第二百三十二話 白と灰と肉
「ふぅ……ん、アサギ。帰ってたのか」
「ただいま、ダニエラ。服着ようか。お客さんだ」
「お久しぶりです、ダニエラ先輩っ」
まさに風呂上がりと言わんばかりに大きめの布を巻いたダニエラが風呂場から出て来て、僕を見つけた。その僕の陰にはレモンが居た。まぁ、女性同士だし取り乱すこともないが、客だからな。失礼のないようにいかないといけない。
「む、お前は灰エルフの……」
「はいっ! レモンフロスト=グラシルフです!」
「あぁ、そうだった。遊びに来たのか?」
「ダニエラ先輩が二日酔いと聞いたのでお見舞いに!」
「ふふ、ありがとう。私なら平気だ。もう治った」
グッと腕を曲げて力こぶをつくるふりをするダニエラ。元気になりましたアピールは良いが、服を着ないと風邪を引いてしまう。
「着替えるから少し待っててくれ」
「りょーかい」
ダニエラが着替えも持って別室に言ったのでその間に僕は食事の準備をする。と言っても屋台飯だが。
「アサギ先輩、私もうお腹いっぱいです」
「ダニエラの分だよ。食いしん坊か」
分かってて言ってるのか、レモンは僕の返しにクスクスと笑う。本当に後輩キャラだなー。バイト先でも後輩は持ったことがないから新鮮な気持ちになる。僕が持った後輩はギャルゲーだけだ。
そんな後輩と話しながら各地で味が違う串焼き肉、甘辛い野菜炒め、サンドイッチなどを並べているとダニエラが着替えてきた。おしゃれリーダーは普段着からおしゃれだ。流石と言わざるを得ないな。ああいうのを見ると僕も何とかしなきゃと思うが、何からすれば良いのか分からないからな…アマリリスさんから服は買ったが、まぁ、また今度で良いだろう。
「私の分か?」
「うん。僕達は会場で食べてきたから」
「そうか。悪いな」
「いいよ」
気にせず食べてくれとダニエラに差し出す。まぁダニエラは食べることに関しては毒以外は気にせず食べるから問題ない。
ダニエラが旨そうに食べるのを見ながら僕達は今日あった予選の話をすることにした。
予選で見たバンダナの男と二刀流の男。あの2人は本戦出場だ。つまり、僕達とも対戦する可能性がある。あの2人のやり方に対策を立てておくべきだ。
まずは2人の戦い方をダニエラに話した。シャキシャキと野菜炒めを食みながら難しそうな顔をするダニエラ。ゴクンと飲み込んでから口を開いた。
「まぁ低ランク選手の中では抜きん出ている方だとは思うが、それ程恐れる相手には思えないな。バンダナも二刀流も結局正面からは戦えないからその戦法だし、まっすぐ正面からぶっ飛ばせば何も問題ないと思う」
「警戒してた僕が馬鹿みたいだ」
「私は参加しないので焦る気持ちはないのですが、なんというか、目から鱗? な気持ちです」
それちょっと違う気がするが。でもあの予選を生き残る知恵はあるのだから、警戒してやり過ぎな感じはしないけどな。土壇場での動きというのは読めないし、大どんでん返しということも有り得るからなぁ。ま、ダニエラに言わせれば『ぶっ飛ばせば良い』だが、僕は僕で勝手に警戒しておこう。もしかしたらユニーク持ちかもしれないし。
と、あれやこれや話していたらいつの間にか夕暮れになっていた。久し振りに他人を交えての会話だったので気付かないうちに盛り上がっていたようだ。改めてテーブルの上を見ると色々食い散らかしている。友達が家に来た後みたいになってて、ちょっと懐かしくなった。
「あ、いつの間にか夕方ですね! 私はそろそろお暇させてもらいますっ」
「レモンは宿を取っているのか?」
立ち上がるレモンを見上げたダニエラが尋ねる。
「はいっ! 南の宿場街に一部屋取ってあります!」
「そうか……良いな……」
「はいっ!」
ダニエラの羨ましそうな、それでいてちょっと卑屈な雰囲気に対してどこまでも元気なレモン。この子はきっとちゃんと予約して宿を取ったのだろうな……新人冒険者とは言え、衛兵やってた頃の貯蓄とかあるだろうし、それなりの宿に泊まってるんだろうな……。
