113.また、失った。
いつも誤字報告ありがとうございます。
助かっております。
最後まで辺境伯夫人の周囲を護っていた騎士は、片手の指で足りる程度だった。
その誰もが五体満足ではない、という壮絶な状況で。
中級魔術の直撃にも耐え得る装甲を備えたこの”特別仕様馬車”であっても、至る所に大小様々な傷があり、その激闘の程を思い知らされた。
襲撃者たちは、一応の偽装のつもりだろうか?
明らかに鎧に細工が為されていて、一見ではどこの家の者か分からない。
……とはいえ、家紋を外していても、結局後の偽装は色を塗り替えた程度で、鎧の特徴はそのままなのだから推察はできてしまうのだが。
殺す必要は無いが、正直生かしておく理由も無いな。
皆。手間かも知れないが、この際二度と剣を握れない様に、此奴等の利き腕の腱を断ってしまえ。
『『『『あい、あい』』』』
……怨むなら、こんな馬鹿な命令をしたご主人様を怨むんだな。
「エレオノールさまっ、エレオノールさまっ!」
固く閉ざされた馬車の扉を何度も叩き、中に向け呼び掛ける。
頼むから無事であってくれ。
これ以上、”ヴィクトーリア”の家族を失わせたくない。
こんなの、”じぃじ”と”ばぁば”の一件だけで、もうたくさんなんだ。
「……ヴィー? ヴィー、なの?」
厚い装甲の向こう側から、微かな声が聞こえてくる。
【音楽の才能】のお陰で、ようやく耳に届いた、そんな弱々しい声が。
「ええ、ええ。そのヴィクトーリアでございますわ、エレオノールさま。早く扉を開け、わたくしめにお顔を見せてくださいまし」
──俺さ、助けに来たんだ。
「……ごめんなさい、ヴィー。わたくし、貴女に謝らなくてはいけないの」
「えっ、何を……でしょうか?」
そんなことは良いから、早く扉を開けてくれよ、辺境伯夫人。
ほら。あんたも、怪我してんだろ?
俺から”ミーナ”にお願いしてやるから、早く治そうぜ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ヴィー……」
「どうかなさいましたか、エレオノールさま? もしかして……」
もしかして泣いてんのかよ、辺境伯夫人?
なんで、泣く必要があるんだ。
折角生命が助かったんだ。泣くならうれし泣きにしとけよ、な?
「フィリップが……フィリップが……」
フィリップ卿がどうしたんだよ?
そン中に居るのか?
ああ、彼は剣に自信があるからって、どうせ先頭に立って闘ってたんだろ。
己が技量を過信して、要らぬ怪我でも負っちゃったか。
駄目な奴だなぁ、本当に。
「フィリップさま? そこにいらっしゃるのですか?」
馬車の閂が外れたのだろう、内側から扉がゆっくりと開き……
「今、亡くなったの────」
血まみれの息子の骸を抱いたまま、静かに泣く辺境伯夫人がそこにいた。
◇◆◇
────ヴィクトーリアの”意思”が、欠片も感じられなくなってしまった。
辛うじて、今彼女はこう思っているだろう、ああ考えているだろう。
……その程度の繋がりが残っていたはず、なのに。
今では、何も。
まるで、ヴィクトーリアの意思がずっと”俺”だったみたいな。
何の違和感も覚えない、そんな違和感が。
泣き疲れてしまったのか、辺境伯夫人は今眠りに就いている。
ここは一応クレマンス公爵領の中だとはいえ、王家直轄領との境からさほどの距離も離れてはいない以上、少しの油断も赦されぬ土地だ。
だが、この状況では、碌に動くことも出来ない。
辺境伯配下の騎士たちは、せめて故郷の地に埋めてやりたい。
彼らの骸を、【アイテムボックス】の中に入れる。
その中でも、一際損傷の激しかった騎士の骸が。
────フィリップ卿。
彼は、多くの騎士を道連れに果てたのだと。
彼は、辺境伯を背負って立つに相応しい”真の武人”だったのだと。
彼は、味方の騎士を庇い、矢面に立ち、最前線で鼓舞し続けたのだと。
……バカ野郎が。
”ヴィクトーリア”のことを考えたら、何があっても。
卑怯、卑劣。騎士としてあるまじき、どんな汚い手段を使ってでも。
それこそ、全員を見捨てて、ひとり逃げ出してでも。
────てめぇ。何故、生き残らなかった?
将としても、騎士としても。
そして、男としても。
欠片も立派な人間でなくて良かったんだ。
ただ。
”ヴィクトーリア”の為に、最後まで生きていてくれなくては、ホント困るんだよ。
……今更な話、だがな。
「せめて、綺麗にしてあげなきゃ、ね」
【浄化】を使い、血と泥に汚れた骸を清める。
今思えば。
確かに、彼がヴィクトーリアの初恋の人、だったんだろうなぁ。
女とは、常に”おんな”なのだと。
地球の母は、そんなこと云ってたっけなぁ。
ガキの頃の男は、決して”おとこ”ではない。文字通りのガキだ。
だが、女は違うのだと。
何のことかイマイチ良く解らんかったが、今なら何となく解る。
ヴィクトーリアは、フィリップ卿を本当に恋していたのだ。
彼女は、彼のことを”ひとりの男性”として見ていたんだな、って。
────だからこそ、今回のこれは、余計に堪えた。
表面を綺麗にしたせいで、身体中に空いた傷が余計に痛々しい。
もうこれ以上血が流れる心配の無い傷口を、せめて塞いでやりたいが……<女神の祈り>を女神さまに渡さなきゃ良かった。
【アイテムボックス】に仕舞うには、何故か妙な名残惜しさを感じて。
……俺にそんな感傷は皆無、のはずなのだが。
しかし、先を急ぐ余りに、自重を忘れ。
ヴィルヘルミナに、【音の精霊】たちを見せてしまった。
その上で、”俺”は何も成せなかった。
……少なくとも、辺境伯夫人は助けられただろうって?
てかさ、これで領都ルーヌまでもが陥落していたとしたら、どうなると思う?
フィリップ卿を目の前で失ったのは言うに及ばず。
夫であるローレンス卿に、さらにはミカル卿や、リースベット孃までをも失ったら、彼女の性格から云って自害しかねないのだ。
それを、助けた。
……などとは、口が裂けても云える訳ねぇだろ。
「ハンス。あなた、やっぱりハンス、よね?」
……だから、このタイミングでそれは、本当に勘弁してくれ、ミーナ。
俺の心も、壊れてしまいそうだから、さ。
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