第二百三十一話 Aグループ予選
刃の落とした武器を手に戦う低ランク達。総勢50人でのバトルロイヤルを行う予選では全員が敵だ。目の前の男を倒している間に後ろの女にやられる。纏めて魔法で潰そうとしたら団結した敵達にやられる。
何が勝ちに繋がるか分からないのがバトルロイヤル。しかし戦えば必ず負け、必ず勝ちがある。引き分けても敵は減らない。そんな中でも勝ちの道を進む者が本戦へと出場出来る。
「あの銀の軽鎧の選手は凄いですね」
「あの身のこなしは中々ですよ」
僕とレモンが注目している選手の戦い方は、悪く言えば卑怯。良く言えば狡猾。……良いのか悪いのか分からないな。だがその戦い方には目を引くものがある。
「あ、また」
「目の付け所が素晴らしいですね」
「弱いところを狙っていくね……」
剣を持った冒険者と槍を持った冒険者が居た。剣の方は槍の間合いに中々入れず、ジリジリと後退していく。此処で背を向けると一突きだ。そしてその隙を逃さないと槍の方は前へ進む。もう槍の間合いだ……というその瞬間、剣の男が背後から蹴り飛ばされた。もうすぐ突き出される槍に気を取られた瞬間だ。槍の男も驚く。急に剣の男が飛び出してきたからだ。
そして現れた第三者は手にした剣でまず、槍の男を打ちのめした。そして起き上がった剣の男を再び背後から剣で打つ。あっさりと第三者が漁夫の利を得てしまった。
僕達が見ていたのはその第三者の男だ。動きやすい軽鎧を身に着け、青いバンダナを巻いた男。
「彼なら勝ち進みそうですね」
「うん……やり方は汚いが、この予選では良いやり方だと思う」
普段ならちょっと引くけど、周りが敵しか居ない場所では上手い作戦だ。
「うーん……他に面白そうな奴は……」
「先輩先輩、あの端っこの二刀流は面白いですよ」
「……ほほう」
僕はレモンが指差した先の選手を見る。手にした二刀で切りかかってくる人間を往なして場外に叩き出している。確かに場外に出れば失格扱いだ。その為の限られたスペース。あのやり方も面白い。
今もまた、両手斧を振り下ろしてきた選手の攻撃を左手の剣で流し、よろめいたところで右の剣を膝に打ち込んだ。バランスを崩したらあとは蹴る。それだけで場外だ。なるほど、良い手だ。既にその二刀流の後ろには10人程の人が座っている。場外失格者だから何もすることがないのだろう。お行儀よく座る姿は面白い。
「……あの2人くらいか」
「そうですね。あの2人が本戦進出ですかね」
「え? 2人出られるの?」
「そうですよ。各グループから2人選出です。アサギ先輩、ルール説明聞いてなかったんですか?」
「はは、寝坊しちゃって」
いや本当はばっちり予定通りだが。後でその都度その都度聞けばいいやくらいにしか思ってなかったし、何より寝たかった。
「もー、先輩ダメダメですね?」
「いやぁ、面目ない」
「じゃあ不肖、後輩である私が教えてあげましょう!」
「お願いします、頼れる後輩」
「ふふ、しょうがないですねっ」
ほら、こうして聞けば解決だ。
ということでレモンフロスト後輩に帝剣武闘会の主なルールを教えてもらいました。
今行われている予選からは2人の勝ち残った選手が進出する。それ以外は残念無念また来年だ。予選での勝ち負けの判定は降参か気絶か場外。バンダナの男は気絶と降参。二刀流は場外で予選を勝ち抜いている。
これと同じ予選をあと3回行い、本戦が始まる。本戦は各グループを勝ち抜いた8人と推薦選手、前回優勝者によるトーナメント戦だ。レモンに拠れば今回の推薦枠は3人。僕とダニエラと、あと1人。誰だろうな。まぁ、合計12人が戦うことになる。
本戦でも降参、気絶、場外が基本だ。あとは、不慮の事故がある。これに関しては帝国が提供する身代わりの魔道具があれば問題ないとのことだが……大丈夫と言われても死にそうになるのは御免だ。効果はイヴを見て分かってはいるが、な。致命傷となる攻撃だけを身代わりとする魔道具か……いくらぐらいするんだろう?
