第二百四十四話 決着は一瞬で、そして貴族はキレる
Eランクだからといって弱いとは限らない。最初のスタートは皆、Gランクからだ。だがスタート前の準備は皆違う。
例えば事業が上手く行かず、冒険者に転身したり。例えば長い充電期間の末に、満を持して冒険者になったり。
ステータスとスキルの恩恵は何も冒険者だけのものではない。修業と努力の末に身に付くものだ。
マカデニア=ニッケもそうして身に付けたであろう投擲術は、Bランク相手にも通じるものだった。
「へははは、どうした、来ないのか?」
「くっ……舐めるなよ……。そのニヤケ面、歪ませてやる!」
両手に持つ投擲ナイフを構えるマカデニアにバンディが突進した。
勿論、それを許して懐にいれるマカデニアではない。手にしたナイフを投擲する。そのうちの1本は怪我のないバンディの右腕。その肩を狙い、そしてもう1本は……
「ふっ、狙いが甘い!」
「甘いのはお前さ!」
「なっ!?」
右肩を狙うナイフを避けたその先へと投擲していたナイフは吸い込まれるようにバンディの正面へと飛来した。慌てて槍で弾くも、推進力は打ち消された。そこへ再びナイフが飛来する。
「くっ……!」
「片腕でどこまで防げる!?」
片腕ながらも器用に槍を捌き、体を捻ってナイフを躱す。そのナイフが途切れた瞬間を狙ってバンディが再び突進した。使えない腕が邪魔になるのか、わずかに左右のブレが目立つ。
しかしマカデニアも、一体どこから出してるのかと思う量のナイフを投擲する。
バンディも同じ轍は踏まぬと、ナイフを避けた。
「おぉ?」
思わず声を上げてしまう。バンディは突進しつつも独特な足捌きでナイフを避けた。その足捌きのお陰か、避けつつも推進力は衰えない。腕の所為でバランスが悪いにも関わらずだ。あんな動きは見たことがないな……。
「くそっ……!」
悪態をついたのはマカデニアだった。あの足捌きではナイフは当たらない。当てるのであれば投擲以外の策が必要だろう。例えば落とし穴だとか、足を掬う魔法だとか。だが悪態をつくマカデニアにはそのような策がないのだろう。
苦し紛れに、先程手放した剣の元へと走るマカデニア。
「そうはさせんッ!」
それを阻止しようと、更に姿勢を低く、そして速度を上げたバンディが槍を突き出した。
空気を裂く音と共に穂先が舞台に突き刺さり、破片と砂埃を舞わせた。
「ど、どうなった……?」
ワクワクした表情のハインリッヒが柵をギュッと握り、身を乗り出す。可愛いなこの人。
そんなハインリッヒを見て、知らず知らずのうちに自分も前傾姿勢になっていたことに気付く。慌てて席の背もたれに背中をくっ付ける。ちょっと恥ずかしいな……チラリと周りを見るとカプリコーンと目が合った。ような気がした。
「……?」
気になってジッと見るも、ふい、とそっぽを向かれた。いや、舞台を見た。慌てて僕も視線をそちらに合わせる。
朦々と立ち上った砂煙は風に流され、薄まり、中の様子を影として映し出した。2人の姿が見える。しかし、ジッと動かない。
だが、それもやがて収まる。視線の集まる先にあったのは、太腿を槍で貫かれたマカデニアの姿だった。
それも両足だ。とんでもないタイミングだ。走る足が重なる瞬間を貫いたのだ。
「あー……剣の腕も磨いておくべきだったぜ」
「君の投擲術は見事だったよ」
「へはは、嬉しいね」
カラン、とナイフが落ち、マカデニアが両手を上げた。
「降参だ! 参った!」
その声に審判が舞台へ登り、声高らかに宣言する。
「試合終了! 勝者、バンディ=リー!!」
途端に再び会場が爆発した。見事な試合を見せてくれた選手への声援が言葉にならない音として2人に降り注いだ。
