第三百七十八話 白い狼の噂
夜も更新します。
店長の話す噂に興味を持った僕は逆にずい、と前のめりになる。
「白い巨狼ですか!?」
「あ、あぁ……気持ち悪いくらい食い付いたね……」
「気持ち悪くもなりますよ!」
巨狼というワードは僕とは切っても切れない関係だ。僕がこの世界を生きてこられたのもあの森の巨狼に出会えたお陰だ。
以前は黒い巨狼とも出会った。まさかとは思ったが、彼ではなかった。神狼にも出会い、教えを乞うた。更には3つ頭のを持つ深遠の巨狼とも出会い、僕の人生は決定的に傾いた。
この体の半分は神狼となった。
この世界に来てからの僕の歩んだ道には必ず狼の姿があった。思えば初めて口にしたのは狼の体だった。
あの時から僕の運命は決まっていたのだろう。それは彼との再会も、決まっていたはずだ。
「私がこの国に帰る少し前から東の森の奥深くに白い巨狼が現れるという噂が広がっていた。いや、もう噂ではない。何人もの冒険者が目撃してるからね」
「目撃しているのに、生きているんですか?」
そんな魔物に出会って生きて帰ってきた?
「あぁ、もれなく戦闘を行ったそうだが、何故か狼は人を殺さないそうだ。ギリギリのところで戦いをやめて、煙のように消えるらしい。しかも、ご丁寧に薬草を置いてね」
「そうですか……」
泣きそうだった。彼奴は僕との約束をずっと守ってくれていた。人間は強く、危ない存在だと。いつか大勢で仕返しにくるから、殺すなと。
『ならばそのお願いとやら、無下には出来んな』と彼奴は言った。それをずっと……。
「アサギ、良かったな」
「うん……あぁ、元気みたいで良かった」
「やっぱり君達の知り合いみたいだね。会いに行くのかい?」
会いに行かない理由がない。今こそ僕は彼奴との約束を果たす時だ。
「行きましょう。東の森へ!」
□ □ □ □
翌朝、僕とダニエラは店長との待ち合わせ場所で雪合戦をしていた。
「オラァ!」
「ふんっ!」
「ぶへぁぇ!」
顔面に雪玉が炸裂する。雪玉を握る手は手袋をしているからあまり冷たさは感じなかったが、顔は無防備だ。思った以上の冷たさに肌が凍みる。
「つっめたい!」
「まだまだ修行が足りんな」
「くっ……」
この雪国を生き残るには雪合戦は非常に有用な修業だ。何より楽しい。
「何の修業なのか、分かるように説明してほしいね」
「朝から楽しそうですね、先輩達は」
と、これからの自分に期待していると店長とレモンがやって来た。二人とも暖かそうな防寒着に身を包んでいるが、腰には僕が提供した武器を下げている。やる気満々だ。さぁ雪玉を作ろう。
「馬鹿なことやってないで早く行くよ。昼までには着いておきたい」
「あ、はい」
出来の良い雪玉を馬鹿な事の一言で片づけられた僕は我に返り、積もった雪の上にそれを捨て、体中に張り付いた雪玉の名残を払い捨て、先を行く店長達の後を追いかけた。
町……で合ってるか、規模的に不安だが、エレディアエレスを出てから1時間程で、すっかり周りは雪原の白一色になった。
とはいえ、これでは誰でも遭難していしまう。それを防ぐ為に等間隔に立てられた街灯型の魔道具が僕達を東の森へと案内してくれる。
「本当はこの下に煉瓦路もあるらしいんだけどね。私は見たことがない」
しっかりした街道が出来ていたのだろう。煉瓦路と街灯、良い組み合わせである。
しかし曇り空の下、白と灰の間でほんのりと光る暖色もまた見ていて心地良い。
「あっ、降ってきましたねー」
レモンの声に顔を上げると、上からちらちらと小さな雪が舞い降りてきた。空が気紛れに降らしたような少量の雪。これぐらいなら可愛いもんだ。
「まぁ吹雪にはならないとは思うけど、何かあった時に森の傍に居ると居ないではまったく違う。ちょっと急ごうか」
確かにこんな雪原のど真ん中でホワイトアウトしてしまえば街灯があっても遭難するのは確実だ。頷いた僕達は少し歩く速度を速めた。
□ □ □ □
「ふぅ……森が見えてきた。この辺までくれば大丈夫だろう」
遠くに白いとげとげが沢山見える。雪を纏った針葉樹だ。彼処に居るのか……と、《気配感知》を広げた僕と同時にダニエラが声を上げる。
「魔物が居るぞ。ちょうど森の入口だ」
僕の感知エリアにも反応があった。魔物が二匹。ウルフ系か。《神狼の眼》で確認すると、白い狼が此方をジッと見ていた。
「見張り……いや、出迎えか」
「此処からは僕が先頭でいいか?」
多分、待ってるのは僕だ。僕以外には噛み付いてくるかもしれない。
「分かった。頼む」
短く答えたダニエラが僕の後ろへ下がり、後方を警戒してくれる。何も魔物はスノーウルフだけじゃない。道中、此処には他では見ないような魔物も多く居ると聞かされた。
代表的なのはスノーアラクネだろう。今、僕が着ている防寒着の素材を提供してくれた魔物だ。ただし、雄だ。雌じゃない……そう、魔物娘の糸ではないのだ……。
自然とダニエラが殿となり、中衛を店長とレモンが担当してくれる。やっぱりレゼレントリブルでパーティーを組んだ経験があるからお互い何も言わずこの陣形となった。
ただし僕が少し前を歩く。3人には後ろからついてきてもらう形の変則陣形。
少し歩くと目的地の森がはっきりと見えてきた。同時に見張り兼出迎えのスノーウルフの姿も確認出来た。向こうからも僕達が見えているようで、ピンと背筋を伸ばしてジッと此方を見つめていた。




