第二百三十三話 Bグループ予選
レモンを宿まで送ってから僕達は涼しくなった風にアルコールで火照った体を冷ましながら宿泊施設まで戻った。レモンの宿は結構立派で、羨ましく見ていたらダニエラが絶望しきった顔で宿を見ていた。後から聞けば、そこはダニエラが断られた宿だったそうだ。なるほど……あれが僕が断られた宿だったら同じ顔をしていたと思う。
「夜も随分涼しくなったな」
「帝剣武闘会が終わって少ししたら本格的に冷えてくるはずだ」
「そうなのか……冬、か」
思えばこの世界に来て結構経った。夏のような暑さがなかったので四季はなく、1年中安定した気温なのかと思っていたが冬はあるそうだ。夏が苦手な僕としては有り難い。氷属性だし。
「フユ……というのはアサギの国の言葉か?」
「あぁ。気温が下がり、草花は枯れて雪が降る季節の事だ」
「ふむ……」
この世界には無い言葉だったか。てっきり、過去の勇者辺りが広めてそうだったが……夏が無いから広まらなかったのかもしれないな。
「私達はこの時期を氷雪期と呼ぶ。水が凍って雪に覆われる厳しい時期だ」
「じゃあ僕もそう呼ぶかな。その方が伝わるだろうし」
「ありがとう、アサギ」
郷に入っては郷に従えと言うしな。地域のやり方に合わせた方が都合の良いことは沢山ある。
そんな話をしながら歩く帰り道。澄んだ空に浮かぶ星が綺麗だった。
□ □ □ □
翌朝、ダニエラを無理矢理起こして闘技場へと向かった。予選2日目である今日は既に屋台が並んでいる。最近は生活の中で屋台飯が良く出てくるので、ついでに買い足しながら昨日と同じように別の列から入場する。担当さんは昨日と同じだった。
「おはようございます、アサギ様」
「あ、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「はい、畏まりました」
僕と、ダニエラの分のステカを出して入場許可を貰う。
「ダニエラ様ですね。本戦頑張ってください」
「ありがとう」
ステカを受け取り、会釈してその場を後にする。一つ扉を抜ければそこはもう会場で、観客に混じって僕達は観客席を進む。昨日であれば席を確保するのに大変だったが、今日は……
「あ、先輩方! こっちですー!」
頼れる後輩が席を2つ確保してくれていた。レモンを挟んで座る。うん、良く見える良い席だ。
「ありがとう、レモン」
「そんな、ダニエラ先輩のお役に立てたなら嬉しいですっ」
昨日の別れ際、レモンが席を確保することを提案してくれたので僕達はそれに乗っかった。レモンの方が南区で闘技場より遠いのに……とか思わないでもなかったが、ダニエラが起きないので実質レモンの方が早い。ダニエラを見捨てれば最速で動けるんだけどね。後が怖いからやらないけれど。
「もうすぐ始まりますよ。今日はC・Dランクの試合です!」
「なるほど、4日あるからAからGまでの間で纏めてやるところがあるんだな」
「先輩、説明にありましたよ……?」
悪いな、僕は聞いてないから知らないんだ。という顔をすると呆れられた。
「1日目はEからGまで。2日目はCはとD。3日目はBランク。4日目の最終日がAランクの予選です」
「強さ的にもバランスが取れている訳か」
「そうですね。Bランクからは自力が伸びてくるので分けられています」
結構考えてあるんだなーと考えていると周りが歓声に包まれた。会場を見ると選手が入場してきたみたいだ。昨日と同じ、約50人。ランクアップしてなかったら僕はあの中に居たはずだ。尤も、推薦状があるので予選は通過していたが。
「すぐに始まりますよ。此処からはスキル、魔法が発展してくるので試合スピードが上がります。要チェックですよ!」
「そういうことなら……」
一度目を閉じてじっと集中する。そしてゆっくりと開くと僕の目の色は変わっている。《神狼の眼》だ。これはレイチェルの眷属となって得た付与スキル。所謂千里眼だ。
「え、アサギ先輩ってそんな目の色でしたっけ」
「ユニークスキルだよ。遠くがよく見えるんだ」
「凄いです……!」
可愛い後輩がキャッキャと喜ぶので頭を撫でてやりながら舞台を見る。《器用貧乏》と併用しながら上手く調節すると、舞台の外くらいの距離から見える感じになる。
このスキルの使い方はレイチェルに教わってないので少し難しいんだよな……。《器用貧乏》先生に教わりながらでないとピントが合わないのだ。要練習だな。部屋の窓から外を眺めよう。
