108.爆発っ! フラストレーション
人化した身体に慣れさせるため、そして皆の"戦力"を把握するためにと。
【音の精霊】たちと【クリスタル・キング】とで、厭きることなく模擬戦を繰り返し行っていたら。
「ああもうっ、ホントいい加減にしとくれよっ!」
……とうとう、アーダが切れた。
何処ぞのお貴族さまに雇われてるだろう暗殺者どもが、ウゾウゾと天井裏やら、窓やらにへばりついていやがるし。
護衛役である俺たちが現場を離れる間だけでも、と。
子爵家に割り当てられた部屋を結界ですっぽり覆っているため、アウグスト夫妻はセルフ半軟禁状態になっているという……
護衛役の俺たちは身体を動かしてリフレッシュ(?)してるってのに、自分たちは軟禁状態で身動きが取れないとなれば、そりゃ色々不満とストレスが募るに決まってる。
だからこの反応も頷ける、訳なのだが。
「でも、わたしたちだって遊んでる訳じゃないんだけどなぁ」
「あたしらも混ぜとくれって話さっ! じっとしてるのは、性に合わないんだよ」
まぁ、確かに。
訓練場自体を結界ですっぽり覆ってしまえば良い訳だから、アーダたちだって身体を動かすことも出来ない訳ではない。
しかし……
「正直、感心できませんな。護衛対象が場を動く。敵方に云わせれば、”好機”となりましょう」
キングこと王 泰雄の指摘は正しい。
言い方悪いが、こうやって監禁しているからこそ、”リート子爵夫妻”の安全が保たれている訳、なのだし。
わざわざその有利な状況を、此方から壊す意味が無いのだ。
「ですが、アーダ様のお気持ちもワタシは理解できます。何もしない時間というのは、それだけでフラストレーションが溜まりますし……」
「ほらっ。アンタたちばかり楽しいことしてンじゃないよっ!」
いや、俺たちだって楽しんでる訳じゃないんだけどなぁ。
でもまぁ、どうせ拠点に戻る為に嫌でも結界の外に出なきゃなんないから、結局何れは危険な場面も出て来るんだし、今更だと云えば確かに今更か。
「移動の日程とかも辺境伯夫人と相談しなきゃなんないし、今すぐ出発、って訳にもいかないから、仕方ないかぁ……」
だったら、少しでも発散させてやんないと駄目かも知んない。
【音の精霊】たちなら、多少痛めつけられても受肉を解除しちゃえば元に戻るんだし。
『『それでも、あたしたちだってやっぱり痛いんだよっ?!』』
ドレミ、ファうるさい。
”痛い”と思えるのは、生物として正常な機能なんだから、そこは有り難いと思いなさい。
──ああ、そういえば。
「……アーダとクリスは、どっちが強いんだろ?」
思わずポロっと出てしまった言葉に心底後悔したのは、”ヴィクトーリア”になってから初めてかも知れない。
「勿論あたしに決まってンだろ?」
「ワタシの方でしょう、確実に」
ほぼ同時に両者の間から返答が出、視線がぶつかりバチバチと火花が。
────やっべ。
俺、久々にやらかしたかも。
「あー。<継承者>どの、やってくれましたな……」
「ごめん」
クリスことクリスティン=リーは、立てる相手の半歩下がり後ろを歩く。
そんな蛮族な見た目と反して、中身は大和撫子(?)的な精神の持ち主、なのに。
「こうなってしまった以上、然と白黒付けねば後々にまで悪い影響が出るでしょうな」
「”冒険者”ってさ、ホント面倒臭い生き物なんだね……」
「それは勿論。飯の種ですので」
周囲に舐められたら、そこでおまんまの食い上げとは良く云ったもので。
そう零すキングの顔は、どことなく楽しそうだったり。
てか、こいつも”冒険者”だったわ……反省。
でさ。
「何で奥さんが散々喚いてるってのに、貴方はずっと大人しいのさ、アウグスト?」
「うーむ?……ほほほーぅ!」
────あかん。
世に生まれ出でた時に”自重”という概念を置いてきちまった臭い<炎と鉄の神>のHENTAI作品の数々を、舐める様に検分してやがるわ。
「……ま、ほっとこ」
護衛対象が大人しくしてくれてンなら、それに越した事は無いんだし。
◇◆◇
大人しくしてくれてるとはいえ、アウグストをひとりにしとく訳にもいかず。
念の為にエル、アール、セントラルのスピーカー三兄妹を結界維持と護衛のために置いてきた。
で。
暗殺者どもも此方が動いたからと、色めき立っているのが気配からも丸わかり。
この時点で、奴ら程度が充分伺い知れるという。
『いっそのこと、見せしめも兼ねて何人か殺っちまおうぜ?』
──シド、自重。
この程度の暗殺者って時点で、それも罠に含まれてると考えるべきなのさ。
相手が騎士身分を持っていやがったら、本当に面倒臭いんだぞ?
