第三百九十九話 決戦
勝負は速攻。人間離れした速度を持つ僕ならそれが必勝の戦闘スタイルだ。しかし正面からぶつかったって相手は腐っても神。であれば僕が取れる戦術は正面からの奇襲だ。
「ッラァア!!」
「!?」
両刃となったオルトロスの投擲。大質量の大剣がとんでもない速度で回転しながら突っ込んでくる。暴力の塊が飛来すれば、神だろうと……。
「甘いな。そんなもんでこの俺が……」
「甘いんだよ……!」
障壁を張る灰寺の背後に《神速》で移動し、シュヴァルツ・テンペストを振り下ろす。これが僕が成せる正面からの奇襲。流石の神も前方と後方に障壁を張り、防御するしかない。
オルトロスを弾き、シュヴァルツ・テンペストを防いだ灰寺は両手を塞がれる。
「ヅァア!」
其処へ風魔法で高速移動したダニエラが片手剣サイズに変化させた死生樹の剣を突き入れる。
「クソが……!」
灰寺が再び神気の波動で僕達を吹き飛ばす。だがそれに甘えて吹き飛ばされる僕ではない。新たに得た次元魔法は時間と空間を掌握する。
「『空間跳躍』!」
空間を跳躍した僕は灰寺の足元に出現する。《神速》はいくら速くても実体がある。だが空間を跳躍すれば波状攻撃の突破も可能だ。
「なん……ッ!?」
「ハァッ!!」
攻撃の瞬間という最大の隙を狙い、藍色の大剣を振り抜く。水刃化させ、刃渡りも伸ばした絶対の一撃を叩き込む。
「ヒャハァ!」
「!?」
気持ち悪い笑い方をした灰寺の眼が怪しく光る。脳裏をよぎった恐怖が僕の体を動かし、振り抜く構えだった大剣を体の前に置き、防御の姿勢を取る。
その瞬間、ジュウウウ! と水が蒸発する音と水蒸気が場に満ちる。
「目からビームかよ……!」
「ハッハァ!!」
「ぐぁっ!」
大剣の向こう側から鋭い蹴りが放たれ、後方へ転がされる。武器だけ離すまいと握り締めるが、その所為で為す術もなく地面を滑る。その僕の上を風の矢が飛んでいく。
「チィッ……!」
それが灰寺の追撃を防いだことを直感で理解した。
「すまん……!」
転がった先に居たダニエラは頷くだけだ。その足元にはオルトロスが突き立てられている。それを空いた手で掴み、立ち上がる。
風の矢で払われた蒸気の先の灰寺が忌々し気に此方を睨んでいる。その顔は僕を突き刺した時のような、苛立ちを感じる。
「仕切り直しだ……今度はこっちから行くぞ!」
吼える灰寺が両手に神気を集める。高密度の神気は白く輝く。破壊神に似合わぬ白が眩しい。
「ハッ!」
神気を集めた手の平を突き出す。すると其処から放たれた神気がエネルギー弾のように僕へと飛来する。それをオルトロスで斬り弾く。寸断は出来ないらしく、野球のように弾は跳ね返っていき、天井の一部を破壊した。
「俺の神気で破壊出来ないだと……」
「見縊るなよ。僕だって神気を浴びた人間なんだ」
「何が人間だ……化物の間違いだろ?」
確かに人間は卒業した。今の姿は化物と言われても過言ではない。
「心まで化物に染まってないさ」
「ハッ……戯言だな」
「戯言だって良い。僕の心の有り様は、誰にも邪魔させない!」
「いいやお前は俺に破壊されろ!!」
神気の光弾が連続して飛来する。それを両の剣で弾きながら反撃の機会を伺っていると、背後のダニエラが光の矢を放つ。
それを左手から放つ波動のシールドで防ぎながら、右手で連射してくる。
僕はそれを右に、左に、上に下に、時には前に進むと見せかけて反転したりとフェイントを挟みながら着実に距離を詰めていく。
「ちょこまかと……!」
「それが僕の戦い方だ!」
「羽虫が……大人しく俺に破壊されろ!!!」
ダニエラの装填の間を狙い、地を踏み砕く程の力で弾丸のように突っ込んでくる灰寺。直線の速度は僕とほぼ同じくらいか。ギュッと握りこんだ拳が下方から僕へ目掛けてせり上がってくる。其処へカウンターとして藍色の大剣を合わせる。
「うらぁあ!!」
だが僕の考えが甘かった。拳は刃を弾き、剣は勢いよく僕の手から飛んでいく。だがお陰で僕への直撃コースは逃れた。
