102.私怨仕置き【毒使い編】
【腰巾着】タマーラは、常に【脳筋】アッセルのケツを追っ掛けるだけの、主体性の薄い奴だった。
元々奴が毒薬に興味を持ったのも、徒党【風の翼】内で特に決まった役割を与えられなかったが故の、危機感に拠るもの。
だから、俺は惜しみなく【鑑定】を用い、奴に薬草の基礎から毒の扱いとそれを有効に活かせる武器の目利きまで幅広い助力をしたんだ。
”芸は身を助く”ってな。
まぁ、そのせいで一時期奴との関係をアッセルに疑われたり、ミーナを悲しませてしまったりしたのだが。
今思えば【風の翼】は、色々と危うい人間関係の上でギリギリ成立していたと思う。
何せ、幼馴染みってだけで無理矢理に徒党を組んで。
役割分担なんて、【脳筋】アッセル意外、ほぼ消去法で決められた様なもんだし。
所謂アレだ。
『バンド仲間大募集っ! Vo.俺っ!!』
……って、典型的な駄目パターンって奴。
奇跡的にも、要たる魔法職の素養を”ミーナ”が持っていたから成立できただけで、もし彼女が魔法の素養を持っていなかったらと思うと……
……あれ?
少なくとも、誰も泣く未来になっていなかったのでは?
いやいや。
それだと、そもそも”ヴィクトーリア”が世に産まれ出でてこないから却下だ。
まぁ、今更そこに触れたところで何の益も無いとして。
主攻撃役兼盾役の<重戦士>アッセルに。
攻撃補助兼回復役の<回復術士>のヴィルヘルミナに。
ほぼ消去法で役割を決められてしまった、斥候役兼、野伏役のタマーラに。
そして、最期はどこに穴が空いても確実に埋められる様にと俺は、”徒党内隙間産業”たる<便利屋>をやっていたって訳だ。
……で、典型的な駄目バンドの結成時と同様に。
そんなテキトーな役割決定が成されたら。
ボロボロと出て来る訳だよ。
”ギスりポイント”という奴が。
で。
そこで一番割を食ったのが、タマーラだ。
何の知識も技術も無い奴が、斥候なんて重要な、それこそ野外活動において徒党の生命の安全を担う大切な役割を果たせる訳も無く。
「……なぁ。何でお前徒党にいんの?」
なんて。
無能のリーダーから云われたりしたら。
徒党内の空気が物凄く悪くなる、訳で。
で。
そこを裏で必死にフォロ-させられる俺と、それを見て嫉妬するミーナの図の完成、と。
下手に気心の知れた昔からの仲間だったから、余計にって奴だよ。
剣を修めた今だからはっきり云えるが、才能だけに関して云えば、絶対にアッセルなんかよりタマーラの方が上だったな。
アッセルは腕力に頼り過ぎていて、奴の癖を覚えてしまえば対処なら充分にできた。
……それでも、当時の俺が勝てた試しは無いのだが。
まぁ、そんなこんなで。
タマーラはアッセルの長年に渡る”調教”のせいで、”奴に逆らう”という選択肢自体、最初から持ち合わせていなかった。
……だから、見逃すのかって?
アホか。
そんなの、絶対にあり得ない。
だって、ヘンドリクおじさん、ユリアナおばさんの、ふたりの老夫婦は。
タマーラの毒薬のせいもあって、体力が限界近くにまで落ちていたのだから。
奴の劇毒を、喰らってさえいなければ。
ひょっとしたら<女神の祈り>を奪取するまで、ふたりの体力が保っていた可能性もあるし、回復と増血を我武者羅に行っていた俺たちの生命力だって、それまで残っていた未来もあり得たのだ。
────だから。
当然奴も復讐の対象であることに、何ら変わりはない。
奴の寝台の上に立ち、寝顔を真っ直ぐに見下ろす。
……はぁ。
此奴には俺の持ち得る”斥候のい・ろ・は”を、徹底的に叩き込んでやったつもり、だったんだがなぁ。
まさか、気配に気付かず暢気にぐーすか寝ている、とか。
流石に無いわー。
『常在戦場』
とまでは、俺も言うつもり無ぇけどさ。
自分の部屋だから気を抜いてんだとは云え、せめて”殺気”くらいは気付こうぜ。
カスペル卿の飼い犬となって、温々と生き残る選択をしたから仕方ないのかも知れないが。
これが、一応冒険者なのかと思うと、心底情けなくなってくるわ。
「──おい。いい加減に起きろ、タマーラ。敵襲だぞっ!」
「ふぁっ?!」
うん、失格。
この間だけで、俺なら最低10回は此奴を殺せた。
のっそり起き出して、更には俺に背を向けてキョロキョロと暢気に周囲を見回しているとか。
この間だけで、素人でも最低20回は此奴を殺せているだろう。
「はぁ。後ろだよ……」
何だか、余りに無防備過ぎてだんだんと怒りのゲージが下がっていくのを自覚してしまう。
「あれー? こないだお城で会ったお貴族さまの美少女ちゃんじゃーん! なになにぃ? わざわざあたいのトコに夜這いしに来てくれたのぉ-?♡」
「んな訳あるか、俺は至って正常だ」
まぁ、男だった”前世の俺”の時でも、こんな奴願い下げだが。
