第二百四話 大きな謎の木の下で
活動報告にも書きましたが、タイトルを少し変更しました。やはり器用貧乏の文字が入ってないとと思ったので……。
混乱してしまうかもしれませんがこのタイトルで話を書きたいので、どうぞよろしくお願いします。
ミスターの幌馬車が眼下で全力疾走している。朦々と土煙を上げながら走る馬車はまるでレースのようだった。あまりにも必死な走りっぷりに馬の心配をしながら降下する。徐々に速度を落として合わせ、並走しながらミスターに話し掛ける。
「お疲れ様です。速度を落としても大丈夫ですよ」
「へっ!? あ、アサギさん!?」
これ以上無いっていうくらいに綺麗な二度見をしたミスターが驚きながらもゆっくりと速度を落としていき、やがて停止した。後方の馬車もそれに続いて停車する。
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、まったく問題ないです」
「あの巨人相手に問題無しですか……」
私は運が良いみたいです。とミスターは疲れたように笑った。まぁ自分で言うのもなんだが、こんな高ランク冒険者が護衛クエストに出るのは稀だろう。リハビリのようなものだしな。ただ、こうした人と人との出会いというのは旅の醍醐味でもあると思っているので、嫌いではない。
「ふぅ……さて、全力で走ったお陰で大幅に短縮した訳ですが、全力で走った所為で馬を休めないといけません」
「問題ないです。そうですね……彼処に見える大きな木の下辺りで野営しますか」
「了解です」
ミスターの提案に従い、野営予定地までゆっくりと進む。従うも何も彼が雇い主で僕達は護衛なのだから逆らう理由がない。それにしてもデカい木だ。結構離れてる感じだが、何の木だろう?
□ □ □ □
歩きながら自然と話は先程の戦闘のことになる。
「アサギさんのお噂は耳にしていました。その両足に纏う風のスキルで目にも留まらぬ速さで戦うと」
「目には留まりますけれど、まぁ、概ねそんな感じですね」
悪名と共に広まる尾鰭背鰭胸鰭。火のない所に煙は立たぬとは言うけれど、まぁまぁ立派な狼煙である。
「あの異形の巨人はどうやって倒されたんです?」
「それはもう、企業秘密ですよ」
氷凍零剣が広まるとまた碌でも無い噂が出来上がる。目に見えているね。
「ははっ、銀翆の奥の手という奴ですか。怖い怖い!」
「アサギは出来ることは何でもするタイプだ。神速のスキルと、剣。魔法。それだけあればあのような巨人は赤子の手を捻るようなものだな」
ダニエラが勇者語を混じえながら身内自慢をする。あんまり持ち上げられると恥ずかしいのでそれくらいにしてやって欲しいぜ。
結局、ダニエラのアサギ自慢話に花を咲かせながら、商隊は大きな木の下まで進む。僕は赤くなった顔を見られたくなくて後続の馬車の中へと隠れていたのだが、前方のミスターとダニエラの会話が聞こえてきたので顔を出す。自慢話ではなさそうだ。
「どうかしたのか?」
「アサギ、先客だ」
「先客?」
《神狼の脚》の練習がてら、ミスターの馬車へと飛び乗ってされより更に前の木の下を見る。すると、そこには大きな商隊が木の周りをグルリと陣取っていた。5、6台の馬車を停車させ、既にテントも設置されており、焚き火まで焚いていた。
今更どうすることも出来ない。馬も辛そうだし、どうにか場所を分けてもらおう。と、ミスターとの話し合い、とりあえずその商隊の傍で停車する。御者席から降りたミスターに続いて手前で此方を見ていた護衛らしき男性に話し掛けた。
「すみません、この商隊のボスは何方に?」
「あっちのデカいテントだ」
「ありがとうございます」
一応、護衛ということで僕が率先して取り次いでいく。各々がだべっている間をすみませんすみませんと唱えながら奥のテントへと進む。
大きな木の真下。その幹の傍に建てられたテントは猟師小屋程の大きさだ。遊牧民のテントを彷彿とさせるその外観から視線を下げると、2人の男女が剣の柄に手を掛けながら此方を見ている。仕事熱心だなぁと思いながら両手を上げて戦う意志が無いことを示す。
「いきなりすみません、此方の商隊のボスにお願いがあってやって来ました。取り次いで貰えますか?」
「……そこで待て」
寡黙っぽい男性が女性に目配せしてからテントの中へと入る。目配せされた女性は一歩横に移動して入口の前に陣取る。本当に仕事熱心だ。
それから暫く待たされた。女性に『いやぁ、大きな商隊ですね』と話し掛けても無視されるし、ミスターも何処かソワソワしている。シャンとしてくれ、ボス。
やることもないので辺りを見回していたらテントから男性が出てきた。
「お会いになるそうだ。武器を其奴に預けてついて来い」
「分かりました」
厳重だな。そんなに大物なのか? と訝しみながら霧氷石の槍と、剣帯と鎧の魔剣。腰マントに仕舞っていた足切丸を押し付ける。無視された仕返しにちょっと乱暴にしてやったぜ。睨まれた。なんなら舌打ちもされた。怖い。
ダニエラは死生樹の武器を手放すつもりはないと言い、その場で待つことになった。大事な物だしな。仕方ない。僕も武器は大事だが、僕が行かないことには駄目だろう。ダニエラに虚ろの鞄を預け、ミスターは護身用のナイフを渡して2人で中に入る。
