第百七十六話 湿地の主
ガサガサと草を掻き分けて飛び出してきたのは魚だった。しかしその魚は二足歩行。手にはお手製の槍を持ち、水草のようなものを体に巻きつけて元気に走る。まさにそれは半魚人だった。
「まぁギルドで調べたから察しはついてたけどね……」
「槍に注意だが、槍以外も注意だ。水魔法を使うからな」
「結局全部注意ね。了解ッ!」
ダニエラのアドバイスに返事しながら大剣を振り上げて突っ込む。《器用貧乏》先生での戦闘シミュで半魚人……『サハギン』の動きは分かっている。使う魔法の種類もバッチリだ。あぁやって槍を中段に構えた時は……
「ふっ……!」
水弾が直線状に発射される。それを右足を踏み込んで反動を付けて左に躱す。動きが分かっているので事前に行動が出来るので当たる気がしない。そのままサハギンの右斜め前から踏み込み、左上に振り上げた大剣を袈裟懸けに振り下ろす。右肩から斜めに入った刃によって胴体を断ち切られ、サハギンの上半身が宙を舞う。
倒れた下半身の後ろに控えていたサハギンを下から振り上げた大剣で切り飛ばし、すぐ傍にいたサハギンの頭に振り上げた剣を振り下ろす。血を撒き散らしながら更に2体のサハギンが絶命した。
と、次の獲物は何処だと気配感知に意識を傾けると、背後で槍を振り上げた個体が居た。僕は《森狼の脚》を発動させて上へと跳ね上がる。それと同時に槍を振り下ろしたサハギンの水魔法が僕が居た場所に着弾する。
「槍の振り下ろしと共に発動する魔法は3つの水弾だ。真っ直ぐ来るのと左右に別れて飛んでくるから、逃げ場は上だけだ」
ギルドで調べた時もこの魔法についての記述があった。この魔法がサハギンの危険度を上げているそうだ。確かに、これは盾で防ぐくらいしか防御する方法がない。あとは何か個人で考えるくらいだ。盾を持たない僕は後者、個人でのやり方として上へ脱出させてもらった。
油断なく睥睨しながらダニエラを見る。いつの間にか取り出した弓で遠距離からサハギンをハリネズミにしていた。それも1体だけじゃなく、半数以上を既に討伐していた。
「サボるな、アサギ!」
「すみません!」
ビュッと矢が飛んできて慌ててその場から飛び降りる。当てる気がないとはいえ普通に怖いから人に向かって矢は射ってはいけないんだなと改めて思いました。
こえぇ、とダニエラのスパルタに慄きながら地面に降り立ち、さぁ働くぞと剣を構えた先にいたのは一際大きなサハギンだった。期せずして僕は群れのボス、つまり湖の主の前に飛び込んでしまったらしい。
「フシュルルル……」
水気を含んだ息を吐くボスサハギンが手にした槍……それもまた立派な槍をを構える。どうやら部下に働かせるタイプではないようだ。現場主義のサハギン、良い上司なのだろう。僕にとっては敵なのだが。
「ダニエラに怒られるからな。働かせてもらうぜ」
大剣に藍色の魔力を乗せれば水刃と化す。これこそが藍色の鍛冶師の集大成、藍色の大剣の真骨頂だ。全てを断つ水刃の前にはウィンドドラゴンでさえも為す術もなく首を出すしかなくなる。
水刃を構えてボスサハギンへと突っ込む。防御不可のこの一撃で魔物は絶命する。……と思っていた。僕は大剣を振り下ろしながら目を見張った。
なんと、ボスサハギンは手にした槍に藍色の魔力を乗せて僕の大剣と同じことをやってのけたのだ。
水槍で僕の大剣を防ぎ、あまつさえ押し返してくる。そしてお互いの武器を纏う水流が弾けて消えた。まさかこの剣で切れない物が出てくるとは……と、半ば呆然としながらも剣を構える。
「なるほど、同じ属性の武器だとこうなるのか……」
「フシャァァァ!」
ダニエラ先生の魔法授業で魔法に対しての反属性や対消滅の仕組みは聞いた。だが、武器に纏わせて戦うと拮抗するんだなと先程の手応えを思い出しながら油断なく周囲を伺う。周りのサハギンはどうやら戦いに参加することなく、槍を手に見守るか、ダニエラに向かって行くかのどちらかだった。まぁ、向かっていく方も見守る方も程なくダニエラに殺されるだろう。
