第百七十五話 湿地を行く
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東門を出た僕達はひょっこり出くわしたゴブリンなんかを倒しながら進み、順調に湿地帯までやって来た。
湿地帯ということで地面が緩くなってたり泥だらけだったりという完璧に汚れる状況を予想していたのだが……。
「これは驚いた……」
「綺麗なもんだな……」
ダニエラと2人で立ち尽くす。湿地帯には木の板の道がずっと伸びていて、しっかりと整備されていた。所々に花が咲き、湧き出した水が作った沢山の小さな湖が晴れた空をその水面に映している。
そんな湖と花と上下に広がる空い1本の木の道が割いて伸びていく様はまさに絶景だった。
「いや、湿地だからさ、本当にぐっちゃぐちゃの道を予想してたんだ」
「私もだ。買ったばかりの服が汚れるかもと思うと最高に最低な気分だったんだが、いや、これは本当に言葉もないな……」
水と花と空。たったそれだけなのにこんなに綺麗な光景を作り出すのは、自然の景観を壊さずに整備したその努力の賜物だろう。帝国とは恐ろしい場所だ。こんな景色を見てしまうとランブルセンに移住するなんて考えは起きなくなってしまう。
2人で並んで歩ける程には道も広く、きっと向こうから来た時にすれ違える程度に幅にしたのだと思うのだが、今は僕達2人だけ。並んで歩けるのは良い気分だった。湿地デート。オススメである。
風が吹き、水面を波立たせる。ダニエラに聞けばあれは風の精霊が遊んでいるのだとか。僕も一緒に混ざりたいな。僕にも精霊が見えたら楽しいのになぁ。
「アサギの目には精霊が映らないか」
「まぁ、ただの目だしね。ユニークスキルは《器用貧乏》だけ」
「《森狼の脚》は付与されたスキルだしな。立ち位置としてはユニークスキルなのか?」
「んー……どうなんだろう。与えられたスキルってことはユニークでも無いと思うけどな」
「だが私はアサギ以外に見たこと無い」
「そらそうだ。ベオウルフの眷属がそうそう居て堪るかってんだ」
僕のアイデンティティーとなりつつあるスキルだぞ。これが無くなってしまったら僕はただの器用貧乏じゃないか。いや《器用貧乏》先生にはお世話になってるんだけど。
「《器用貧乏》というスキルも聞いたことが無い」
「聞いたことがあったら僕の存在価値が本当になくなるから……」
「詳しく聞いたことが無かったな……どういうスキルなんだ?」
そういえば何だかんだで話してなかったような気がする。話した気もするが……。
「これは何だろう、どう言えば良いのか分からないが……僕が『ああしたいんだがやり方が分からない』『こうしたいんだけど結果、どうなるか分からない』って時に《器用貧乏》を起動すると。頭の中にこう、4分割の映像で映るんだ」
「4分割? どんな風に見えるんだ?」
僕は近くにあった棒で柔らかい地面に絵を描いていく。
「こう、分割されていて、それぞれの枠の中で僕がしたいと思ったことを客観的に見ることが出来るんだ。こう、剣を振りたいと思えば頭の中でお手本を見せてくれる」
「それって見るだけなのか?」
「いや、見てると何となく体の動かし方が伝わってくる。『剣を振りたい』と思えばそのやり方が見えて、『あぁ、なるほどこう振るんだな』って。体重移動とか、重心とか、そんなのがフワッと伝わってくる」
完全にマスター出来るかと言うとそれはノーだ。なんとなく動きが学べる映像だ。完コピするには自分で考えて動いて完全に理解しないといけない。
「このスキルは近道出来るスキルだな。近道は飽く迄も道。すっ飛ばすことが出来ない。その辺の過程を飛ばせたら怖いもんなしなんだけどな」
「なるほど、よく分かった気がする」
「そう、そんな感じ。分かるけどなんとなく分かったような気がする……ってな具合にしか分からないスキルなんだ」
器用ではなく、器用貧乏。それがこのスキルなのだ。
と、僕のスキル説明会を開いていると進行方向から人が歩いてきたので縦列になって道を空けた。
「やぁ、邪魔しちゃって悪いね」
「いえいえ、此方こそ塞いじゃってすみません」
若い男だ。身なりは冒険者だ。柔らかい笑顔で会釈するので謝罪の意味も込めて会釈する。ダニエラも目礼する。
「見たところお二人も冒険者と思うが……」
「そうですね。まだまだ初心者ですけど」
