第四百話 一時的決着が生んだ世界の亀裂
祝・400話
ダニエラと同時に剣を引き抜くと鮮血が噴き出した。止まらない血は床を血の池に変え、真っ赤に染め上げていく。
灰寺は膝を震わせながら立っていたが、それも叶わず、膝から崩れ落ち、血の中へと転がった。
こうなってしまえばもう、終わりだ。きっとコンビニで倒れた僕もこういう風に転がっていたんだろうな……。
「よくやった。さぁ、止めを刺して」
「……」
後方から女神が指示を飛ばしてくる。……どうも好きになれないな。価値観の違いか、感情の問題かは分からないが。
隣のダニエラが此方を見るので、頷き、一歩踏み出す。足元に広がる血を踏み、水音を鳴らしながら一歩一歩、灰寺へと近付くと、今にも閉じそうな瞼を押し上げ、灰寺が僕を見上げた。
「……たの、む……」
「は……?」
「たす、けて……」
微かに聞こえる声が言葉を紡ぐ。それは懇願だった。連続殺人犯の口から聞こえた言葉は、命乞いだった。
言葉を返そうにも、まるで陸に上げられた魚のように口をパクパクと動かすだけで言葉が出てこない。頭の中では色んな感情が渦巻いて頭痛がしてきた。
「たすけ、て……くれ……」
「お前が……お前がそれを言うのか……」
やっとの思いで吐き出した言葉。感情が、堰を切って溢れ出すのを、僕は止められなかった。
「そうやって命乞いした人を何人殺してきたんだ!!」
「う、うぅ……」
「ふざけるなよ……お前だけは、お前だけは言っていい言葉じゃない……!」
感情のままに剣を振り上げる。そして振り下ろす対象を睨む。……だが、その手の中の物を振り下ろせなかった。
此奴にも事情があったんじゃないかとか、家族や友人が居たんじゃないかとか、そんな、考えてもしょうがないことばかりが頭の中を巡る。
僕は此奴に刺された。ギリギリ、助かりはしたがそれでも此奴を恨んだ。助からなかった人だって沢山居る。此処は日本じゃないし、であれば裁くのは司法ではない。ならば、僕が今、此処で始末するのが最良なんじゃ……そんな、堂々巡りが、頼んでもいない《並列演算》が《思考加速》が頭の中を埋める。
「は……ぁ……」
「……っ」
「…………ははっ」
「クソ!!」
《森羅万能》が導き出した未来と現実が重なったのは同時だった。此奴は命乞いなんてしていない。追い詰められながらも虎視眈々と隙を狙っていやがった!
神気の波動が地面から一斉に放射され、広がった血が爆発するように吹き上がる。僕自身も吹き飛ばされ、舞った血煙が視界を奪う。
「灰寺ァァァァァ!!」
「は、ははっ、あーっはっはっはっはぁぁ!」
《神狼の眼》で確認すると奴は命辛々、神界への空間を自力で開いていた。なるほど、ノヴァが働きかけなくても自ら顕現することは可能だったらしい。だが、それを逃す僕ではない。
「また来るよ……朝霧君。今度こそ、確実に、お前を殺す……そう、目撃者は殺さなければならない……」
「またなんて、ない……!」
100を超える氷魔法《氷矢》を放ちながら僕自身も《神狼の脚》で飛び込む。だが防御に徹した灰寺の波動の壁は硬く厚く、攻撃を通さなかった。
「クソ……クソ……!」
「じゃあな……」
別れの言葉と共に灰寺が空間の向こう、神界に姿を消した。後には何もなく、残ったのは血と僕だけだった。
逃した。逃した。逃してしまった。
くだらない感情に邪魔されて、僕は最大の好機を……。
「ああああああああ!!!」
怒りのままに、振り下ろせなかった剣を地面に振り下ろした。琳翆星鉄の森剣は折れることなく、さっくりと地面に深く刺さった。
「……奴はまた来るだろうね」
女神の言葉が耳に届く。そんなこと、言われなくても分かってる。奴がそう言ったのだから。
「今回、私達が顕現した所為でこの星の魔力は大きく減少した。星の核が生み出す魔力が再び龍脈を潤すまで約100年、というところかな」
「……100年後、奴はまた来る訳か」
「そうなるね。まぁ、君達は人の枠を超えた結果、不老となったのだから時間は沢山ある。次こそは仕留めてくれれば問題ないよ」
……そうか。聞きそびれていたが僕は不老になったのか。君達ということはダニエラもだろう。だけど不老であって不死ではない。命を落とす危険は残った。
