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異世界に来た僕は器用貧乏で素早さ頼りな旅をする  作者: 紙風船


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第二百五十二話 奥の奥の手

「それなりの戦い方など、お前には出来んよ」


 馬鹿にされたと感じたのか、少々のイラつきを顔に出しながらアドラスが此方を睨む。煽るつもりはないが、それによってアドラスの集中力が乱れるなら結果オーライだぜ。


「何だかんだ言ったって、お前は防戦一方じゃないか」

「ふん、見くびるなよ黒兎。私の魔法は防御だけではない」


 それもそうだ。聞いた話によればハインリッヒさんは水の中に閉じ込められたそうじゃないか。そういったことも出来るとは聞いてるし、アドラスだってオリジナル魔法だけが持ちネタではないはずだ。


「『水槍(ウォータージャベリン)』!」


 アドラスの周囲を流れる水流から水で出来た槍が飛び出してきた。放たれたそれを躱しながら再び距離を詰める。


「『水刃剣(アクアソード)』!!」


 振り下ろした剣を防いだ水流から剣先が現れ、水の流れと共に振られる。体を捻り、《神狼の脚》のブーストで距離を取り、別方向から剣を差し込むが、それもまた伏せがれ、水刃剣が振り下ろされる。後方へと飛べば、其処へ水槍が投擲される。


「手も足も出ないとは、まさにこの事だな」


 なるほど、あのオートガードの水流は水魔法の媒体にもなるらしい。発動した魔法から魔法を放つ……そんなことも出来るのか。いや、アドラスが凄いとかではなく、そういう仕組もあるのだなと感心した。勉強になったぜ。


「さて……」


 そろそろ良いだろう。攻撃魔法も見せてもらった。水魔法も使える身としては見取り稽古にもなった。流石にオートガードは模倣出来ないが。


「『水刃剣(アクアソード)』」


 空いた左手に藍色の魔力を込めて剣を生成してみる。水の剣で流れるような……なんて思い込みからか、刀のような片刃の剣が出来上がった。流麗な、とは言えないが見るからに水の剣だ。水という何処にでもある媒体から作れるこの剣は使い勝手も良さそうだ。


「『水槍(ウォータージャベリン)』」


 その剣を媒体に今度は槍を生成する。いつかの三叉槍が出来上がった。沼で戦った経験からかもしれないな……。うん、魔法から魔法を生成することが出来た。


「き、貴様……それは、私の……!」

「魔法から魔法を作る技術、か? 僕ってこういうのを模倣するのが得意なんだよ」


 《器用貧乏》なもんで、自分で作るのは不得意なんだけどな。取っ掛かりさえあれば《器用貧乏》先生がやり方を教えてくれるのだ。頼りになる先生だ。

 怒りと驚愕に震えるアドラスを視野に入れながら、《器用貧乏》で再生した映像を頼りに手にした三叉槍へ紺碧色の魔力を流す。するとそれは変質し、『氷槍(アイスジャベリン)』と変化する。


「他の属性の魔法への変更も可能、と。教えてくれてありがとう」

「貴様、この私が長い年月を掛けて編み出した魔法を……よくも、よくも……!」

「見せびらかしていたはお前だよ。なら、真似されることも意識しないとな」


 誰だって自分より優れたものを見れば真似したくなる。特に僕のような一般人は強者の技を意識して吸収していかないとこの先生き残れない。その点、僕にプライドはない。挟持もない。得た技術を昇華させれば、それは僕の力だからな。


「さて、魔法の変換を学んだ僕には死角はない。お前の負けだ、アドラス」

「いいや、まだだ! まだ終わっていない!!」


 畝る水流を操り、鉄砲水のように僕へと襲いかかる。それを上へと躱すも、水は上へと流れて僕を追ってくる。空を蹴り、地に逃げても追い続けてくる水流。それに向かって僕は持っていた『氷槍(アイスジャベリン)』を投擲する。激流の中に飲まれる氷の槍を媒体に、アドラスの魔法を変質させてみる。

 が、流石に槍1本では無理だった。完全に凍らせる事は出来なかった。シャーベット状になった程度だった。


「貴様、人の魔法を……!」

「シャリシャリになっちゃったな」


 頭を失った蛇のように勢いをなくして舞台上に横たわる水流は、形を保てずバシャリとただの水となり、流れて消えていった。


「これでお前のオートガードは無くなった。もう降参しとけ」

「……まだまだぁぁぁぁ!!」


 怒りに震えるアドラスが手にした剣に水を纏わせながら襲い掛かってきた。剣を振ると幾つもの細い水流がうねりながら僕へと向かってくる。


「セイッ!」


 気合いと共に一閃。向かってきた水流の切っ先を全て切り飛ばすと散った水飛沫の向こうからアドラスが剣を振り下ろしてきた。ガキンと金属音を鳴らしてそれを受け止め、押し返そうとするが意外にも押しが強い。上から押さえ込むように伸し掛かってくる。


「しねぇぇぇ……!」

「死んだら失格だろうが……!」

「この私を此処まで虚仮にしたのは貴様が初めてだ……!」

「そりゃどうも!」


 《神狼の脚》を纏わせ、風の反発力だけでアドラスを蹴り上げる。それを受けたアドラスは僕の上を跳んで後ろ側へと転がっていく。


「『水刃剣(アクアソード)』ォ!!」


 素早く立ち上がったアドラスは右手に水の剣を生み出す。対して僕は無理な体勢から蹴りを放った所為で背中から倒れてしまった。


「『氷剣(フロストソード)!』


 シャン、という音とともに左手に氷剣を生成し、振り下ろされた剣を防ぐ。氷竜の鎧と、何度も愛用してきた魔法だから生成も一瞬だ。ほぼほぼノータイムで出せるし、何となく言い慣れてしまったが無詠唱での生成も可能だ。もうイメージが固定されている。