それよりもボスサハギンだ。藍色の大剣の真骨頂が発揮出来ないとなると純粋な剣技での勝負となる。ここは大剣による一撃の重さではなく、手数で戦うべきだと決めて大剣を地に突き立てる。そして右手で腰の剣、鎧の魔剣を抜き、左手で腰マントの裏に装備した足切丸を抜く。
スタイルの変わった僕に警戒してか、ボスサハギンも腰を落とし、手にした槍をゆっくりと構える。
ジッと睨みあいながら距離を詰める。お互いに1歩ずつ踏み込んだ所でボスサハギンの間合いになった。
「フシュァ!」
「ふっ……!」
鋭い突きが僕に向かってくる。それを左手の足切丸で受け流しながら更にもう1歩踏み込む。が、素早く引き戻された槍が再び突き込まれる。今度は右手に持った鎧の魔剣で弾いてまた踏み込む。
「シャアッ!」
真横から弾いた槍が薙ぎとなって返ってくる。僕はそれを姿勢を低くすることで躱す。そして漸く僕の間合いとなった。
「ハァッ!」
気合と共に下方から魔剣を振り上げる。ボスサハギンは器用に槍の石突付近で防ぐ。が、その防御の為に空いたスペースに足切丸を突き入れる。身を捩ったボスサハギンの腕に鋭い切り傷が出来て、鮮血が飛び散る。足切丸で腕を切ってやった。
「グジュゥ……」
水かきのついた手で傷口を抑えるも、流れ出た血は止まらず、腕を伝って槍を赤く染めた。こうなってしまえば先程のような鋭さは発揮できない。僕が最初から狙っていたのは腕だった。
「その腕じゃ槍は振れないな!」
「グ、シュゥゥゥ……!」
憎々しげに僕を睨むボスサハギン。その視線にニヤリと笑みを返してやると激昂して槍に水流を纏わせて突いてきた。が、やはり両手で放つ突きよりも遅い。弾くことも受け流すこともなく足捌きだけで避けることが出来る。そして避けながら《森狼の脚》を発動し、速度を上げていく。
やがて僕の動きに追いつけなくなったボスサハギンが槍の動きを止めて苛立って叫び出す。もう槍を手に戦えないボスサハギン。そろそろこの戦いも終幕だ。今、最後のサハギンがダニエラの手によって倒された。
「よし、これで終わりだ!」
《器用貧乏》先生によるシミュレーションにシミュレーションを重ねて編み出した上社朝霧の必殺技を披露する場面だろう。前回は誰も居なかったので賞賛の声が無かったのだが、今はダニエラが居る。きっと惚れているにもかかわらず、惚れ直してくれるに違いないと、期待を胸に加速する。
この必殺技は純粋な速さだけを追究した技だ。ただ、そこにちょっとしたテクニックを加えることで必殺技と昇華する。
風速を上げ、銀翆の風と化した僕の双剣が、目で追えなくなったボスサハギンに迫る。
「『上社式・二牙擘胴』!!」
高速の一閃がボスサハギンの胴を裂き、更に速度を落とさず反転して反対側からも切り裂く。二刀流専用必殺技、二牙擘胴。二つの牙で胴を擘く。剣の鋭さが要の技だ。切っても良いのだが、その所為で腕がブレると《器用貧乏》先生が指摘してきたので、突くように切ってみた。すると思いの外上手く行ったので、技として完成した。
体を3分割にされたボスサハギンが白目を剥いて血溜まりの中へと沈んだ。水生生物が水の中で死ねるのなら本望だろう。
「ふぅ……」
両手に握った剣を振って血を払い、鞘に収める。ふと、ボスサハギンが手にしていた槍が目に入った。どうやら必殺技に巻き込まれることなく手から落ちたようで、傷一つ無く地面に転がっている。それを手に取ると、何となくだが水属性な雰囲気が伝わってきた。目にしていたので知ってはいたが、武器から直に伝わる魔力はなかなかの物だった。
「お疲れ、アサギ」
「おう。戦利品だ」
くるりと槍を回して石突をダニエラに向ける。槍を掴んだダニエラがほう、と感心する。
「良い槍だな。魔物が持っていたとは思えん」
「多分、湿地帯の湖に沈んでたんじゃないか? 主と戦おうとして死んだ冒険者の槍って感じがする」
気がするだけだけど。
とりあえず僕達は戦闘終了ということで野営地に戻ることにした。サハギンの討伐証明であるエラは後で回収出来たら回収するということにした。とりあえず疲れたので横になりたい。
「そうだアサギ。さっきのあれは何だ? 威力と技のキレは文句なしだが、あれはちょっと恥ずかしいぞ」
「えっ、嘘」




