第二百五話 深夜戦争
木の下を囲んでいた商隊は一部提供という形で場所を空けてもらった。早速そこにテントを建てて焚き火を設置。預かっていた馬の餌料などを虚ろの鞄から出して馬に与える。桶に水も生んでやれば待ってましたと飲み始めた。
「だいぶ走らせましたからな……」
「一晩休ませて持ち直しますかね?」
「帝都も近いですから。ゆっくり走らせれば大丈夫ですよ」
言われ、東の方を見ると薄っすらではあるが空が明るい。あれが帝都の明かりなのだろう。眠らない町……なんてな。
「さて、食事にしましょう。グレンデル料理が出来ればと思っていたんですけどね」
「ハハッ、アサギさんのお陰で大儲けですよ」
グレンデルを売ったお金はミスターと山分けということになった。勿論、ダニエラとは先に相談済みだ。
『金には困っていないからな。彼も必死に走ったんだ。これくらいの見返りがあっても良いんじゃないか?』
と、ダニエラの許可が出たのでミスターに話をつけに行った。まぁ、分かってはいたが恐縮し、遠慮するミスターだったが、強引に押し付ける形で渡した。お互いに金貨200枚の儲けと、寝床の獲得。最良の結果だと思う。
「夜を共にするのも今夜で最後ですから、今日は僕が料理しますよ」
焚き火の前で宣言するとおぉ! とダニエラが立ち上がる。
「ミスター、アサギの料理は旨いから楽しみにしていよう」
「ほほう、それは期待せざるを得ませんな!」
「俺ももう腹ペコで……」
ミスター、ダニエラ、御者さんの3人が何が一番好きかという話で盛り上がりだしたところで鍋を用意する。何がなくともまずは鍋。そこに水を生んで火に掛ければスープ完成だ!
「……」
というのは冗談だ。つまらん……僕も話に参加したい。夜勤明けの牛丼をオススメしたい。
「牛丼か……牛丼食いたいな……」
懐かしさに思わずポロッと口から溢れた呟きをダニエラが拾う。
「ギュードン? ギュードンとは何だ? アサギ」
「牛丼ってのは、煮た肉をご飯の上に乗せた食べ物だ。旨いぞ」
「アサギの故郷料理か……」
残念そうに呟くダニエラ。そうだな、僕も残念だ。肉はあるが、ご飯がない。醤油もない。勿論、僕には醸造知識なんてないから作れない。知識チート羨ましい。
「ま、それより旨いもん作るから、涎垂らして待ってろ」
「私はそんなに端ない女じゃないぞ!」
抗議するダニエラをまぁまぁとミスター達が宥める。それを見て一頻り笑った僕は料理へ集中するのだった。
□ □ □ □
ピリ辛串焼き肉。新鮮お魚の塩焼き。まるごと野菜スープ。焼いたパン。果実酒。
こうして並べるとまぁ、即席料理って雰囲気だが、目の前に並んだ光景は最後の晩餐に相応しいと思う。自作のローテーブルでは乗り切らないということで馬車の床に布を広げて照明の魔道具を並べて料理を楽しむことになった。
「「「「いただきます!」」」」
4人で合掌してから料理に手を伸ばす。僕は魚。ダニエラは肉。ミスターと御者さんはスープに手を伸ばした。性格だなぁ……。
魚はパリッと焼かれていて塩が効いてて止まらない。ほろほろと崩れる身でありながらぷりぷりで旨すぎた。
「んっ……! 辛い! でも旨い!」
ダニエラの食べた肉はアスクの市場で買い漁ったスパイスをふりかけて焼いてある。色々試して良い感じに混ぜたオリジナルスパイスだ。食べれば食べる程辛さが舌に滲み、額からは汗が噴き出す。屋台で売れば大儲け出来る自信がある。
「スープも野菜の甘みとベーコンの旨味がよく混ざり合ってて美味しいです」
「野菜もゴロゴロと大きくて、でもよく煮えてるから食べやすいです!」
ミスターと御者さんが食べたスープも自信作だ。この世界に来てから散々作ったスープ。その一種の完成形だ。野菜特化のスープ。惜しむらくはコンソメの元が無いことか。
「パンに肉を挟むと旨いですよ」
僕の言葉にダニエラの動きがピタリと止まる。次の瞬間、パンが一つ消えた。ダニエラが目にも留まらぬ速さで手に取り、割り開かれたパンに串焼肉を挟んで串を抜いていた。
「はむ……ん! んんぅ……もぐもぐ、ごくん。これはいけるぞ!」
