111.正念場の茶会。
正妃殿下には、多少の不敬も覚悟しての直談判も兼ねたお茶会にご招待。
此方としては、次期"リート子爵夫人たるアーダを同席させたくないのが偽らざる本音だが、正妃殿下をご招待するにあたって、どうしても格式と礼儀は必要不可欠だ。
この辺、所詮"令嬢"という公式の場に出てこれぬ弱い立場では如何ともし難い。
「……だから、悪いんだけどさ。なるだけ黙っててくれると助かる」
「はっ! 安心おし。頼まれたってあんなのと会話なんかするかっての」
……こっちから頼んどきながらどうかと思うけど、どこまで”お貴族さま”が嫌いなんだよ、アーダ。
とはいえ。
困ったことに、正妃殿下がお見えになった後に主催者たる”リート子爵夫人”が退席する訳にもいかないから、どうしてもここらがぎりぎりの妥協点って奴なのだ。
そして、今回のお茶会では、当然特別なモンは出さない。
そもそも出すメリットが皆無だしな。
そりゃ美味しいお菓子で、一本釣りするって方法も一瞬考えたけどさ。
これがグルメ漫画とかの"そっち系"のお話なら、そういう展開もアリだろうが。
アニメじゃない、アニメじゃない、現実なのさ。ってなぁ……
まぁ、俺の心の平安のためだけに俺の好物を出すつもりだけど。
折角王宮のシェフの生命を助け、我が領の特産品でもある上白糖を渡し味方に引き込んだんだし。
これくらいの役得は、ねぇ?
俺の【浄化】と、ウチの領の上白糖を活かすお菓子のレシピと云えば、やっぱりプリンだ。
この世界の卵は、わりと高めの確率でサルモネラ菌……てか、ほぼ同じの近縁種に汚染されてるみたいだから、生食は勿論、充分に加熱処理していないとわりと死ねる。
これが恐ろしいことに現代日本だと0.001とか3%とかって超低確率に化けるんだぜ? どう考えても生食にかける情熱が異常過ぎるよ、日本人。
でもTKGってうめぇしなぁ……もうかれこれ累計何百年と口にしてないけど。
で。
こいつでプリンを作る場合。
すが入るくらいの加熱がどうしても必要になるので、鑑定できない人間は【浄化】が必須になるって訳。
でも、どちらも持ってる俺には関係の無い話。チート万歳。
「なんだい、酒は出さないのかい?」
「……お茶会だ。って、わたし言ったよね?」
ホント、何処までもブレねぇな。アーダ。
◇◆◇
正妃殿下をお招きした”リート子爵夫人”主催のお茶会の席で。
最後までアーダを大人しくさせるために。
……と云う名目で、彼女のカップには紅茶入りブランデーをなみなみと注いでやったよ。
(おっほぅ♡ やっぱりお嬢はサイコーだよっ!)
(……ホント頼むから、大人しくしててよ、アーダ)
──さて、ここが正念場だ。
”ヴィクトーリア”を、恐らくは戦によって荒れているだろうレーンクヴィスト辺境伯領に行かせないための足止めを、正妃殿下が主導している……のだとしたら、どうやって説得すれば良いのか?
そもそも、足止めの目的が”悪意”によるものではなく、わたしの身を案じての”善意”によるものなだけに、かなりの困難が予想される訳で。
しかし、領民のことを考えたら、この”善意”に満ちた行為自体が、はっきり言って迷惑だ。
そのことを、正直にぶつけるしかないだろうね。
「その様なこと、まだ幼き貴女さまが案じる必要はございませんわ。万事、戦上手の辺境伯に任せておけばよろしいのです。急ぎお義姉さまが、ルーヌに向かわれたのですから」
「……ボロディン侯爵。それとエングレン侯爵に、ヨンケル伯爵。あと、カンプス子爵……ですか」
レーンクヴィストをハメるため、だけに裏でウォルテ王国と通じていた貴族派の家の名を指折り数えて挙げてみる。
ボロディン侯爵家が、今回の暗躍には特に熱心だったらしい。
──そりゃそうだよね。
自分の直ぐお隣に、リート子爵領なんて美味しい土地が転がってるんだもん。
寄親たるレーンクヴィスト辺境伯さえ居なくなれば、
『すぐお隣の領地の危機を、我が兵力で安堵する』
なんて、大義名分を振りかざして。
全部を美味しく掻っ攫えるのだ。ついついやりたくなるのも、そりゃ頷けるさ。
「そんな大きな家の方々が裏で熱心にお義父さまのおみ足を引っ張って下さっているのですもの。いくら戦上手と名高いあのおひとであっても……わたくし、本当に心配で心配で」
────”わたし”は全部知ってるよ。
そのメッセージを込めて、俺は真っ直ぐ正妃殿下の眼を見つめる。
本来、この行為は不敬の最たるもの。
それこそ、その場で護衛の騎士に首を刎ねられても文句が言えないレベルで。
だが、そんなの知ったことか。
こちらは何千の生命を背負ってこの場に立ってるんだ。
いくら弱体化したとはいえ、ちゃんと情報を掴んでおきながら。
そのことを何も追求できない弱腰の王家の庇護なんか、”わたし”は要らない。
「……っ。そう、ですか」
言外に込めた”俺”の意思をちゃんと読み取れたのか、正妃殿下の端正な顔は苦悩に歪む。
いくらなんでも貴族派の連中は、やり過ぎた。
国内に敵の兵を招き入れ、迎撃の軍の足を引っ張り……剰え、裏で自国の将の首を刈ろう、などと。
何せここから片道15日は掛かる距離だ、ローレンス卿の生死については未だ判らないが、辺境伯夫人の慌てぶりから察するに、恐らくは、もう……
だから、俺はルーヌが陥落したと想定して動くつもりでいる。
猶予は無いのだ。
「わたくしは、大切なひとを守りたいのです。お義母さまも、フィリップさまも……そして、リートの民も、全て」
まだこどもだから。
なんて。
そんなつまんない言葉で、俺は止まるつもり無いよ。
確かにレーンクヴィストの兵力は、デルラント王国随一を誇っているのは事実だ。
だが、それもこれも戦上手で鳴らすローレンス卿の用兵の手腕があってこその話。
彼の後を継がねばならぬ立場のフィリップ卿が、実際何処までやれるのか解らないし、またどれだけの兵力が残っているのかも解らない。
解らないことだらけで未来の見通しが全くできない以上、それこそこどもの手だってあるに越した事はない────はずだ。
「ですので。王都を発つ許可と、大義を。わたくしと、新たなるリート子爵に戴きとうございます」
これで正妃殿下が首を縦に振らないなら、もう知らん。
”リート家”は無くなるだろうが、せめて領民だけでも残れる様に動くさ。
「”プリン”でしたか。貴女さまの席で出るお菓子は、本当にいつも特別で……」
ひとくち、ひとくちを味わい尽くすかの様に、正妃殿下は木匙を口に運び。
「明日の午前に」
────陞爵の儀を行います。
待ち望んでいた言葉が、正妃殿下の口から零れた。
「戦を終わらせて。また、この様な特別な席に、妾をお招きくださいましね? リート子爵令嬢」
「はい、ぜひに。マハテルートさま」
その時は、とびっきり豪華で、美味しいお菓子を出してあげる。
多分、アイスクリームだってイケると思うしね。
辺境伯夫人も一緒にさ、美味しいお菓子を食べながら。
茶飲み話に花を咲かせて。
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