第三百十七話 パンの可能性
翌日、フェルズ達は帰っていった。北門を抜けていく彼らを《神狼の眼》で見送ってから、僕達はギルドに顔を出してスタンピード鎮圧の報酬を受け取った。
金額は金貨300枚。無難だと思う。今は帝剣武闘会の賞金や、自動人形を売ったお金がまだまだ沢山あるが、お金いくらあっても足りないことはない。湯水のように使うつもりはないが、良い物は金額に比例するし、使う物は安物で揃えたくはない。
ギルドマスターのライカからの呼び出しはなく、あっさりとしたものだった。きっとアドラスが昨日のうちに報告してたんだろう。リーダーだから当然だな。お陰で僕は楽が出来たぜ。
「さて、じゃあこのお金を山分けして旅の準備をしようか」
「食料は任せろ」
「一番任せたくないがそのやる気を買って任せてやろう」
ダニエラに任せると屋台飯か肉の二択になるからなー……とは言え、旅道具は自分で揃えたい。新しく旅に出るなら新しい道具と、というのは男の浪漫なのだ。
「じゃあ夕方になったら『肉肉肉肉』で集合な」
「もう肉はいいよ。宿集合な。店は僕が見つける」
「はぁ……仕方ないな」
溜息をついたダニエラが僕に背を向けて町中へと消えていく。その後ろ姿はサラリーマンもびっくりな哀愁が漂っていた。
「肉没収されただけであれか……まぁいいや。僕も行くか」
□ □ □ □
雑貨屋。魔道具屋。雑貨屋。雑貨屋。食料以外の店をぐるぐる回って良い道具が無いか冷やかす。4件目の店を出てからグッと背伸びをする。
「……~~っはぁ。何か良いの全然無いなぁ。よくよく考えたら今まで結構揃えてきたし、洗練されてきたんだろうな……」
旅のスタイルという物が決まりつつあるので道具も決まってきている。ベテランジャーニーだ。この域まで極めるのは相当な経験が必要だが、基本移動が旅だからそれも早まったのかもしれない。
「テントだろ、焚き火は着火の魔道具で、皿もコップもスプーンもフォークもある。椅子なんてのは折り畳み式はないから布敷いて胡座だから……」
持ってる物を思い出しながらブツブツと考えながら通りを歩く。
「飯用の鍋はあるし、テーブルも作った。……椅子も作るか?」
「アサギ先輩」
「ん?」
『猿でも分かる椅子の作り方』を《器用貧乏》で再生しようとしてると声を掛けられた。顔を上げると其処にはレモンが立っていた。
「何だ、レモンか」
「何だとは随分じゃないですかー。久しぶりの貴方の後輩、レモンフロストですよ?」
「そんなキャラだったか……?」
灰エルフで店長の相方で僕の後輩キャラのレモンだ。ゴブリンスタンピードには参加出来なかったので帝都でお留守番をしていたはずだ。
「久しぶり。元気にしてたか?」
「ずっと一人で寂しかったですよー!」
えーんなんて泣き真似をしながら僕に抱き着こうとしてくるので灰色の頭を抑えて距離を取る。
「酷くないですか」
「ダニエラが見たら怒るぞ」
「そんな事無いですよぅ」
そんな事は……無いかもしれない。レモンはダニエラにとっても後輩だし、大丈夫だろう。
「はぁ……よしよし」
「雑ですけど、まぁ良しとしましょう!」
抑えていた頭をそのまま適当に撫でくり回し、解放した。
そのままレモンとは流れで昼飯を一緒に食べた。何でもレモンが一人で散策していた時に見つけたお店だったそうだ。落ち着いた雰囲気が印象的なパン屋だった。焼き立てのパンと旨いスープがメインメニューのお店で、僕好みの店だった。
「僕は特にあのくるみパンが好きだな」
「あ、私もあれ好きです。ベルル蜜を掛けると最高ですよ!」
「あーベルル蜜な。あれは良いものだ」
フォレストゴブリンも大好きな蜜だものな。まだ僕はあの蜜に中毒成分あるんじゃないかと疑っているが。
その後はレモンと一緒の買い物になった。とは言っても先程同様、特に買う物はないのでウィンドウショッピングみたいになってしまっている。帝都中を冷やかす男女だ。
「そういえば店長はどうしてる?」
「昨日からずーっと寝てますよ。揺らしても突いても起きないので仕方なく町に出たら先輩が居たんですよ」
「なるほどね。店長も頑張ったからゆっくり休ませてあげてよ」
「大変だったみたいですね。帝都中で噂になってましたよ」
聞けばとんでもない数のゴブリンが出たとか、でかい化物が出たとか。きっと翡翠達が祝賀会とかで言ったのが広まったんだろう。別に口止めもしてないし、思うところはない。知ったとしてもエスタロスタにはもう入れないのだから。
「アサギ先輩も頑張ったそうですね」
「めっちゃ頑張ったさ。クタクタだ」
