第三百十八話 今後の予定。別れの準備。
翌朝は宿で朝食を食べてから部屋に戻って今後の予定を決める事にした。
「私は食料を十分に調達した。出来ればパンが欲しいな」
「じゃあ午後はまたあの店に行って買えるか聞いてみよう」
そんな食欲に染まった会話からスタートした会議。
「私達の目的地は3つ。此処から南の樹海。西の孤島。北の法国近郊。それらを経由して最終目的地、霧ヶ丘だ」
何処で買ったのか指し棒を手にダニエラがテーブルの上に広げたお手製の地図を指し示す。
「……その前にダニエラ、ちょっと良いか?」
「何だ?」
「特に意味はないが鑑定眼鏡を掛けてくれないか?」
「……? まぁ良いだろう」
僕の無意味なお願いも聞いてくれるダニエラ大好き。
「うん、うん。似合ってるぞ、ダニエラ!」
「最近見た中で一番の笑顔だな。まぁ可愛いからいいが」
女教師ダニエラの完成である。
「さて続きだ。問題はこの3箇所をどのような順序で周るか、だ」
「んー……質問良いか、ダニエラ先生」
「何だアサギ君」
手を上げた僕をダニエラが指し棒で指名する。
「アレクシア山脈だが、アレッサ以外の道はないんだよな?」
「無くはない。十分な体力さえあれば山脈越えは可能だ。アレッサが出来る前は旧道を通って山越えをしたからな」
「旧道か……それは何処にあるんだ?」
「アレッサを中心に西と東。探せば結構あるから問題はないはずだ」
なるほど……であれば南の樹海に行ってから西の孤島を経由して山脈越え、北というのも良いかもしれない。
その事をダニエラ先生に提案してみると、先生は手にした指し棒で空いた手を叩きながら思案顔になった。
「季節も考えると、どうだろう。これからもう暫くは氷雪期だが私としては雪が溶ける頃には森に居たくない」
「と言うと?」
「聞いた話だが、動物系の魔物は冬眠をし、雪が溶けると巣穴から出てくる。そして森は魔物の巣窟だ」
道理で動物の類が居ないと思った。それもそうか、動物は冬は冬眠するものだ。巣穴を突かれた動物がゴブリンの餌になっていったってことだな。
「私達も北の森に行った時は無闇矢鱈に探索しなかったからな」
「そう言えばそうだな。《気配感知》ばかり使ってた」
「今から南に行っても、運が良くない限りは氷雪期が明けるまでには目的を達成するのは無理だろうな」
「じゃああれか、次の氷雪期になるまで樹海には行かないのか?」
1年もの間、指を咥えて待ってろってのはちょっと嫌だな。
「それも馬鹿らしい話だが……安全を優先して1年待つか。それとも危険を冒して樹海へ進むか」
「僕は行くべきだと思う」
「まぁそうだよな……私も行くべきだ。危険だが、私達ならどうにかなるだろう」
「さっさと見つければ良いだけだよ。南、西、北の順番で行こう」
これで順番は決まった。その後、計画を煮詰めた結果、僕達は帝都西門から出発し、この帝都へ来た道を戻る。目指すは交易都市アスクだ。ベーコンの居る町だな。
其処で船を使ってあのでかい川を南へと下る。少しでも楽をする為の迂回だ。そして行き着いた場所から樹海へと入り、施設を探し、目的を達成する。その後は西へと進路を進める。何処かでまた船を見つけるか、《神狼の脚》で海を渡って孤島へ行く。孤島ってくらいだから樹海よりは早く施設が見つかるだろう。
それが終わったら戻ってきてアレクシア山脈を越える。海を渡っても良いが、船なら港に戻らなければならないし、《神狼の脚》ならぶっ続けの強行軍になるからそれは避けたい。何方にしても一度陸に戻る必要がある。
その後は北へと歩を進める。エレディアエレス法国へさえ着けば後はどうにでもなる。人里を拠点に出来るんだからな。