「ははっ、そうは見えないなぁ」
おだてるのが上手な男だ。木があれば危うく登るところだったが、木はない。
「だったら一つ教えておこうかな」
「なんです?」
「この湿地には魔物の主が棲んでるんだ。綺麗な場所だけど、夜になると危険な場所になる。風景を楽しむのも良いけれど、急いだ方が良いよ」
空を指差す男に釣られて空を見上げる。太陽は天辺を通り過ぎて下り坂だ。まだまだ日が沈むには早いが、この広い湿地を抜けるには少し急いだ方が良いかもしれない。
「丁寧にどうもです。観光気分だったので危うく襲われるところでしたよ」
「あはは、ま、此処からなら急げば抜けられるさ。じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「ありがとうございました。またどこかで会ったらクエストでもしましょう」
「あぁ、君となら楽しくやれそうだ」
そんな社交辞令を交わして男は僕達が来た方向へと歩いていった。曲がり角に差し掛かり、その背が見えなかったところでダニエラが呟く。
「あの男、なかなか強いぞ」
「そうなのか?」
僕は何かの達人でもないし、見ただけでは分からん。その辺り、ダニエラは分かるようで、きっと年の功だと思い込む。
「急ぎでもなかったら模擬戦の一つでもしたいくらいだな」
「まぁ、縁があればまた会うだろうさ」
スキル話も一段落したし、男も主が強くて危険だと言っていたので歩きだす。ぶっちゃけ《森狼の脚》を使えばそんなに急ぐ必要もないのだが、偶にはこうして歩くのも悪くない。ニコラに来るまではバタバタしちゃったし、今度の旅は景色を楽しみながら行くとしよう。
□ □ □ □
夕方になる頃、木の道の終点が見えた。湿地帯も此処で終わりらしい。道を降りると、確かに地面は乾いていて固かった。
「抜けられて良かったな」
「主にも興味はあったが、湿地での戦闘は服が汚れるからパスだな」
「気に入ってるな」
「あぁ、可愛いだろう?」
その場でくるりと回ってみせるダニエラ。ふわりとワンピースのスカートが舞うが、残念ながらその下にはショートパンツだ。まぁ僕は眼福なんですけどね。ダニエラの白い太腿最高だぜ。
「いやらしい視線を感じた」
「ははっ。あははははは」
「おい待てアサギ、ちょっと話し合う必要がある」
ダニエラの戯言に耳を貸さず僕は湿地帯から離れるように歩き出した。方角は沈む夕日とは反対方向だ。いやぁ、湿地は大きく迂回するつもりだったけれど、ほぼほぼ真っ直ぐ突っ切れたから大幅な時間短縮が出来た。今日はもう少し進んで町の手前まで進んでおくことにする。そうすれば町で宿を取ること無く突っ切れるからだ。急ぎの旅ではないし、金銭的にも余裕はあるが、不必要な出費は無いに越したことはない。観光くらいはするけどね。
ダニエラがずっとブツブツ文句を言っていたが、野営に決めた場所でテントを用意して食事の頃になればすっかり忘れて笑顔になる。物を食べるのに怒る奴など居ない。人間、旨い物を口に入れれば笑顔になるしかないのだ。我、平和とは食事時と見つけたり。
その日の見張り前半戦はダニエラ先生だ。僕はテントの中で帝都に思いを馳せる……こともなく、歩き疲れたのでおやすみ3秒で夢の中だ。
そんな夢のような時間をダニエラの声に現実へと呼び戻された。
「起きろアサギ、魔物だ」
「ん……数は?」
「20」
「20ぅ!?」
慌てて飛び起きる。ぶっちゃけダニエラなら起こさずとも対処出来るじゃろうと寝惚けた頭で考えていたが、数が多過ぎた。急いで防具を着込んで虚ろの鞄から藍色の大剣を取り出す。数が多いなら此奴で纏めてぶった切ってやればすぐに終わる。
「湿地の方から来るぞ」
「昼間は魔物の気配なんて微塵もなかったのに……」
肩に担ぎながら僕達が歩いてきた方を見る。時間の許す限り湿地帯からは離れたつもりだったが、此処も縄張りだったとはな……完全に油断した。湿地の魔物というから乾いた場所では活動出来ないだろうと思い込んだ結果がこれだ。
「大きさは……そうでもないな。だが、1匹だけやばそうなのが居るな」
「まだ僕の感知エリアには入って来てな……あぁ、来た来た。うわぁ……多いよ……」
動き回るそれを落ち着いて数えたらやっぱり20だった。はぁぁ、ゆっくり寝かせてくれよと寝癖のついた髪を掻きながら僕達は戦闘態勢へと入った。