「その割には元気そうにお買い物してますね。何も買ってませんけど……」
「あー、そろそろ帝都を出ようかなってな」
そういうとレモンが驚いた顔をする。
「もう行っちゃうんですか!?」
「もうって言うか、結構滞在したし……目的地もあるしな」
「そうなんですか……寂しくなります」
「まぁ今生の別れじゃないから。レモンがおばあちゃんになるまでにはまた顔出すよ」
「先輩何時まで生きるつもりなんですか?」
はっはっは。死ぬまで生きるつもりさ。出来れば老衰で死にたいね。ダニエラに膝枕されながら。
そんな話をしながら冷やかし続けていたらもう日が暮れそうになっていた。そろそろ宿に戻ってダニエラと合流する時間だ。
「そうだ、レモンも来るか?」
ダニエラと会う時間になった事を伝え、一緒に夕飯でもと誘ってみる。が、レモンは首を横に振った。
「ごめんなさい、そろそろリンドウさんが起きそうな気がするので宿に戻ります」
「そっか。一人にしておけないもんな」
「はい。旅立つまでにはリンドウさんも含めて4人で食べましょうっ」
その提案はとても嬉しいものだった。店長ともちゃんとお別れの挨拶はしたかったからな。
この異世界で出会えた日本の数少ない知り合いだ。離れるのは寂しいが、僕も行かなくてはならないからな……。
「じゃあその時は宿まで顔出すよ」
「はいっ、じゃあまた!」
「またな」
手を振り、人波に消えていくレモンを見送ってから僕もダニエラが待つ宿へと向かった。
□ □ □ □
日も帝都を囲う防壁より下に落ち、影が差す。それに抗うように明かりが灯り始めた頃、宿が見える場所まで帰ってきた。
「ダニエラは……あ、居る。めっちゃ見てる……」
僕を真っ直ぐ見つめるダニエラが宿の前で仁王立ちしていた。あれじゃあ誰も宿に入れないだろ……。突き刺さるような視線からは単純なメッセージが伝わってくる。
即ち、『腹減った』だ。
「悪い悪い、遅れた」
「遅い。もうお腹が空いて一歩も動けない」
「嘘つけ。ほら行くぞ」
手を引くと付いてくる。やっぱり歩けるじゃないか。
そのまま流れでダニエラと手を繋ぎながら夜の帝都を歩く。昼間とは違った雑多な人混みが妙に懐かしく感じるのは、きっと長い間森の中で過ごしたからだろう。そして長く帝都で過ごしたからだろう。これから旅立つというのにこんな懐かしさを感じていては離れられないな。
だけど、そんな後ろ髪を引かれる思いも、また旅の醍醐味だ。帰りたいと、そう思える場所があるからこそ旅立てるというものだ。
「どんな店なんだ?」
「パン屋さんだ。……うわなにその顔」
ビックリするぐらい嫌そうな顔してるダニエラ。初めて見たわ……。
「だって……夜にパンって……」
「旨いから。ほんと」
「はぁ……まぁアサギが言うなら信じるが」
何だかんだ言ってちゃんと付いてきてくれるダニエラ大好きだぜ。
そんなやり取りもしながらレモンと入った店へと到着した。もう店の外にまで香ばしいパンの香りがしている。
「旨そうな匂いだろ?」
「まぁパンは焼き立てに限るが……」
まだ此奴は肉至上主義の看板を下ろそうとしない。良いだろう、僕が夜に食べるパンというものを教えてやろう。
□ □ □ □
「うぅ……もう入らない……」
「食べ過ぎなんだよ……」
この店の可能性を甘く見ていたダニエラは一口目で落ちた。サクサクとしたフランスパンに近いパンを頼んだ僕は一緒にキノコとベーコンのアヒージョを頼んでやった。これもまたアヒージョなんて言ってるが近いものだ。雑な僕の舌に言わせれば近いと言うか一緒だが、一応異世界なので近いという自信の無い表現をしておく。
兎に角、その組み合わせにダニエラは即落ちだった訳だ。僕は僕でトロットロのチーズとダニエラと同じパンを注文した。これが一番旨い食べ方だとダニエラに教えてやったら、ダニエラは僕の分まで食べやがった。しかも追加で煮込んだ牛肉のスープを注文し、パンと一緒に食べた。そして腹を落ち着かせるとか訳の分からない事を言ってポトフも注文し、終いにはデザートだと言ってフレンチトーストを頼んでいた。
お陰様でこの様である。
「意外と腹が膨らむんだな……」
「水分吸ってるからな。でも消化は早いぞ」
「なるほど……沢山食えるって事か……」
「本当懲りないなお前は……」
うーうー唸るダニエラに肩を貸しながら宿へと戻った僕はそのままダニエラをベッドで横に寝かせてから僕も隣に寝る。久しぶりのベッドはもう味わったがまだまだ足りないと、睡魔は僕を一瞬で夢の世界へと連行した。




