど。
気軽にそれをする訳にはいかないのが現実なのだ、デルラント王国としても。
多分、憶測の域を出ない話になるけれど。
主にデルラント王国側の人間が手引きして引き起こされたただろうこの戦において、相手側の王族が横死した、ともなれば。
『きっと、奴らハメられたんだっ!』
────なんて。
そんな言い掛かりが言い掛かりで済まない事態にもなり兼ねない訳で。
一応、”関係者”であるけれど、”当事者”ではないわたしたちが積極的に関わっても、何一つ良いことが無いんだ。
だから、この結論。
『……ちぇー』
なんか、いつも過激な方向へ行こうとするなぁ、シドは。
一度、わたしは【音の精霊】の皆と腹を割ってお話しなきゃダメ、なのかも知れない。
パパとは、その辺の引き継ぎ、全然してないしね。
まぁ、今はその話は一旦置いておく。
現実問題の方を優先しなきゃ。
「彼らの身柄と処遇は、辺境伯家に全て委ねてしまおう」
辺境伯は、戦死ではなく、毒殺だったそうだ。
彼と、残された者たちの無念を想うと、責任逃れとかそれ以前の話で、ウォルテ王国軍の上層部の人間全てを委ねてしまった方が良いと思う。
彼らには、事の真相を知る権利がある。
そう思うから。
「でしたら、俺の方で辺境伯家へ繋ぎを入れるとしましょうか」
「ご主人さま。ワタシの<次元倉庫>へ、騎士の方々のご遺体を移してください。彼らも一緒に連れて行って差し上げるべきかと」
「……うん。お願い、ふたりとも」
────フィリップさま。
せめて、貴方の髪の毛を……
一房だけ、このわたくしめにくださいませ。
此処で本当に、最期の別れ……
フィリップさまが亡くなられた時点で。
”ヴィクトーリア”は、貴族籍から完全に抜けるつもりでいた。
……だから。
そんなわたしが、今更辺境伯家の関係者の誰かとは顔を合わせる訳にいかないのだ。
自分の髪の毛を掴み。
肩の辺りで、バッサリと切る。
光の加減によっては白く透けて見える自身の銀髪が、少しだけ風に舞い流れていく。
「ついでに、これも。”辺境伯夫人”に、と……」
ミカル卿と、リースベットさまがご健在だから大丈夫だとは思いたいけれど。
もし、ヴィクトーリアが死んだのだ、と告げられたのなら。
エレオノールさまは、どう思ってくださるのだろうか?
──なんて酷い人間なのだろう、わたしという奴は。
自身の死を偽ってでも。
責任から、世間の柵みから、逃れてしまおう、などと。
────それでも。
「最後のけじめだけは、付けるつもりだけれど……ね?」
後顧の憂いは、全て断っておかなければ。
◇◆◇
ボロディン侯爵家の当主の名前は……
覚える価値なんか、ひと欠片も無いのだと本当にパパは思っていたみたいだ。
記憶の何処を探してみても、本当に見つかりもしなかったし。
──本来であれば。
マーマを標的としたあの一件以降、ずっと関わることも無かったのだから、それで良い──
はずだった、のだけれど。
なのに彼方から一方的に絡んで来たのだから、もう仕方がない。
役目を与えたクリスとキングがわたしの元を離れた隙に、これ幸いとばかりに。
こんな所までひとり徒歩で来た、訳なのだけれど。
「こんなことをしたら、やっぱりパパ怒るかなぁ……?」
──多分、パパなら。
こういう選択をする、はず。
でも、自分はやる癖に、わたしがこれをやろうとしたら。
「……うん。何かすごく怒られそうな気がしてきた」
……でもね?
わたし、どうしても我慢できなかったんだ。
リート子爵領に生きる皆の敵だし。
エレオノールさまを泣かせた張本人のひとり、だし。
なにより、フィリップさまの仇……なのだから。
ドレミ、ファ、ソラ、シド、エル、アール、セントラル、サックス、マイク。
【音の精霊】のみんな。わたしに、力を貸して頂戴。
誰も彼も。
例外無く。
侯爵邸に住む者全員に。
等しく────平等の、死を。
<死神達の葬送曲>
これが”罪”だと云うのなら、わたしは全て被っても良い。
……でも。
それで”罰”を受けよと云うのなら、わたしは全力で抗ってやる。
わたしの手が汚れてしまったのは。
”汚い人間”が、あまりに多すぎるからだ。
手が汚れることを厭うつもりなんか、わたしに更々無いけれど。
このことを知ったら、パパは、【クリスタル・キング】のふたりは、きっと悲しむんだろうなぁ……
それだけが、心に引っ掛かる。
……でも。
云ってしまえば、その程度。
【因果応報】
パパの世界の、とある古い宗教の”概念”だ。
良いことをすれば何れ良いことが返ってくるし、悪いことをすれば何れ悪いことが返る。
そんな意味、らしい。
──でもさ、何れって何時なの?
悪いことを続けてきた奴が、全然その報いを受けないでのうのうと生きてきたから、こうなったんだよね?
前村長のお爺さんは。
最終的にパパの手で、因果を受けた。
だったら、ボロディン侯爵だって。
貴族派の奴らだって。
その生き方に応じた相応しい”因果”をくれてやる必要が、あると思うんだ。
────だから、わたしが。
<運命の神>なんて、心底糞食らえ。
アイツは、わたしとパパのふたりで殴ってやるんだから。
それこそ、力の限り全力で。めいっぱいに音高く。
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