103.俺不在の、わたしの物語。
Side:正妃殿下(マハテルート=フィア=シネルヴォ=ダリュー)
「……で?」
「はぁ。そ、そのぉ……」
如何に無能者であっても。
きっと何処かに”使い道”はある。
そう思い、辛抱強く使い続けてきたつもり、なのだけれど。
やはり、無能は最後まで無能だと云うことね。
「──もう良いわ、貴方。本日をこの時を持って参内の許を取り消します。もう二度とその愚鈍なるお顔を、わたくしの前に向けないで頂戴。不快だわ」
「……はっ。有り難う、ございました……」
抗弁をしないだけ、まだ他よりマシ……だったか。
そこに、少しだけの後悔を覚えながら。
それでも、警戒していた筈のこの結末に憤りが。
折角、リート家のご令嬢が、全ての情報を提供してくださったと云うのに。
結局、”敵”に良い様にしてやられ。
その証拠と実行犯の身柄を直接抑えていると云うのに、其奴等の処罰が一切出来ぬとは。
────何の為の王権だ。
これでは、彼奴の首の上に在る頭は、王冠を載せるための台座でしかないではないかっ!
此度の顛末を記した書を読み上げる声を興味なさげに聞き流し、呆とした顔で玉座に座す国王陛下の横顔を睨みつける。
(この視線にすら気付かぬか。これでは、この国はもう長くない、のであろな……)
リート子爵家と個別面談した時は、それなりのまともな判断ができたと喜んだのだけれど。
先代が偉大過ぎたのであろうか。
”無難”もできず、ただ”無関心”とは。
為政者として、また配偶者として。
これほど情けなく思ったことは無い。
「殿中にて、これほどの”事件”が起こったと云うに、何の処罰もできぬと申すかっ! 貴様らも我が禄を食んでおろうがっ?!」
「はっ。も、申し訳ございま……」
殿中での刃傷沙汰、その一切を防ぐ為の宮中護衛士であると云うのに。
まさか、彼らが率先して王家の客分たる貴族を斬り付け殺害する、などと。
絶対に在っては成らぬ事件を起こし、剰え……
『亡くなったのは、たかだか新興の子爵家の者ではありませぬか。”その様な事実は、最初から無かった。”それで、よろしいのでは?』
此度の事件を”主導した”であろう、侯爵家の当主のひとりが粘ついた笑顔でそう嘯く。
新興の子爵は最初から居なかった。
だけれど、居なかったはずの子爵が我が国に示した”功績”と”利権”は、そっくりそのまま貴族間で分配させよと。
────度し難いとは、このことを云うのであろうな。
王家に嫁ぐ前に、この国の宰相たる我が祖父がこう言っていたが、
『貴族なんて奴はね、いくら綺麗な言葉を並べ立て、そして豪華な衣装で着飾っているとはいえ、最も尊き者と自称する卑しき”盗人”に過ぎないのさ。だからね、ルーティ。君はそれを弁え、絶対に心まで貧しくなっちゃ駄目だよ?』
本当に、貴族なんて心卑しき人間どもは。
度し難い────
「もうよいっ! 宮中護衛士は、本日この場を持って解散。奴らの下賜先は、卿らに一任する。当然、卿らは飼い主として最後まで責任を取ってくれるのであろうな?」
「……はっ、はひっ」
『証拠は揃っているのだぞ?』
と言外に込め、貴族派のクズどもを一睨み。
今は、耐える時だ。
惰弱王のせいで、弱体化をしているけれど。
簡単に、終わるつもりは、絶対に無い。
”次代の王”は、すでに在るのだ。
その子に玉座と王冠を受け渡すまでは、絶対に。
……何があっても、絶対に。
◇◆◇
Side:エレオノール=ディア=レーンクヴィスト
「……そう。リート子爵と夫人の両人の亡骸には、凍結処理を。最高の術士を即けて差し上げなさい」
陞爵のために、遠路はるばる王都の地に来て戴いたと云うのに。
まさか、この様な事態になるだなんて。
彼らの無念を慮ると、胸が締め付けられてしまう。
だけれど。
リート子爵夫妻も、この様な”事態”が遠からず来ることを、きっと何処かで覚悟していたのだろう。
「こんな書が、本当に必要となる日が来る……だなんて。ああ。わたくし、あの娘に、何と頭を下げれば良いのか……」
少し困った様なはにかみを浮かべる”我が家の嫁”の顔を、脳裏に思い浮かべる。
彼女の屈託の無い笑顔は、未だ向けて戴けていないのだけれど。
それでも、近い将来は────
なんて。
そう、何処か暢気に構えていたのに。
「家族への情が、とても深い娘だったから……」
あの娘が欲しい。
そんな必死になって、色々と提案をしてみたのだけれど。
『家族と離れ離れになってしまうのは、嫌です』
その一心で、貴族の地位を蹴る。
そんな芯を持っていた彼女の気を惹きたくて。
その結果が。
「きっとあの子の祖父母が殺された原因を作ったのは、わたくしのエゴ。なのでしょうね……」
フィリップがとても乗り気だったのもあったし。
後になって知ったお話なのだけれど、次男のミカルだって、実は彼女に一目惚れしていたのだそう。
そして、長女リースベットに至っては、
『お母さま。わたくし、早くあのお方を”お義姉さま”とお呼びしたいわっ!』
……だなんて。
他人にあまり感心を抱かない娘のあの変わり様ったら。
だから。
急ぎ過ぎたが為の、この現実。
「貴女には酷なお話でしょうけれど、もう止まれないの。赦して頂戴、ヴィー……」
王宮での”婚約発表”は、国の名を背景にした、絶対に覆せない”決定事項”だ。
ヴィクトーリア孃には申し訳無いけれど。
貴女は、”貴族の柵み”から抜け出すことは、もう絶対にできないの。
────レーンクヴィスト辺境伯家が、この世から無くならない限りは。
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