「ふ、2人ともどうしたんですか?」
「いや、何でもない……」
「あぁ……気にしないでくれ……」
「は、はい……」
陰鬱な雰囲気にあわあわと慌てるレモン。きっちり30秒、落ち込んだ僕達はバッと立ち上がる。
「よし、じゃあ行こっか」
「へ? 行くって、どこに……」
「これから飯を食いに行くんだ。夕食の時間だろう?」
僕がレモンの右腕を掴み、ダニエラが左腕を掴む。小柄なレモンはちょっと浮きながら僕達に連行される。こういう時は旨いもん食って、酒を飲むに限る。ダニエラと僕の意見が一致した瞬間だ。
部屋を出て、再び外出する旨をハイペリカムさんに伝えて僕達は西区の飯屋を目指す。この辺は冒険者が多いので食べる所も多い。この時間帯は帝都で一番賑やかな場所だ。
ガヤガヤと騒がしくも気持ちの良い活気の中、今日は何処にしようかとダニエラと2人で辺りを見回す。レモンはあまりこの辺りは彷徨かないようで、お2人に任せますと言ったきり大人しくなってしまった。
「ふーむ……」
「迷うなぁ。レモンは何が食べたい?」
「あ、私は何でも……!」
今日は奢りだとダニエラが言った所為で恐縮しっぱなしのレモンはわたわたと手を動かしながら遠慮してしまう。
「困った時は肉だな」
「お前は困って無くても肉だろう」
「まぁそうなんだが……」
「じゃあ今日は焼肉でも食うか」
困った時の肉頼み。今日は鉄板で肉を焼く事になった。そうと決まれば店を探そう。この辺りで焼肉屋は無いだろうか。何処もかしこも良い匂いで焼肉屋特有の香りがしない。まぁ、焼肉のタレなんて無いからあの懐かしい香ばしさは味わえないのだが……。レシピ、覚えておくんだったな。
食べたい物は決まったが店が見つからないまま歩くこと数分。漸くではあるが僕達はお店を見つけることが出来た。『肉肉肉肉』と掲げられた看板。肉肉しいにも程がある。どストレートな看板の下の窓から中を覗くと、僕達が夢に見た光景が広がっていた。間違いない、此処は焼肉屋だ。
「いらっしゃい!」
と、店内を覗いていると声を掛けられた。
「あ、すみません。3人なんですけど席空いてますか?」
「ちょうど空いてるよ! どうぞ!」
レモンに負けないくらい元気なお姉さんに案内されて僕達は店内へと入っていく。流石にこの時間ともなれば店内は大繁盛で、席が残っていたのが奇跡だなと思える。此処はきっと大人気店に違いない。
「ご注文は?」
「肉だ。とりあえず肉を沢山だ」
「ダニエラ……」
既にナイフとフォークを握ったダニエラが真顔で店員に伝えて、僕は溜息を吐く。子供じゃないんだから……。
「すみません」
「いえいえ! では厚いのをお持ちしますね!」
引き気味だったので謝罪をし、とりあえずの注文としてステーキ肉を頼んだ。
それから程なく肉が運ばれ、熱々になった鉄板で豪快に焼き、それを頬張った。ダニエラは勿論、レモンもご満悦のようで見ていて気持ちの良い食べっぷりだった。僕はひたすら焼きに徹して2人の喜ぶ顔を眺める。ちょいちょい摘む程度だけど、満足感は2人と同じくらいだったと思う。
僕がお腹いっぱいになった頃には腹がはち切れるんじゃないかと思える程に詰め込んだダニエラとレモンがそこに居た。
「アサギが焼くから……」
「絶妙な焼き加減がいけないんです……」
「僕の所為にするな。絶対吐くなよ……」
肉が勿体無いからな。と注意すると刺激を与えないようにそーっと歩き始める2人。まったく、エルフという人種は皆こうなのか?
まぁ、腹ごなしに歩けば胃も落ち着くだろう。歩みの遅い2人を後ろから眺めながら僕はクスリと笑う。ダニエラも久し振りに同族と話せて楽しそうだったし、今日はレモンに会えて良かった。
ん? 桃エルフ? そんな人は知らない。