審判の指示により、医療班が担架を持って舞台へと登り、マカデニアは槍に貫かれたまま寝かされ、運ばれていった。槍を失ったバンディは手ぶらで此方に戻ろうとするが、医療班に左手を指さされ、怪我を思い出したようで医療班に付いていった。
「ふー……」
1回戦目から濃い内容だった。手に汗握るとは正にこの事だな。しかしまぁ、終わってみればあっという間だった。勝負というものはいつも一瞬で決まるものなのかもしれない。
ふと会場を見ると、選手が舞台から降りたにもかかわらず、未だに沸いている。それだけ良い試合だったということだろう。
が、それに水を差す奴が1人居た。
「ふん、つまらん試合だったな」
アドラスが溜息混じりに言う。しかしそれに反応する人間は居ない。
「そうは思わないか? ダニエラ」
反応が無いことに少し苛立ちながらもダニエラに振るアドラスではあるが、勿論それにダニエラが反応することもない。
結果的に全員に無視される形となった。沈黙は金。生きる上での基本的なコツだ。余計なことは言わぬが花だ。ま、この試合に関しては誰もそんな風には思ってはいないだろうがな。
それにしても前回優勝者なのに本当に人望がないな、この男には。見てくれは良いからファンは多いが、この男にとっては大した価値でもないだろう。白エルフ至上主義だからな。そして直接話せばこれだ。見た目に隠れた汚い内面。それが口を開く度に漏れ出るのだからどうしようもない。
「アドラス、沈黙は金だ」
聞いたことのないくぐもった声が聞こえた。声の発信源を探すと皆の視線がカプリコーンに向いていた。普通に話すのか……。しかし深く被ったフードの下には黒い布のようなものを巻いているのか、声が聞き取りづらい。
「ふん、この私に説教か? 身の程を知れ。冒険者風情が生意気だぞ」
「吐いた言葉は戻らない。品のない発現は自身を貶めるだけだ」
「貴様が何を言おうと私は私だ。それ以上の存在はない。それ以下の存在は、数え切れない程にあるがな」
「……」
はぁ、と溜息が聞こえる。カプリコーンでも手に負えない、ということだろう。改心を断念したカプリコーンは腕を組んで深く椅子に沈み込んだ。それを見たアドラスは鼻で笑い、正面へと向き直る。言い負かしたとでも思っているんだろうな……あぁ恥ずかしい恥ずかしい。
さて、そろそろ2回戦目だ。『白露』のレヴィ=バディと貴族のアレンビア=エフ=クインゲリア。剣士対魔法使いか……しかし形は違えどお互い氷魔法使いだ。これはまた僕の見取り稽古となりそうだ。バンディの槍捌きも非常に勉強になった。
同じAランクで二つ名持ちで氷剣を扱うレヴィも気になるが、アレンビアの氷魔法も気になる。僕としては能がないから手にしたものだけで戦ってしまうが、一般的な魔法使いの砲台的立ち回りも学習していきたい。
□ □ □ □
「第二試合はレヴィ=バディ対アレンビア=エフ=クインゲリア! 両者、舞台へ!」
審判の声に座っていた2人が立ち上がる。見た感じレヴィは自然体だが、アレンビアの方は緊張している様子だ。
舞台へと続く階段を淡々と上るレヴィ。愛用の杖をギュッと握りながら上るアレンビア。
「だいぶ緊張しているな」
その様子を見ていたダニエラが言う。僕はそれに同意の意味を込めて頷く。
「対してレヴィの方は、流石はAランクと言ったところかねぇ」
ダニエラの言葉に続いたハインリッヒが僕の隣で呟く。
「確かにランク差とか、同じ属性で考えれば緊張もしますよね」
「アサギさんも氷属性だろ?」
ばっちり調査済み。そんな風に微笑みながら尋ねるハインリッヒさんに僕もさっき考えていたことをそのまま伝える。
「そうですよ。同じ属性使いとして、興味津々ですね。レヴィさんの氷細剣。アレンビアさんの砲台的立ち回り。どれも僕には無いものです。それに、お互いにセンスは良いように思います」
「なるほどなるほど」