けれど、長い寿命を持つダニエラと同じ人生を歩めるのは、悪くない。
「……悪い、ダニエラ」
「気にするな。言っただろう、アサギの仇は私の仇だと。長い人生、隣にお前が居てくれるのなら、それも悪くないよ」
そっと肩に触れた手が温かい。それに安心したのか、急にガクッと膝が折れた。
「はぁ……っ、はぁ……何……?」
「気付いてなかったのか? アサギ、お前、傷だらけだぞ」
「……?」
言われて自分の体を見ると、所々から血が滴っているのが見えた。白銀の体毛を赤く染めるそれを見ると、急に気分が悪くなってくる。痛みも感じ始めた。何か体が怠くて寝不足かなと思ってたら38度くらい熱があって、急に体調が悪くなってくる感じだ。
「まぁ死にはしないよ。傷もすぐに治るだろう。そろそろ帰るとしよう」
腕を広げた女神の周囲の空間が歪む。先程の灰寺が行った転移と同じだ。
「愛を司る私はフレンツェ=ネルドリエ。愛する者、全ての為の神だ。それが偏愛だろうと愛玩だろうと性愛だろうと純愛だろうと憎愛だろうと溺愛だろうと熱愛だろうと博愛だろうと渇愛だろうと仁愛だろうと恩愛だろうと敬愛だろうと情愛だろうと恋愛だろうと。私は愛を知る者、全てを愛する」
その愛の深さにゾッとした。此奴もヤバい奴なんじゃないか……?
「……ふっ、これも何かの縁だ。この世界が滅ばないよう、時々顔を出すとしよう。無論、星の魔力は消費せず、声のみを届けるにとどめるがね」
小さく微笑みながらそう言うと、では、とだけ言って女神……フィレンツェは姿を消した。
周囲から音が消える。そして今更、無くなってから妙なプレッシャーがあったことに気付く。気が張っていたからかもしれないけれど、あれが神という存在の圧か……。
「……帰ろうぜ」
僕の言葉に一同が頷く。ダニエラに肩を貸してもらい、立ち上がると松本君が駆け寄ってきて反対側を支えてくれた。
「悪いね。なんか力入んなくてさ」
「ボロボロじゃないですか……人間まで、やめちゃって……」
「何泣いてんだよ……まったく良い奴だな、松本君は」
良い奴だから体重掛けても怒らないよな。
「やったな、アサギ君」
「バイト以上に頑張りましたよ、僕」
「何を言う。君はバイトだって頑張ってたよ」
そっと頭に手を伸ばされ、ゆっくりと撫でられた。まるで姉か母のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、ついでに狼耳もモフられていく。意外とちゃんとくすぐったい。
□ □ □ □
あちこちに転がった剣と、何かの役に立つかもしれないと、破壊された自動人形達を回収した。
二人に支えられながら来た道を戻る道中、周囲は会話が弾んでいるようだったが、僕はその中に入れずにいた。
というのも、頭の中を占めているのは逃げた灰寺啓介の事だったからだ。
あの戦いの結末と、女神フィレンツェの言葉を反芻しながら纏める。
この世界とは別の世界、神界からやってきた神は姿を顕現・維持する為に大量の魔力を使う。神界なら神気、この世界なら魔力ということらしい。問題はその魔力の供給元が龍脈ということだ。
龍脈は星の核が生み出す魔力。星を巡る血液そのものだ。それが枯渇すれば、星は終わってしまう。灰寺が顕現することで魔力が削られ、世界が滅ぶ。
そして奴は僕に執着している。姿を顕現させられるだけの魔力が回復する100年後、あの破壊神はまたやってくるだろう。
今は一時の勝利だ。僕の戦いはまだ終わっていない。
「どうしたアサギ、難しい顔して。何処か痛むのか?」
「まぁ全身痛いよ。……灰寺の事を考えてたんだ。また来たらぶっ飛ばしてやろうってな」
「……そうだな。その時は私にも一枚噛ませてくれよ」
「勿論だとも」
フッと笑うダニエラを見ていると、それも出来そうな気がしてくる。難しい顔か……うん、とりあえず向こう100年は平和なんだ。ノヴァも間接的とは言え始末出来た。これでもう転移・転生してくる人間も居ないだろう。
さて、諸々の問題が解決したことで、新たな問題が浮上してくる。
「なぁダニエラ」
「なんだアサギ」
「この耳どうしよう?」
目下のところ、大きく変化してしまった僕の姿を早急に解決しなければいけなかった。