 体の一部と言っても過言ではない両手の剣でアドラスの剣撃を防ぎ、そして逆に斬りかかる。しかし其処はアドラスも強者。無詠唱で生成した水の盾で危うい場面を防ぐ。


「水量が少ないなら僕にも出来るぞ!」


 水盾に氷剣を打ち付け、接触した部分から凍らせる。僕の魔法で上書きされた水盾は氷盾となり、更に変質し、氷剣を取り込んで氷槍となる。鎧の魔剣をその場に突き刺し、それを手に襲いかかる。動きは槍使いバンディ=リーを模倣した。其処に昔見たカンフー映画の動きを取り入れる。元々のバンディの動きがそれに近かったこともあり、よく馴染んだ。

 槍を手に叩きつけるように、時には横薙ぎに、振り上げて、体術を混じえながらの攻撃にアドラスは翻弄される。剣を持っていた相手がいきなり槍で攻撃してきたのだ。それも仕方ないだろう。

 遂には剣が追いつかなくなったところに鋭い蹴りを打ち込み、よろめいた所を槍の石突で殴り飛ばす。


「ぅおらぁ!」

「ぐはぁあ!」


 吐いた血の軌跡を残しながら舞台を滑り、転がる。槍を構え直し、息を吐いて呼吸を整えると、会場が沸く。此処までアドラスを追い詰めた人間は居なかったのだろう。

 さて、此処でアドラスが気絶でもしてくれていれば試合は終わるのだが……。


「ぐ、ぐぅ……!」


 そう上手くはいかないらしい。よろめきながらもアドラスが立ち上がる。剣を杖にして震える足に力を入れてはいるが、もう剣を振る力も残っていないだろう。だが、その目は力強く僕を睨みつけていた。


「お前だけは……お前だけは、絶対に……」

「もう、無理だろう。その体じゃ……」

「黙れ……」


 手にした剣を強く地面に突き立てるアドラス。


「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 アドラスの絶叫に呼応して、藍色の魔力が爆発的に増大する。周囲を覆ったアドラスの魔力は魔法という体を得て、津波となって僕へと押し寄せてきた。舞台全てを覆う程の水量だ。とてもじゃないが、これを避けることなんて出来ない。アドラスも怒りに我を忘れているのか、加減なしの全力だ。避けようがないし、避けたら周りが拙い。


「アドラス! やめろ!!」

「黙れぇぇぇぇぇ!!」


 説得も出来ない……ちらりと特別観客席を見るも、皇帝は動かない。ジッと僕を見るだけだ。


「……」


 僕がどうにかしろってか……。アドラスと向き合うも、津波はどんどん水位を上げていく。いくら全力で戦うとはいっても、これは奥の奥の手だったんだが……。こんなに見られながら、使うしか無いなんて。それもこれも全部アドラスの所為だ。

 きっちりこの借りは返させてもらおう。弱い僕がこの世界で生きていく為の奥の手をバラすのだから。


 距離を取り、鎧の魔剣の元まで下がってから手にしていた氷槍を霧散させ、全身に氷の魔力を漲らせる。身に纏った氷竜の鎧がそれに呼応して鈍く光る。氷属性上昇の付与効果により、氷の魔力が増大していく。それを両手の中に凝縮し、剣の形へと生成する。両刃の直剣。刃渡りは約1m半。柄の長さは50cm。長い持ち手ではあるが、握ることはない。射出するからだ。


「『氷凍零剣(ニヴルヘイム)』」


 完成された装飾の多い、しかし透き通った大剣の形をした魔法だ。細かな凹凸が陽の光に照らされてキラキラと地面に反射させる。

 僕の奥の手だ。会場は固唾を呑んでそれを見ている。見ないでください……。


「黒兎ぃぃぃぃぃ!!」


 僕の魔法を脅威を感じたのか、アドラスが津波をけしかけてきた。ゆっくりとではあるが進んでくる津波はまるで水の壁だ。壁が押し寄せてくる。それをどうにかするしかないので、また僕は奥の手の一つを披露しなければいけない。

 魔力で生成した氷凍零剣を浮かせて空いた手で鎧の魔剣と生成した氷剣を持ち、《神狼の脚》による白銀翆の風を足に纏わせ、駆け上がる。眼前に迫った津波は少し怖いが、どうにかしないと駄目だ。後ろの席の観客達もこのままじゃ危ない。あぁ、これが何処か人の居ない平地だったらなぁ。

 3本の剣で放つこの技は黒狼・ルーガルーを仕留めた技だ。凍てつかせた対称を両手の剣で切り砕く僕の必殺技だ。


「お前! これ終わったらちょっと色々と反省しろ!!」

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」


 吠えるアドラスを一瞥し、貯めた風速で一気に加速し、津波に向かって剣を振るう。射出された氷凍零剣によって一瞬にして津波は凍結。同時に両手の剣を振るい、十字に津波を切り裂いた。


「『上社式・終霜三赤(カミヤシロシキ・シュウソウサンジャク)』!!」


 本来は対称に剣を突き立て、血に染まった氷像を砕く意味で付けた名前だ。だから赤の字が入っているが、今回はただの氷なので味気ない。


「まぁ、元々ただの氷だしな。味はしないか」


 氷凍零剣と氷剣は砕け散った。残った鎧の魔剣を肩に担ぎながら、4分割されてガラガラと砕け散る津波だった氷塊を見送る。


 アドラスの最後の足掻きは打ち砕いた。呆然とした様子でそれを見送る眼下のアドラスにはもう、為す術もないだろう。


 そして程なくして審判の沙汰が下った。勿論、僕の判定勝ちだった。

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