「僕は脳筋だから突っ込むことしか出来ませんからね。アレンビアさんの戦い方は楽しみですよ」
こうして会話することで自分の戦闘スタイルをバラす……ということに敏感になることもあるかもしれないが、控室で待機、なんてことがないこの場ならいずれは見られるし、戦闘センスの良い奴ならその場で戦略を組み立てるだろう。そんな相手を戦うんだ。今更だろう。
「はは、アサギさんは正々堂々戦うんだな」
「不器用なんですよ。生来の」
器用ではないからな、僕は。
□ □ □ □
「よ、よろしくお願いします!」
「此方こそよろしくお願いします」
緊張しっぱなしのアレンビアとレヴィが互いに礼をした所で審判の合図。
「試合開始!」
ワッと沸く会場の雰囲気にも飲まれず、お互いにスイッチが切り替わったように後方へとジャンプして距離を取った。
そして着地する頃にはレヴィの手には氷細剣が。そしてアレンビアの周囲には4本の氷矢が設置されていた。
「おぉ……」
「流石高ランクと貴族、って感じだな」
思わず声を漏らす僕と軽く解析するダニエラ。あのちょっとした間ですら攻撃の為の準備に必要な時間となると、僕はかなり無駄が多い戦い方をしているように思う。それでも生き残ってこられたのは偏に森狼、神狼の加護のお陰だろう。
睨み合いが続く。アレンビアはレヴィの一挙手一投足を。その視線を受けるレヴィは、どこか他人事のような立ち姿で剣も構えない。だが、視線は逸らさない。
会場が固唾を呑んで見守る中、動いたのはレヴィだった。スッと、何でもないように氷細剣を持ち上げた。それに反応して3本の氷矢を。そして時間差の1本を放つアレンビア。
「ふっ」
それを笑うレヴィ。僕には分かる笑みだ。あの動きはあからさまなフェイントだった。過剰に反応してしまったアレンビアはそれに釣られて氷矢を放ってしまったのだ。しかしそこは英才教育を施されて当たり前の貴族。ただ放つだけではなく、時間差という小手先を披露した。
レヴィは迫る氷矢を最小限の動きで避け、最後の1本は氷細剣で打ち落とした。
ドッと会場が沸く中、余裕の笑みを浮かべるレヴィと、釣られてしまった事に顔を顰めるアレンビア。
「どうですか? 緊張は解れましたか?」
「え?」
レヴィの声に眉間の皺を消し、小首を傾げるアレンビア。
「いえ、とても緊張されていたようでしたので、少し剣を……貴女は魔法ですが。交えれば緊張も解れるかと思いまして」
「し、試合中に対戦相手の心配ですか……!?」
馬鹿にされたと今度は表情を怒りに染めるアレンビアに、慌てて手を振って誤解ですと訴えるレヴィ。
「違うのです。全力で戦って欲しいのです。緊張して上手く動けずに終わりなんて、詰まらないじゃないですか」
「全力で戦って、それでも勝つと言いたいのですか……大した自信ですね。流石はAランク。腹立たしい」
変な力みでミスをするような相手と戦いたくないと言うレヴィと、そんな気遣いすら癪に障ると言うアレンビア。
お互いに丁寧な口調ではあるが、平行線のままアレンビアだけが逆上していく。意外と短気なのかもしれないな……レヴィの気持ちも分からないではないが、相手によりけりだ。それが気に食わないという人間も居る。緊張していると見抜かれた事、そして緊張していたという事実にも腹が立ってしまうものだろう。
それも、アレンビアならではなのかもしれない。何故なら、彼女は貴族だ。
「良いでしょう。私の全力を以て貴女を排除します。このアレンビア=エフ=クインゲリアの名を貴女に刻み込んであげます! Cランクだからと言って舐めて掛かっては1回死にますわよ!」
本気を出すアレンビアを嬉しそうに見るレヴィ。見た目はお淑やかな感じなのに、実はあれでいて戦闘狂染みた嫌いがあるようだ。人間、分からないものだな……。
さて、貴族様のお手並み拝見といこう。