そして振り抜いた隙をダニエラは見逃さない。
「ふん……ッ!」
「ハァア!!」
いつもの細剣状になった剣を鋭く突き出す。灰寺はそれを振り上げた肘と膝で挟み込んで防ぎ、また目からビームを放つ。ダニエラは剣から手を離し、後方へと逃れる。素早く弓を構え、連続で光の矢を放つが灰寺はそれを空いた手を伸ばし、其処から放った神気の波動で防いだ。
更に灰寺は挟んでいた剣を蹴り飛ばし、人差し指と中指を揃える。その先端に尋常ではない神気が集まっていく。
「死ねぇえ!!」
「……ッ!!」
それを袈裟掛けに払う。避けようと思えば避けられた。が、神狼の本能が、これを攻撃のチャンスと判断した。
熱線と化した赤い神気の光線を咄嗟にオルトロスを虚ろの腕輪に仕舞い、限界まで上体を逸らして捻る。更に腕輪から軽く、そして素早く振れる『琳翠星鉄の森剣』を引き抜き、そのまま振り抜いた。
「ぎゃああっ!」
古代エルフが作り上げた剣は、見事に神の体を切り裂いた。吹き出す血は赤。しかし切断出来ていないところを見ると浅かったらしい。
《神狼の脚》の噴射でサマーソルトキックを放ち、灰寺の顎を蹴り上げる。更にその反動で体勢を整え、森剣を振るう。
「くっ、ぎゃあ……ッ!」
情けない声を上げながらもギリギリ、致命傷だけは避けられる。これじゃあ埓が明かない。
「逃げられないようにしてやる……!」
両足から吹き上がる白銀の暴風。暴れ狂う風は一見、すべてを吹き飛ばす嵐。だが、その風の全ては僕の掌の上だ。
嵐を味方にした僕は、その風と同じ速度で走り出す。全方位から放つ剣撃は神をも封じ込む。名付けるのであれば、そう。
「『上社式・真・神狼剣域』」
魔物化という負担がなくなったお陰で常時展開することが出来る《神狼の眼》からの全方位視認。
《森羅万能》に拠る《未来予測》で数百の軌道を選び出し、《並列演算》が最適解を導き出す。
そしてその狙った場所へ《神狼の脚》で瞬時に移動し、『琳翠星鉄の森剣』が神を切り裂いた。
「がッ、ぐ、あああッ!!」
確実な一撃を加えていく。だが灰寺も伊達に破壊神をやっていないらしく、致命傷だけは紙一重で躱していく。
「私だって、ただのエルフではない……!」
風魔法で剣を手元に引き寄せたダニエラがその風を《神狼の脚》のように両足に集めていく。風の精霊の力を借りてブーストした時よりも遥かに高密度で緻密。それがダニエラがオリジン・エルフに先祖返りして手に入れた魔法制御技術だった。
「借りるぞ、アサギ! 『上社式・亜流・神狼剣域』!!」
ダニエラの本気の剣撃が灰寺に迫る。死生樹の剣と、風魔法で練り上げた魔法剣を手に、翡翠色の風を纏って。
……本当にこの人は、強い。そして嬉しい。僕の愛した人がダニエラで良かった。だって、普通じゃこんなこと出来ない。無限に近い選択肢を選び出す高速思考と瞬時に相手の反撃と防御と隙を見抜く動体視力がなければ完成させることは絶対に出来ない。
僕だって頭おかしいと思う。奥の奥の奥の手だ。スキルに頼らなければ運用することも出来ない技。それをダニエラは完成させた。オルタナティブだなんて謙遜も甚だしい。今まで培ってきた努力が女神の力添えがあったとはいえ、開花した結果だ。
だがまだ、この技は僕のものでありたかった。そんな小さな小さな見栄、プライドが僕の剣速を後押しする。
「ハァァァァァァアアアア!!!!」
黒帝剣を抜き、二刀流で2倍に増やした斬撃が灰寺の指先を切り飛ばす。ダニエラの剣が灰寺の耳を切り裂く。本人でも意識の遠い人体の先端から攻撃が通っていく。
「ク、ソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
自棄になった灰寺の神気の波動も予測済みだ。その波動に合わせて伸ばしたダニエラの手を掴み、『空間跳躍』で波動を飛び越える。
「セヤァァァァアアアアア!!!!!」
「ハァァァァァァァァァァ!!!!!」
そして、最大の隙を狙い、4本の剣突が灰寺の腹部を貫いた。