「お前さんの飼い主がしてきた躾けに関して、俺は何も言う気はねぇよ。だが、お前さんが飼い主の命令に従った結果については、ひとこと文句が言いたくてな」
「ふぇ? 何のことカナ? お嬢ちゃんの気に障る事、あたい何処かでしちったかなぁ~?」
あっけらかんとそんな事を宣うタマーラの顔には、何の屈託もてらいもないのが見て取れた。
此奴にとって、他人に毒を盛るというそれ自体が”日常”だったと云うことだ。
「──俺の教えた毒薬の知識で、どれだけの人間を苦しめ、そして殺したんだ?」
「ちょっと待って。あたいのせんせは、お嬢ちゃんみたいな美少女じゃないよ? 小さい頃から何考えてンだかわかんない、キモい奴で──あれ? そういや、ちょっとだけお嬢ちゃんと似てる気が……」
そりゃ、”我が娘”は、俺とミーナの良い所総取りの美人さんだしなぁ。
「そりゃそうだよ。お前さんは、パパの仇であり、じぃじ、ばぁばの仇なんだからね……」
「……え? あの二人って、本当に……?」
──ああ、やっぱり。
此奴、あのふたりを認識すらしていなかったか。
「そ。わたしは、ヨハネスとヴィルヘルミナの娘。お前さんの毒で、じぃじとばぁばが苦しんだ。だから、その復讐に来たって訳」
「ちょっ、ちょっと待って。あたい、そんなつもりじゃなかったんだっ! 謝るからさっ、赦してよ」
「────だぁめ。絶対に、赦してやんない」
「そんなっ!」
なんでそこで被害者ぶるのかなぁ?
自分が造り出した毒薬で対象が苦しむ様を見て、しっかり喜んでいやがったのを俺は知ってるぞ。
【アイテムボックス】から直接気化毒をバラ撒く。
自身を巻き込む様に毒を使っても、俺には【浄化】によって端から毒は効かないのだから楽だ。
「さて、タマーラよ。”毒の師匠”たる俺からの試験だ。この毒の特徴を解りやすく”臭い”で残した。解毒薬を作り出し生き残れたならば見逃してやろう。だが、できなかった時は────確実に、死ぬぞ?」
清潔で真っ白なシーツの上に、薬草、毒草に加え、魔物の骨や血肉に、金属の粉末と……色々な素材と、器具を整然と並べ立てる。
この中の幾つかを決められた分量で正確に混ぜ合わせれば、解毒薬は完成する。
当然、騙しは無い。
俺はちゃんと約束を守る漢、だからな。
「ひぃっ? ちょっ、ま……っ!!」
「ヒントは無いかんな? 精々、頑張れよー」
わざと弱毒で留めておいてやったんだ。
それでも、無駄な問答をする猶予なんか、正直あまり無いぞ?
「っが……くっ。かはっ!」
この毒は、粘膜の吸収効率が凄まじく高い。
そうなる様に、特に揮発性の高い酒精に溶かし込んでいるからね。
そのせいで、少々化学変化が起こり逆に毒性が強くなっているという皮肉。
化学ってのは、突き詰めていくと本当に楽しいねぇ。
「ほれ、俺は何度もお前らに言い聞かせてきた筈だぞ? 俺の言葉は、しっかりと覚えておけよ? と。思い出せ-、この毒に対応した解毒薬のレシピも、俺はお前に教えてやったぞ」
「まっまさっか、ほんと…に…ヨハ、ネス?」
「余計な詮索をしている暇があるなら思い出せ。刻限は、お前さんの生命そのものだかんな?」
「……くっ!」
タマーラは慌てて器具をかき集め、素材の入った容れ物を逐一確認し出す。
相当に焦っているのだろう。
素材の確認を自身の舌で判断したり、臭いを直接嗅いだりしている。
この世界に在る錬金術は、極めて地球の化学に近いモノ……というか、そのものだ。
そもそも錬金術なんて幻想は、端から存在しない。
したがって、化学における基礎と注意事項は、この場合そのまま適用されてしまう訳で。
「かはっ、けふっ、こふっ」
あーあ。
あんな劇薬を直接嗅いだせいで、鼻が馬鹿になっちまったか。
────終わったな。
その後、鼻が利かなくなったせいで、タマーラは口にするしか判断ができなくなってしまった模様。
そこに並ぶは劇物だらけだってのに、本当に何やってんだ、あいつ……
「……あれ?」
七孔噴血。
どうやら、奴の体内で毒が変質してしまった様だ。
そりゃそうだ。
あれだけ毒物を経口摂取し続けたら……なぁ?
折角、弱毒に留めておいてやったってのに。
当初の健康状態にもよるが、半日程も我慢をすれば、ひょっとしたらそのまま治る可能性も、実はあった。
なのに。
ああも”化学の基礎”を無視した危険行為を繰り返しては。
こうなるのもまぁ、頷ける訳で。
「……試験は落第の様だな、タマーラ。潔くそのまま死ね」
「やだぁ……やだよぅ。ヨハ、ネス……あたい、死にた……ごばぁっ!!」
夥しい量のどす黒い血を吐き、そこで彼女は自身が新たに造り出した毒の最初の犠牲者となって果てた。
誤字脱字等ありましたら、ご指摘どうかよろしくお願いいたします。
評価、ブクマいただけたら大変嬉しいです。よろしくお願いします。