各施設を訪れ、ネットワークで話を聞いているであろうカルマさんから鍵を受け取ったら南下して霧ヶ丘へ行く。あのただの丘の何処に古代エルフの施設があるかは分からないが……まぁ行ってみたら分かるだろう。
「ふぅ……こんなところか」
「後は現地を見てどうするかだな」
まとめた計画を書いたメモを鞄に仕舞う。凝り固まった体を解しながら部屋に置かれた時計を見るとちょうどお昼時だった。朝からずっと会議をしていたが、かなり時間の経過が早く感じた。やっぱり集中してるとあっという間だな。
「腹減ったなぁ」
「あぁ。そろそろ計画通り、例の店へ行くとしよう」
「あぁ、計画通りに、な」
全て計画通りだ。計画は狂わないのだ。
□ □ □ □
本日もたらふく食べさせてもらった。とても美味しいパンだ。しかも店員さんにお願いしたら幾つか買わせてもらえた。旨い旨いと言っていたら奥からシェフのような人が出てきたので素直に感想を伝えて、そのついでにお願いしたら快くOKしてくれた。計画通りである。嘘だけど。
「お腹いっぱいだ……」
「今日も食ってたね、君は……」
「あれを腹八分で満足しろと言うのは酷だと思うんだ」
「わかる」
手が止まらない。スープを浸したパンというのは最強だった。
その後は2人して帝都のお店を冷やかす。腹ごなしの散歩がてらだから質が悪い。昨日はレモンと雑貨屋という雑貨屋を冷やかしたので、今日は別の店を見たいな。
「そういえば……」
「ん?」
「例の武器はどうするんだ?」
「あー……」
ダニエラが言ってるのはクイーンズナイトゴブリンの形見の大剣だ。無骨なでかい剣。女王から貰ったとか言っていたが、エスタロスタにクイーンゴブリンは居なかった。なのであれの本当の出処は分からない。
彼奴が持っていた剣を僕は黒帝剣で折った。それは彼奴の形見だと思って取ってある。その修復の話だった。
「直す気はないよ。あれは僕の戒めだ」
「そうか……アサギがそのつもりなら何も言うことはないな」
「うん」
あれは僕が斬った。それを罪とは思わないが、忘れていい事ではない。
勿論、人を斬ったのは初めてじゃない。あの時、マリーエルを助ける為に僕は人を斬った。それからも沢山、沢山。感情は死なず、斬る度にどうしようもない吐き気と言いようのない感情が込み上げてきていたが、ある程度は制御出来てしまうくらいには斬った。それが良いこととは、今も思えない。
僕は人の命を刈り取り続けている。
「いつか僕が何も思わずに人を斬る事がないように、あの剣はあのまま、ずっと残すんだ」
「……アサギはそうはならないよ。私には分かる」
「ありがとう、ダニエラ」
ギュッと手を繋ぐと、強く握り返してくる。溢れんばかりの愛情が詰まっている気がして、僕は一人嬉しくて笑った。
□ □ □ □
店を冷やかすだけの予定だったが、昨日の話をダニエラにしてみたところ、もう準備は整ったってことだろうと言われてハッとした。
そりゃそうだ。何も買う物がないなら準備は終わっているって事だ。何処か、僕は心の中でこの帝都から離れたくないと思っていたようだ。それに気付いてしまった。
「名残惜しいなぁ」
「そうだな……しかしいつまでも此処には居られない。私達は行かなくちゃならない。時間もないしな」
もう1ヶ月もしたら雪は溶け、温かい季節がやってくる。
「……よし、挨拶周りするか」
「付き合おう」
「悪いな、いつもいつも」
「良い事だ。出会いがあり、別れがあるから再会がある。いつだってそうだ」
言葉もなく頷く。この世界に来て僕は沢山の別れをしてきた。まだ別れの数だけ再会はしていないが、遠くない未来の話だろう。