そんなのと殿中での刃傷沙汰なんて、それこそ格好の口実を与えちまう。
『だからだよ。刃傷沙汰じゃなきゃ良い、ンだろ?』
……ああ、そういうこと。
だったら、存分におやりなさい。
そう云うや否や。
少しの時間差で、どさどさと人の倒れる音が。
──仕事が早いねぇ。
『フラストレーション溜まってンのは、何もそこの大地の人だけじゃねぇからな』
今寝かせた暗殺者を、後に寝かせるらしいので、シドは此処に置いていく。
もう少し、【呪歌】を改良してかなきゃな……微妙に使い勝手が悪いわ。
闘技場に着くまでも、ふたりの間に火花がバチバチと飛んでいた訳だけど。
今じゃまるで空間が歪んでる……様に見えるレベルで凄まじいことに。
「頭部への攻撃、または故意による殺しは無し。当然相手を殺した場合は負け」
シンプルな”冒険者”間の模擬戦……というか、決闘のルールだ。
てか。
一応、アーダは護衛対象なんだから、殺しちゃ駄目に決まってンだろって無粋なツッコミは、この際云わないとく。
アーダの得意武器が大槌の時点で、得物の制限を加えても大して意味が無いと、それぞれ自前の武器でやってもらうことに。
──ああ、しまった。
<女神の祈り>を、<魔法と自然法則の女神>に返さなきゃ良かった。
アレが手元にあれば、例えどちらが死んでも生き返らせられたのに。
「はじめっ!」
開始の合図と共に、ふたりは距離を詰める。
一対一だと、やはりリーチの差は、そのまま大きくのし掛かる。
クリスの攻撃が届く距離は、アーダの間合いの遙か外側。
遠心力を打撃に変える大槌を持ってしても、まだ距離が足りないのだ。
「はっ! 見た目と違ってお上品な戦い方だねぇっ!!」
クリスの模擬戦の相手は、常にキングだったと聞く。
素早く動く相手を懐に入れない様に戦うのは、彼女は当然慣れている訳だから、アーダには不利だろう。
「お互い手の内を知り尽くしているから仕方のない話、なのですが。千日手になることも、儘ありましたな……」
「まぁ、そうだろうねぇ」
さて。
結局、対人戦なんてものは。
相手がより嫌う行動を繰り返すのが、勝つための基本だ。
そうなると当然。
「むっきーっ!!」
やられる方は、一方的にフラストレーションが溜まる訳で。
汚い、ズルい、卑怯……
対戦相手を罵倒する言葉は、世の中に数あれど。
所詮、それは負け犬の遠吠え。
そういう意味では、アーダは駄目だな。
我が強いせいもあって冷静さを完全に失っているのか、クリスに良い様に弄ばれ始めてる。
間合いをはぐらかされ、簡単なフェイントに引っかかり、渾身の打撃をいなされる。
「──潮時、でしょうな」
「だねぇ」
アーダが綺麗に地面に転がったところで試合を止める。
結果は、云うまでもない。
「……アーダ、気が済んだ?」
「済む訳ねぇだろっ! あー、腹立つっ!!」
ダヨネー。
「こうなりゃ、ここに居る全員、あたしと闘りなっ!」
「うへぇ……」
まぁ、俺も【音の精霊】たちも。
大槌持ち相手と闘うなんて、早々経験無いからこの際丁度良いのかも知んないけど。
「<継承者>どのには、良い訓練になるやも知れません。是非にお願いしたい」
あー。
キングの師匠魂に火が付いた。
アーダのフラストレーション解消の機会ではなく、完全に俺の訓練に化けちまったな、こりゃ。
お手柔らかに頼むよ、アーダ。
【音の精霊】たちと違ってさ、俺がアンタの攻撃でもし仮に怪我したら、多分死ぬから。
ほんのちょっと前まで、貧弱ボディの幼女だったんだぜ、”ヴィクトーリア”って。
頼むよ?
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




