117.敵を蹴散らした後、ふと気付く。
「そらっ! 私達の戦輪は良く斬れて痛いよぉ?」
「……アールの、悪趣味」
「人を殺す奴は、当然殺される覚悟を持つ人間でなきゃあダメだ。てめぇらにはあるのか?! 覚悟がっ!!」
「わたしたちの”初陣”がコレでは、ねぇ? ああ、なんか性癖歪んじゃいそ♡」
「……”性癖”言うなや。サックス……」
城門を開け、慌てて逃げていく闖入者どもを、【音の精霊】たちが背後から散々っぱらに追い立てて。
「石の槍三連射。狙いは付けなくて良い。撃てば当たる」
更には、大地の人たちによる地術の追い打ちが。
自身の行いによる”因果”が、正に自分たちに跳ね返ってくる”応報”に。
「これぞ”鏡合わせの恐怖”──と、云う奴でしょうな。自身の行いによって産み落とせし忌み子に、内腑を食い破られる恐ろしさ。最期までとくと味わうがよろしかろう」
「彼奴らの脳裏に、”恐怖”を徹底的に刻み込んでやるとしましょう。今後十数年は、こちらに要らぬ干渉なぞできぬ程に」
「……そうだね」
だから。
「決して敵の退路を断ったりしちゃダメだよ。後背からの攻撃。皆、これを徹底して」
極力、敵の数を減らし。
精々、恐怖を刻み込む。
決して、やり過ぎて恐怖から蛮勇を呼び起こしてはならない。
窮鼠となった奴らが、猫の皮を被る此方を積極的に噛みに来ちゃったら。
我ら”ハリボテの猫さん”は、流血だけで済まないどころか、確実にそれが致命傷になってしまうのだ。
絶対に冷静にさせてはならない。
けれど、ヤケになられても困る。
「……本当に、色々と面倒臭いんだね。戦場の指揮ってさ」
「今回のケースが、あまりに特殊過ぎて。”指南役”といたしましては、一々頷くのにも邪魔をするモノが多く難儀しますな」
実は【音の精霊】たちの扱う、”自重の概念”を、天界に置き忘れてきた創世級の武器の数々が、そんな面倒臭さを一掃してくれていたり。
「爆裂っ! ああ。人がゴミのよう……♡」
「”自己増殖”に、”自己進化”って……ふむ。そういうこと、なのか」
「てゆか、もうこれ、投げる必要すらない。勝手に増えて敵を追い掛けてってるよ、エル」
「……ぬう。俺も飛び道具にしておけば良かったか?」
……うん。
皆、楽しそうでなにより。ってことで。
『<炎と鉄の神>の野郎、マジぶん殴りてぇ……』
なんて。
パパが常々言ってた理由、今頃になって良ぉく解った気がする。
こういった非常事態の時は、正直ありがたいのだけれど、どう考えても後に面倒事が倍になって襲い掛かってきそうなんだもん。
「あと、ルーヌ内の何処かに敵兵が隠れているかも判らないから、領兵に洗い出しをお願いしとかないと不味いかな」
領都に侵入してきたウォルテ軍を追い出したからと言って、それで一件落着。
……とは、絶対にならないところが、本当に面倒臭い。
領民のケアに、街の復興。
兵力の再編成に、敵軍の追撃。
まぁ、それを主に行うのは”リート子爵家”ではなく、レーンクヴィスト辺境伯家なのだけれど。
それでも、すぐお隣の領地のことであり、”元”姻戚に当たる家のこと、なのだから。
無視をする訳にもいかない。
──フィリップさまは、この状況、どうお考えになるのでしょうか?
そのことを思うだけで、本当に胸が締め付けられる。
あの人は、本当に辺境伯領に在る全てを愛していらしたから。
殊更明るく振る舞ってはみても。
やはり、心にポッカリと空いた穴というものは。
勝手には塞がってくれない様で。
「”時間が解決してれる。”などとは、本人ですらない我らが軽々しく口にする訳にも参りませぬが」
「……ですが。少なくとも、前を向ける様にはなってくれるものです」
「うん。そうだと良いな……」
未だ血の臭いが立ちこめる戦場の直中で。
鎧を脱ぎ、武器を放り投げながら自国の方へと逃げ帰っていく敵兵たちの背中を、ただ見つめていた。
◇◆◇
『確保した敵軍の上層部だけどよ。その中に、どうやら王族が一人紛れてたっぽい』
──うえぇ、それ本当なのシド?
ああ、なんか嫌だなぁ。
敵国の捕虜なんてのは、一介の子爵令嬢如きに取り扱える”ネタ”ではない、と個人的に思うの。
これ、全部辺境伯夫人に、何とか丸投げできたりしないかなぁ……?
ガタガタになった辺境伯家を立て直す為には。
少なくとも、十数年単位での刻が必要になると思う。
マイクの報告によると、
『次男と、長女は一応健在。だけど、やっぱり当主は亡くなってる』
──とのこと。
ミカル卿が成人の日を迎えるまでに、あと3年の時間が要る。
今後は派閥の長であり、縁戚でもあるクレマンス公爵家がこの家の後見人になるのだろうけれど、当主と嫡子を同時に失ってしまった辺境伯家は、実質滅んだも同然だろう。
……とは、キングこと、王 泰雄の見解。
ここで、ウォルテ王国軍を追撃し、わたしたちの手で徹底的に懲らしめてやったのだとしても。
「国内の貴族どもが、さて。この地を指を咥えて見ているだけで済ますでしょうや?」
──ということ、らしい。
「地理的にも、まずボロディン侯爵家が、要らぬお節介をしてくることでしょうね」
クリスこと、クリスティン=リーの言葉は、わたしたちを取り巻く状況が何一つ明るい方向に向かっていないことを示唆する様で、何とも嫌になってくる。
『そんなことより、まずテメぇの心配をしろや。ヴィクトーリア。多分だけど、次男が健在ってこたぁ、お前の次の婚約者は、確実にそいつだぞ?』
────てゆか、冗談はよしてよ、シド。
わたし、ミカル卿を1回もそんな眼で見たこと無いのに。そんなの無理に決まってるでしょ。
『無理、とか。そういったお話じゃないの。あのご婦人なら、まず間違い無くその提案をしてくるのではないかしら?』
……うーん。
確かにソラの云う通り、リースベットさまなら、そんなことを云って来そうではあるけれど。
辺境伯夫人は、そこまで無神経な方じゃない、とわたしは思うけれどな。
「……国内の貴族の逸る気持ちを抑えるためにも、王家がレーンクヴィストとの婚約話を、何とか成立させようと画策することでしょう。少なくとも、同格の家から候補を選んでくるかと」
【音の精霊】たちより、キングの予想の方が頷ける。
ミカル卿が未だ健在であるという事実は、大変喜ばしいけれど。
結局は政の話に終始するのは、何ともやるせない。
「貴女も決して人事ではありませぬよ、<継承者>殿。直ぐ様この様な不躾な話をせねばならぬ不徳を謝罪いたしますが、次代のリート子爵の座を狙う輩が、蠢いてくる筈。ですので」
じぃじの遺言状によって、”わたしの生命”は狙われなくなったのだけれど、それはあくまでも”今は。”のお話。
”リート子爵令嬢”の婚約者たるフィリップさま亡き今。
「……また一騒動起きる訳、ね?」
「どうやら、その様で……」
そこはさ。
少しくらい否定してくれても良かったんじゃないかな、クリス?
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