「……とまぁ、そんな感じですね」
「なるほどなるほど。よく分かった。ありがとう」
「いえいえ! 先輩のお役に立てたなら!」
ニコニコと笑うレモン。その笑顔は眩しく、ついつい灰髪を撫でてしまう。先輩気分ってやつだ。
「う……先輩?」
「先輩からのご褒美だとでも思ってくれればいいよ」
「わ、かりました……」
顔を赤くしながら俯く姿はとても年上とは思えないな……人間で言えば僕より年下かもしれないが。ま、偶には先輩面も悪くない……お?
「予選、終わったみたいだ」
「あ、ですね。やっぱりあの2人が勝ち残りましたか」
Aグループの予選を制したのはバンダナの男と二刀流の男だった。あの2人が飛び抜けていたからな……当然の結果だった。
今日はこれでおしまいだ。結構早い時間に終わるんだな……なんて思いながら撫でていると会場の人間がぞろぞろと出口に向かって移動を始めた。僕も一旦宿に帰ろうかな……ダニエラが心配だ。
「じゃあ僕も帰るよ」
「あ……もう帰っちゃうんです?」
「うん。ダニエラがね、二日酔いで唸ってるから戻ってあげないと」
「そうですかー……あ、じゃあお見舞いに行ってもいいですか?」
ポン、と手を叩いたレモンが小首を傾げながら尋ねてくる。チャーミングな仕草だな。可愛い後輩だ。勿論、後輩の頼みを断る僕ではない。ハイペリカムさんに事情を話せば通してもらえるだろうし、最悪ダニエラを引き摺ってくれば見舞うことは出来る。
「じゃあ行こうか」
「はいっ!」
僕とレモンも立ち上がり、出口に向かう。結構な人間に押しつぶされながらやっとの思いで外に出たら、外はお祭り騒ぎだった。屋台が所狭しと並んでて、香ばしい匂いや、酒の匂いを漂わせている。来るまでは何も無かったんだが……。
「これが帝国名物『早屋台』ですか……」
「はやや……なに?」
「『早屋台』です。祭の匂いを嗅ぎつけて屋台がやって来るんですよ」
何処からともなくやって来て屋台を用意する、神出鬼没な屋台。それが『早屋台』だそうだ。帝国名物ね……ダニエラが喜びそうな名物だ。ついでだしダニエラに何か買っていこうかな。先輩として後輩にも奢ってやらねばならんし。
ということで僕とレモンは屋台で買った物を食べ歩きながら北区の宿泊施設まで帰った。
ハイペリカムさんは気怠げに中へ入ることを許してくれたから僕とレモンは並んで階段を登り、316号室を目指す。
「軍の施設ですか……初めてです」
「衛兵だった時でも来たことはないの?」
「はい。衛兵と軍は所属が違いましたから」
帝国が大本の上司なのには変わりないが、細かい区別を付けると衛兵と軍は別物らしい。違いが分からないが、違うと言うのなら違うんだろうな……。
なんて話をしてるとあっという間に部屋に着いた。鍵を取り出してガチャリとロックを外す。ドアノブを捻って引けば白い清潔感あふれる部屋は顔を出した。
「どうぞ」
「お邪魔しまーす」
律儀に会釈しながらレモンが入った所で僕も中に入り、戸締まりをする。レモンはキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回しながら奥へと入っていく。その後を置いながら歩いていると水音がした。
「ん……?」
音は風呂場からだ。ダニエラかな。ていうかダニエラしか居ないか。通り過ぎて寝室の方へ行くと案の定、もぬけの殻だ。起きて酔い覚ましに風呂……そんなところか。
「アサギ先輩、ダニエラ先輩が居ないです」
「あぁ。多分風呂だ。さっき音がした」
「なるほど……」
「何もないけどゆっくりしててくれ。もうすぐ出て来ると思う」
「了解ですっ」
ビシっと様になった敬礼をしたレモンに苦笑しながら、僕は荷物を降ろした。




