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”運命の神”は、俺の敵。  作者: 青山 文
第三章 お貴族さまになりました
113/124

113.また、失った。

いつも誤字報告ありがとうございます。

助かっております。



 最後まで辺境伯夫人(エレオノールさま)の周囲を護っていた騎士は、片手の指で足りる程度だった。

 その誰もが五体満足ではない、という壮絶な状況で。

 中級魔術の直撃にも耐え得る装甲を備えたこの”特別仕様馬車”であっても、至る所に大小様々な傷があり、その激闘の程を思い知らされた。


 襲撃者たちは、一応の偽装のつもりだろうか?

 明らかに鎧に()()が為されていて、一見ではどこの家の者か分からない。


 ……とはいえ、家紋を外していても、結局後の偽装は色を塗り替えた程度で、鎧の特徴はそのままなのだから推察はできてしまうのだが。


 殺す必要は無いが、正直生かしておく理由も無いな。

 皆。手間かも知れないが、この際二度と剣を握れない様に、此奴等の利き腕の腱を断ってしまえ。


 『『『『あい、あい』』』』


 ……怨むなら、こんな馬鹿な命令をしたご主人様を怨むんだな。


 「エレオノールさまっ、エレオノールさまっ!」


 固く閉ざされた馬車の扉を何度も叩き、中に向け呼び掛ける。

 頼むから無事であってくれ。


 これ以上、”ヴィクトーリア”の家族を失わせたくない。

 こんなの、”じぃじ”(ヘンドリク)”ばぁば”(ユリアナ)の一件だけで、もうたくさんなんだ。


 「……ヴィー? ヴィー、なの?」


 厚い装甲の向こう側から、微かな声が聞こえてくる。

 【音楽の才能(ギフト)】のお陰で、ようやく耳に届いた、そんな弱々しい声が。


 「ええ、ええ。そのヴィクトーリアでございますわ、エレオノールさま。早く扉を開け、わたくしめにお顔を見せてくださいまし」


 ──俺さ、助けに来たんだ。


 「……ごめんなさい、ヴィー。わたくし、貴女に謝らなくてはいけないの」


 「えっ、何を……でしょうか?」


 そんなことは良いから、早く扉を開けてくれよ、辺境伯夫人。

 ほら。あんたも、怪我してんだろ?

 俺から”ミーナ”(ヴィルヘルミナ)にお願いしてやるから、早く治そうぜ。


 「ごめんなさい、ごめんなさい。ヴィー……」


 「どうかなさいましたか、エレオノールさま? もしかして……」


 もしかして泣いてんのかよ、辺境伯夫人?

 なんで、泣く必要があるんだ。

 折角生命(いのち)が助かったんだ。泣くならうれし泣きにしとけよ、な?


 「フィリップが……フィリップが……」


 フィリップ卿がどうしたんだよ?

 そン中に居るのか?

 ああ、彼は剣に自信があるからって、どうせ先頭に立って闘ってたんだろ。


 己が技量を過信して、要らぬ怪我でも負っちゃったか。

 駄目な奴だなぁ、本当に。


 「フィリップさま? そこにいらっしゃるのですか?」


 馬車の閂が外れたのだろう、内側から扉がゆっくりと開き……


 「今、亡くなったの────」


 血まみれの息子の骸を抱いたまま、静かに泣く辺境伯夫人がそこにいた。



 ◇◆◇



 ────ヴィクトーリアの”意思(こころ)”が、欠片も感じられなくなってしまった。


 辛うじて、今彼女はこう思っているだろう、ああ考えているだろう。

 ……その程度の繋がりが残っていたはず、なのに。


 今では、何も。

 まるで、ヴィクトーリアの意思がずっと”俺”だったみたいな。

 何の違和感も覚えない、()()()()()()が。


 泣き疲れてしまったのか、辺境伯夫人は今眠りに就いている。


 ここは一応クレマンス公爵領の中だとはいえ、王家直轄領との境からさほどの距離も離れてはいない以上、少しの油断も赦されぬ土地だ。


 だが、この状況では、碌に動くことも出来ない。

 辺境伯配下の騎士たちは、せめて故郷の地に埋めてやりたい。

 彼らの骸を、【アイテムボックス】の中に入れる。


 その中でも、一際損傷の激しかった騎士の骸が。


 ────フィリップ卿。


 彼は、多くの騎士を道連れに果てたのだと。

 彼は、辺境伯を背負って立つに相応しい”真の武人”だったのだと。

 彼は、味方の騎士を庇い、矢面に立ち、最前線で鼓舞し続けたのだと。


 ……バカ野郎が。


 ”ヴィクトーリア”のことを考えたら、何があっても。

 卑怯、卑劣。騎士としてあるまじき、どんな汚い手段を使ってでも。


 それこそ、全員を見捨てて、ひとり逃げ出してでも。


 ────てめぇ。何故、生き残らなかった?


 将としても、騎士としても。

 そして、男としても。


 欠片も立派な人間でなくて良かったんだ。


 ただ。

 ”ヴィクトーリア(我が娘)”の為に、最後まで生きていてくれなくては、ホント困るんだよ。


 ……今更な話、だがな。


 「せめて、綺麗にしてあげなきゃ、ね」


 【浄化(ギフト)】を使い、血と泥に汚れた骸を清める。


 今思えば。

 確かに、彼がヴィクトーリアの初恋の人、だったんだろうなぁ。


 女とは、常に”おんな”なのだと。

 地球の母は、そんなこと云ってたっけなぁ。


 ガキの頃の男は、決して”おとこ”ではない。文字通りのガキだ。

 だが、女は違うのだと。


 何のことかイマイチ良く解らんかったが、今なら何となく解る。

 ヴィクトーリアは、フィリップ卿を本当に恋していたのだ。

 彼女は、彼のことを”ひとりの男性”として見ていたんだな、って。


 ────だからこそ、今回の()()は、余計に堪えた。


 表面を綺麗にしたせいで、身体中に空いた傷が余計に痛々しい。

 もうこれ以上血が流れる心配の無い傷口を、せめて塞いでやりたいが……<女神の祈り>を女神さま(マギカ=ゲゼッツィー)に渡さなきゃ良かった。


 【アイテムボックス】に仕舞うには、何故か妙な名残惜しさを感じて。

 ……俺にそんな感傷は皆無、のはずなのだが。


 しかし、先を急ぐ余りに、自重を忘れ。

 ヴィルヘルミナに、【音の精霊】たちを見せてしまった。


 その上で、”俺”は何も成せなかった。

 ……少なくとも、辺境伯夫人は助けられただろうって?


 てかさ、これで領都ルーヌまでもが陥落していたとしたら、どうなると思う?

 フィリップ卿を目の前で失ったのは言うに及ばず。

 夫であるローレンス卿に、さらにはミカル卿や、リースベット孃までをも失ったら、彼女の性格から云って自害しかねないのだ。


 それを、助けた。

 ……などとは、口が裂けても云える訳ねぇだろ。


 「ハンス。あなた、やっぱりハンス、よね?」


 ……だから、このタイミングで()()は、本当に勘弁してくれ、ミーナ。


 俺の心も、壊れてしまいそうだから、さ。



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― 新着の感想 ―
 まさに地獄だな。  地獄なら地獄なりの仕儀というものがあろうから、こちら側も鬼か修羅に堕ちる気概が必要かと。  勿論実際にそこまで堕ちるかどうかは今後の行動次第だが、傍から見てるとバッドエンドへと誘…
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