目から鱗と言わんばかりに目を輝かせながらミスター達にも勧める。ミスター達も見様見真似でパンに挟んで齧り付く。目を見開き、思わず見つめ合い、ガブガブと食べだす。言葉も出ない程旨かったのか……これは嬉しい反応だな。
僕は果実酒を飲みながら楽しそうに食べる3人を眺めた。こうして皆と食べるのも楽しいな……ワイワイ騒がしいのは得意ではないが、こんな食事会なら大歓迎だ。料理が出来る人達と食べ比べるのも良いかもしれないな。
明日はいよいよ帝都だ。フリュゲルニア帝国帝都ヴェルフロスト。そこは一体どんな場所なのだろう。パレードとスイーツの国という割には此処に来るまでそんなにスイパレ感は無かったが、もしかして広めている最中だったりするのだろうか。ダニエラ情報にも外れることがあるのかもしれない。
ま、それは行ってみてのお楽しみということで。今日はダニエラと御者さんが交代で見張りをしてくれるというので失礼して寝ることにした。ま、これだけの人数に囲まれてるんだ。魔物も寄り付かないだろうさ……。
□ □ □ □
「アサギ! アサギ起きろ!!」
「ふぇ!?」
いきなり世界が1回転した。
床に打ち付けた鼻を押さえながら慌てて起き上がる。どうやら敷いてた布を引っ張られ、ひっくり返されたらしい。
「なに!?」
「魔物だ! ブラッドエイプだ!!」
「嘘だろ!!?」
思わず声が裏返った。あの、クソ程湧いてくる赤いモンキー。ブラッドエイプ。僕が一番嫌いな魔物だ。奇襲するわ気配遮断するわ無茶苦茶な数で攻めてくるわで大嫌いだ。
僕は腰の鎧の魔剣を抜いてテントから出てくる。既にそこは戦場だった。そこかしこでキーキー叫ぶ猿と口汚く文句を垂れながら戦う冒険者で溢れていた。
「これは酷い」
「ハッ! 呆けてないで駆除しろアサギ!」
此方に向かって走ってきたブラッドエイプの眉間に細剣を突き立てながらダニエラが吼える。あぁもう、あと少しで帝都だったのに……このデカい木は休みやすい雰囲気をしているが、しているが故にブラッドエイプの巣となっていたんだな。
「クソッタレー!!」
「おぉ、その意気だぞ!」
自棄糞気味に剣を振るい、ブラッドエイプの頭を切り飛ばす。左手に『氷剣』を生成して手当たり次第に斬りかかる。こう人数が多くては『逆さ氷柱』や『氷縛り』が使えない。《神狼の脚》の風速開放で吹き飛ばすことも出来ない。まさかの手詰まりだ。地道に駆除するしかないだなんて本当に反吐が出る。安眠妨害の恨みはデカいぞ。覚悟しろ猿共め!
□ □ □ □
漸く、朝日が顔を出した。
漸く、朝日が、顔を、出した。
「……ゲロ吐きそう」
「私もだ……」
ほぼ寝ずの、ほぼ休み無しの戦闘を終えた僕達は吐きそうな顔で地面や空とにらめっこをしていた。僕は空とだ。
「アサギさん、ご無事でしたか……」
「あぁ、ミスターさん……無事でしたか」
「えぇ、騒動が起きた時に避難指示を受けましたので……」
冒険者に案内されてテントに突っ込まれて、朝まで例の商人や、戦えない人間達とジッとしていたらしい。僕もそこに避難したかったんですけど……。
「それにしても……凄い光景ですね……」
ミスターの声に力無く視線を滑らせる。剣を抱きながら座り込む冒険者。大の字で寝転がる冒険者。木の幹に背を預ける冒険者。今も油断なく警戒する冒険者。
その冒険者達全てが返り血に染まり、そして地面には足の踏み場もない程にブラッドエイプの死体が転がっていた。
「先程、全部で500体の死体が確認されたようです」
「500……」
冒険者が大体50人だから、1人10匹か……時給換算しても割に合わない。僕は20を越えた辺りから数えるのをやめたぞ……。
「そして不意を突かれて亡くなった冒険者が6名だそうです」
「ですか……」
死者が出たか……まぁあれだけの混戦だ。何が合ってもおかしくないだろう。幸いにも僕達4人は全員無事だったが。朝からきついな……いや、深夜からか。
まずは死者の弔いからだろう。そう、誰もが思っていたはずだ。だが、体が動く人間は殆ど居なかった。
濡れた血を朝日が照らす中、それでも誰も立ち上がらなかった。




