116.燃える領都。
レーンクヴィスト辺境伯領都ルーヌ。
この国唯一の城塞都市であり、過去何度も外敵からの侵略を止めし難攻不落を誇る要塞の名でもある。
「……だけれど、その看板を下ろす日が来ていたか」
「どうやらその様で」
傍目からは、何とかぎりぎりで持ち堪えてはいる様に見えるけれど、現場の奮闘虚しく内部から呼応した”裏切り者”の手引きがあったみたい。
高い城塞の内部からは、幾条もの黒煙が立ち上っている。
街中に火を付けて回るとか……ウォルテ王国軍とは、どこまでも野蛮な集団らしい。
「また、わたしたちは間に合わなかった……って、ことかな」
「いえ。そうとも言い切れないかと」
キングこと、王 泰雄は、”素人”のわたしとは、別の違う場所を視ているみたいだ。
「恒久的占拠こそを狙うべき都市に対し、無謀にも火計を仕掛ける……ということは、現場の混乱に乗じねば儘ならぬと云う証拠。つまり敵は、現状攻め倦ねている訳です」
「今なら逆に、敵の首根っこを抑えることも可能かと」
クリスこと、クリスティン=リーの説明は、かなり端折っていて乱暴だなぁとは思ったけれど。
それでも、わたしたち”リート軍”は小兵の集まりでしかないのだから、やれることなんてこう言った”奇襲”くらいしかない訳で。
「そもそも、ワタシたちの<ご主人さま>の方針が”いのちだいじに”ですので……」
「まぁ、他にやり様なぞありませんな」
「……ごめん。どうしても、ね?」
きっと彼らの”主人”たるわたしの立場から考えてみれば。
ふたりの”技量”を信じて、何も云わず送り出してあげるべき、なのだろうけれど。
それが、どうしても……ね?
何せ、今回がわたしの”初陣”であり、初の戦闘経験になるのだから。
今までそういった荒事全般を”パパ”がやってのけていたのだし、そんな経験が無いわたしに見通しが立てられる訳も無い。
『敵軍の首脳部らしき天幕を見つけた。前線から見るとかなり後方……距離が離れていやがンな』
『どうやら敵将はかなりの臆病m……げふん、げふん。チキn……げふん、げふん。慎重な人間みたいだねー☆』
【音の精霊】たちがいれば、素人のおこさまに過ぎぬ”わたし”であっても戦場において色々な働きができる、はずだと思うの。
──この場合、パパならどう思考して、どう動くのかな?
パパがわたしの心情を”エミュレート”した時みたいに、しっかりと考える。
……よし。
ドレミ、ファ、ソラ、シドは天幕の周りを大きく結界で囲って、中の人間を全員確保。そして周囲を煙が沢山上がる様に、派手に焼いちゃって。
街を焼く、なんて。
そんな住民たちに迷惑をかける様な酷い人たちなんか、”すわ。帰る場所が無くなった”と、慌てふためけば良いんだ。
そして、糧食も燃えて無くなってしまえば、もう戦を続ける体力の余裕も無くなるだろうしね。
ここで尻尾を巻いて”逃げ帰る”という真っ当な選択をせず、略奪をしてでも継戦を考える様な野蛮人なら、わたしだってもう容赦なんかしない。
「でしたら我らは、街から撤退するであろうウォルテ軍の尻を、思いっきり蹴り付ける役をやると致しましょうか」
「”蹂躙”こそ、ワタシたちが最も得意とする闘いでございます。ふふふ……」
「……ふたりとも、お手柔らかにお願いするね?」
なんて、言ってはみるけれど。
所詮、戦などと云うモノは。
数の推移に寄ってでしか、最終的な勝敗が決まらないのだと、パパの記憶に在る。
早期の戦争の終結を計るなら。
敵に、より多くの流血を強いてやらねばならない。
その死神役を、30人にも満たないわたしたち”リート子爵軍”の手でやるのだ。
エル、アール、セントラル、サックスは、わたしの生命力を受け取って。
これがわたしたちの”初陣”だかんねっ!
『──ちっ、俺もそっちのが良かったぜぇー!』
『『ねー?』』
はいはい、シドとドレミ、ファは今度ね、今度。
というか。
其方の方こそが、今回の作戦の要、なんだからね?
絶対に間違えちゃ駄目だってば。
◇◆◇
「うわあぁっ! お前ら、後ろを見ろっ! 俺たちの陣地が燃えてっぞ! このままじゃ、俺たち帰る場所が無くなっちまうっ!!」
マイクの権能を使って、ルーヌの街中に、こんなデマを吹聴して回る。
一方的な略奪と蹂躙に目の色を変えていた野蛮人どもは、遠目に上がる黒煙を見、きっと飛び上がったことだろう。
今、まさに自分達こそが、同じことをして回っているのだから。
──”本陣”を失い、帰る場所をも見失った敵国の兵士の末路は、さて。どうなるか?
少なくとも、今時分に自らが原住民にしている行為を振り返れば、想像が付くはず。
「うわあああっ! やべぇ、やべぇよっ!」
「このままじゃ、俺ら絶対に殺される」
「貴様らっ、逃げるなっ! ここを乗り切れば、我が軍はこの街の支配者になれるのだぞっ?!」
「うるせぇっ! 敵の兵士がまだ残っていやがるだろがっ! 俺は抜けるぞっ!!」
デマを吹聴して敵軍の混乱を誘い、それで各々上がってきた敵の兵士たちの生の声を、さらにマイクの権能を使って街中に広く流す。
混乱と云う名の火に、ちょっと油を掛けてやっただけで、こうも派手な炎となって燃え広がってしまうものなのか。
”パパの知識”の上だけで、知ったつもりになっていたけれど。
────恐い。
心底、そう思えた。
「ですが、此処で万全を期すつもりであるのでしたら────」
キングはそう言うや否や、矢を番え未だ混乱を抑え込もうと必死に我為り立てる敵将の頭を、正確に撃ち抜いた。
「敵軍には、少しでも長く乱れていて貰わねばなりませぬ」
「……キングの行いは、貴女さまの眼に非情に映るやも知れませぬが。敵の混乱こそが、味方が生き残るまたと無い好機でもあります。決して逃して良いものではありませぬ」
「うん。解った」
より多くの味方の生命を救おうと云うのなら。
より多くの敵兵の生命を奪わねばならない。
非情に思えるかも知れないけれど。
そもそも、”戦”自体が、そういう異常な場なのだ────
”傭兵”として、より多くの戦場に立ち、互いに背を預け戦い続けてきたふたりの”冒険者”は、そのことを良く弁えていた。
ふたりの教えを、しっかり学んでいかないと。
多分、わたしは。”冒険者”として生き残ることができない。
────そう。
フィリップさまを失った時点で、わたしは。
”子爵令嬢”である未来を、完全に捨て去るつもりでいるのだから。
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