「視線はすぐ傍でも声が聞こえないのは気持ちが悪いな」
「贅沢言うな。私達は目を凝らしてないと分からないんだぞ」
「うぅ……すみません。明日はもっと前の席を確保します……」
「いや、レモンは悪くない。すまないな、傷付けるつもりはなかったんだ」
「ダニエラ先輩……っ」
「おい、始まったぞ」
何だか左隣が妙な雰囲気だが、舞台の上では戦いの火蓋が切って落とされた。再び周りが声援に包まれながら、僕達はジッと舞台上を睨む。
まだ始まったばかりで何も起きていない……なんてことはない。魔法による火炎、氷塊、稲光が所狭しと暴れる。規模は小さいが、魔法は魔法だ。他属性は詳しくないが、氷属性だけ見れば初歩の初歩のように見える。魔法と言うよりは氷のぶつけ合いだな。バスケットボールくらいの氷を生成して飛ばす。それだけだ。それだけだが、当たると痛い。
「やはり魔法が出て来ると沸くな」
「はい。ですが、最終日はもっと見応えがありますよ」
ダニエラとレモンの言う通り、昨日の小手先を駆使した戦いよりも見た目が多少派手な分、会場も湧いているように思う。
「あの選手……」
「ん? どの選手だ? アサギ」
「舞台の右端の女だ」
見るからに魔法職という出で立ちの女は立派な杖を持つ。そしてその周りに盾を持った選手が4人。何故か女に背を向けて立っている。あれはどういうことだ?
「守ってる…のか?」
「そう見えるな」
ダニエラと2人で頭の上にはてなを浮かべているとレモンが答えを出してくれる。
「あれは貴族ですね」
「貴族?」
「はい。冒険職になって見聞を広める……というのが目的だったり、長男が家を継いであぶれた弟や妹が冒険者になってその道を極める……というのもあります。貴族ですから、教育はしっかりしているのですよ。剣術、魔法、その他の知恵。使える知識を持つ人間を呼んで教育させる訳です」
「なるほどな……」
今までぶっ飛ばしてきた冒険者の中に貴族が居なければ良いのだが。貴族でも冒険者をやっていればそれに染まることもあるだろうしな。
少し考えなしだった頃を思い出して嘆息していると、貴族女が杖を掲げて魔法を使い始めた。魔力の色は紺碧。僕と同じ氷属性だ。
「ほう……」
そうしても意味がないと分かっていても思わず前のめりになる。貴族女が使った魔法は『氷縛り』だった。地面に流した氷属性の魔力で敵の足を固める魔法だ。掲げていた杖をカツンと地面に立てれば、範囲は狭いものの魔法が発動した。足を凍らされた選手達が突然の出来事に転んだり、ぶつかったりしている。放とうとしていた魔法が暴発したり、流れ弾に当たったりとてんやわんやだ。このバトルロイヤルでは上手い手だ。実際、出場する気でいた僕も使おうと思っていた魔法だ。自慢じゃないが僕なら舞台全てを凍らせることが出来るだろうしな。
そして、動きが止まった選手を盾を持った護衛達が攻撃していく。盾で叩いたり、抜いた剣で打ち付けていき、降参か気絶させていた。
「うわぁ……」
「汚いが、ルール違反ではないのが何とも言えんな」
「毎回、ああいう選手は出てくるそうです。アルカロイドを離れられなかったので実際には見てないですが」
商人や冒険者にいつも話を聞いてたんです。とレモンが言う。衛兵職だから出来る情報収集だな。
結局、貴族女は最後までその戦法で予選を勝ち抜いた。何度か魔法をぶつけられていたが、盾持ちがそれを跳ね除け、守り、貴族女が魔法を放つ。氷の礫や、時には『氷矢』を放ったり。1本だけだが。
途中、危ない場面もあった。火属性使いの男が渾身の火炎球を飛ばしてきたのだ。反属性の魔法に貴族女も慌てたが、結局盾持ちに庇われ難を逃れる。しかしその魔法にやられた盾持ちが舞台から落ちたのだ。護衛が居なくなり、どうなるかと思われたが、その護衛が落ちたことにより舞台上は2人になった。予選終了である。
「結局残ったのは火属性と氷属性の魔法使いか」
「凄まじい展開でしたね……」
「他の選手があと1人居たら貴族女は敗退してただろうな」
予選を見届けた僕達は会場を後にしながら先程の光景に盛り上がる。
2人を後ろから眺めながら僕は《神狼の眼》で見た光景を思い出す。青褪めながらも、覚悟を決めた顔をしてた貴族女。あれは切り札があるって雰囲気だったが……どうだろうな。気になるところではあるが、本戦で当たったら分かるだろう。楽しみだ。