テントの中は適度に温かく、心地良い。が、その心地良さを塗りつぶす程の香の匂いが僕の不快指数をガンガングイグイズイズイ上昇させてくれる。無駄に綺羅びやかな調度品も一役買ってくれていた。
その最奥。これまた無駄に大きな椅子に太った商人が座っていた。あぁ、太っているから椅子が大きいのか。椅子に関しては無駄のない設計だ。
「で? 何だお前等は」
「ミスター古美術店の者です。今夜の野営地として見定めていたこの場に貴方が居たので、どうか少しでも場所を分けて貰いたいと思い、交渉に来ました」
「場所は無い。他所へ行け」
「……」
オッケー、こういうタイプね。分かった分かった。寧ろ分かってた。
「まぁそう言わず、お願いしますよ」
「無いと言っただろう。私を怒らせるな」
「先程、大きな魔物に襲われた際に全力で逃げたので馬も限界なんです」
「知らん。私には関係ないことだ」
取り付く島もないとはこのことだ。あーぁ、めんどくさ。仕方ないから餌を撒くしかないか……。
「そうですか……いや、何も僕達もタダで場所を寄越せとは言ってないんですけどね」
「ん……? 何かあるのか?」
「いえ、まぁ先程襲ってきた魔物の素材をと思ったんですけど、しょうもない魔物なので釣り合わないです。期待させてすみません。ついでにお邪魔してすみませんでした。僕達は別の場所を探すことにします。失礼しますね」
「ふん……ならさっさと行け。鬱陶しい」
僕は会釈してテントの出口に向かいながら傍に居たミスターに話し掛ける。
「ミスター、馬にグレンデルを食わせれば回復しますかね?」
「えっ、いや……私はその辺は門外漢なので……」
「ちょっと待て!」
ニヤリと笑う。食いついた。
「はい?」
僕は心底不思議そうな顔で振り返る。
「今、何と言った?」
「え? いや、新しい場所を探すので失礼しますと」
「その後だ!」
「えーっと……」
白々しく首を傾げて煽る。
「えぇい、グレンデルと言っただろう!!」
「言いましたっけ?」
「言った!!」
「記憶に無いですね」
「ふざけているのか!?」
「仮に言ったとしても貴方に何か関係あるんですか? 僕達はさっさと野営地を探さないといけないんですよ。なので、失礼させてもらいますね」
「くっ……!」
太った商人は僕達を引き留めようと、何か無いか辺りを探る。しかし僕には見えている。それだ。その、パンパンに詰まった革袋。そう、お前が見たその革袋だ。
「場所を譲る! だからグレンデルを……」
「え? 場所を譲るだけで苦労して倒した魔物を分けるんですか? 馬鹿言っちゃいけませんよ。こっちは命懸けで仕事してるんですよ!」
心外だと言わんばかりに声を荒げるが、無論演技だ。こういう時は接客業をしていて良かったと思う。僕に言わせれば、あれは一種の演劇だ。
「くっ……なら……」
「なら?」
「こ、此奴を……」
怒りなのか、それとも悔しさからなのか。震える手で掴んだ革袋を僕達に差し出す。
「それは何です?」
「金だ……! これでグレンデルを譲って欲しい! 勿論、場所も譲る!」
「へぇ……ミスター、お金ですって。ちなみにグレンデルの相場っていくら位ですかね?」
流石に高額商品の相場はミスターも耳に入れているらしく、ドヤ顔で言う。
「金貨100枚と銀貨80枚ですね」
「ですって。その中にはいくら入ってるんですか?」
「ぐ、ぬぬ……」
商人がそっと袋を開ける。中身は全部銀貨だった。
「話になりませんね。他を当たります」
「ま、待て……待ってくれ!」
「まだ、何か?」
商人は相当グレンデルが惜しいらしく、椅子の後ろからまた革袋を取り出す。
「こっちは金貨だ……確認してくれ」
「良いでしょう。ミスター」
テーブルの上に置かれた革袋を開いて、中身をミスターと検める。うん、確かに金貨だ。見たところ200枚はある。足りないなぁ。
「グレンデルは大きな傷もなく、一気に冷凍したので鮮度は抜群。腕一本でも、最低金貨250枚はする品ですよ。これじゃあ足りませんね」
「わ、分かった……もう一袋出す!」
「金貨?」
「金貨だ!!」
半ば自棄糞気味に商人はもう一袋取り出した。ミスターと一緒に中を見ると、うん、同じ量くらいの金貨だった。
「売った!」
「くっ……元を取り返すのが大変だ……!」
「そこは貴方の腕次第ですよ。一応、全部位揃ってますので、上手く使ってください。あ、場所の確保もよろしくお願いしますね」
ガックリと項垂れる商人が力無く首を振るが、やはり商魂逞しいらしく、すぐに気を取り直して試算を始めた。
僕は2人の商人と共にテントの外に出て、虚ろの鞄をダニエラから受け取り、グレンデルを取り出す。どよめく周囲を極力無視して氷の魔力を流し込んだ。《器用貧乏》でシミュレーションして2日は溶けないようにと流し込んだ所で商人に引き渡し、金貨入り革袋を2つ受け取る。
早速グレンデルを馬車の中に詰め込むよう指示を出す商人。その中に『彼らに野営する場所を』という指示があったので、僕達は顔を見合わせて勝利のガッツポーズをしたのだった。




