第百六十二話 ギルド探険、町探険
さてさて、漸く僕の番になった。
「たいへんお待たせ致しました、アサギ様」
「いえいえ」
「では換金素材の提示を」
「分かりました」
虚ろの鞄を降ろし、蓋を開けて手を突っ込んだ所である問題に気付いた。
「あー……」
「……? アサギ様?」
「ちょっと物がでかすぎて此処じゃちょっと狭いですね……」
そう、こんな建物の中ではウィンドドラゴン丸々1体を取り出せば、たちまち建物は崩壊して僕はテロリストになってしまう。
「それでしたら裏の重量物解体所で査定しましょう」
「ありがとうございます」
ギルド員さんの提案に頷くと、立ち上がって案内してくれる。代わりのギルド員さんがカウンターに付いたので後のことは問題ないだろう。
ギルド員さんについて行くと、裏口のような場所から外に出た。そこは高い壁で囲まれた広場だ。屋外なので勿論、天井はないのだが、こう高いと侵入するのも一苦労だろう。ま、これだけの広さがあれば十分取り出すことが出来る。
「ではどうぞ」
「はい」
ギルド員さんを巻き込まないように1歩前に出て、鞄の中のウィンドドラゴンの尾を掴む。そのままズルリと引き出した所で、『ヒッ……!』とギルド員さんの小さな悲鳴が聞こえた。が、もう後はスポーンと出るだけなのでご容赦頂きたい。ボロンと首無しのウィンドドラゴンが地面に転がり、続いて鞄の中の角を掴む。そして引っ張れば鮮度抜群のウィンドドラゴンの頭がボロンと転がり出る。
「あ……あ……」
「はい、大きいのは此奴ですね」
「う、ウィンドドラゴン……!!」
「ですね。死にたてほやほやのウィンドドラゴンです」
驚愕といった様子のギルド員さんが僕に待てを指示して屋内に走り出す。忠犬の異名を持つ僕は大人しく待つ。しばらくして再びリオが何人かのギルド員さんを引き連れて戻ってきた。
「いやぁ、アサギさんったら人気獲得に余念がないご様子で」
「だから僕はそんなつもりは微塵もありませんよ?」
「こんな物まで用意しちゃって、言い訳は聞きたくないですねぇ?」
僕は此奴を解体して、一部換金したいだけなのだ。リオめ……生き生きしやがって。
「解体お願いします。で、防具を作りたいのでそれ用の素材を残して売れそうな物は買い取ってください」
「はいはい畏まりました。じゃあ一度バラして、素材は部位毎にリストアップしておきますのでまた明日、ギルドに来てくださいな」
「はい。よろしくお願いしますね」
リオが引き連れてきたギルド員さんが壁に立て掛けてあった大きな包丁みたいなのや、鋸みたいなのを手にウィンドドラゴンに群がる。どうやら竜種も死ねば普通に刃が通るようだ。竜種自体が珍しいようで皆、目をキラキラさせながら刃物を奮っている。普通に怖かった。
□ □ □ □
それから案内してくれたギルド員さんに、今まで拾ってきた細かい魔物素材を買い取ってもらう。塵も積もれば方式で僕の手に金貨3枚と銀貨80枚となって帰ってきた。
「ではアサギ様は明日、ウィンドドラゴン素材の精査に立ち会ってもらいますので、忘れずに来てくださいね」
「はい、分かりました。さっきはビックリさせてすみませんでした」
「い、いえ……大丈夫です……」
割とパニクってた感じだったので謝罪したら顔を赤くして俯いてしまった。僕には分かる。脈ありだな。
用事も済んだので、ギルド員さんと別れてしばらくギルド内を探険することにした。酒場の方にチラッと顔を覗かせると、まぁまぁ、荒っぽい紳士達が美酒に酔ってらっしゃった。君子危うきに近寄らず、だ。スッと顔を引っ込める。
その足でウロウロしていると階段を見つけた。階段横には看板があって、『この先、資料室』と明記してあった。
「資料室か……魔物の情報とかあるかな?」
誰でも入れる感じなので行ってみることにした。
トントンと階段を登り、2階へ。そこにも矢印看板があったので、その指し示す方向に歩いていくと、扉と『資料室』と書かれた表札を見つけた。
「失礼しまーす……」
ノックして入ると、溢れかえる程の量の……とまではいかないが、それなりの蔵書があった。見れば何人かの冒険者達が本を開いてページを捲っている。ふむ、やっぱり閲覧は自由っぽいね。ならば僕もと、とりあえず傍の棚へ移動し、背表紙を眺める。
「『帝国冒険者の心得』……僕は帝国人じゃないから必要ないな」
その隣には『帝国軍人への転職手引』という本が並んでいた。冒険者から軍人に転職する人が居るのか……パレードやるより冒険者の方が楽しいと思う。
とりあえずこの棚には僕の興味を惹く本は無いので離れる。さっき冒険者が居た場所に行こう。きっと冒険に関する本があるはずだ。
と、さっきまで人が居た場所に来てみたのだが……。
「『土器に転生した僕はドキドキハーレムで国を作る!』……?」
何この……ラノベか? 土器とか大ハズレだな。
「『異世界に転生したと思ったら地方の田舎だったので歩いて帰る』……ただの迷子じゃねーか」
こんな本が何でギルドにあるんだろうか……リオの趣味か?
とりあえず全く用事がないな。なんだあの冒険者。
ちょっと疲れた顔でその場を離れる。ダラダラと歩いていると、今も熱心に本を読む冒険者を見つけた。彼は此方を気にすること無く読み進めているので、隣に立って棚を物色する。
『帝国に生息する魔物』
『最強チートで魔王を倒す! ~でもレベルが10でカンストしました~』
『魔物分布図』
『魔物討伐証明リスト』
探してた本棚が見つかったがおい誰だ、ラノベを適当な棚に戻すんじゃあない!
「まったく……」
仕方ないのでラノベを元の棚に戻してから魔物に関する本の棚に戻る。冒険者は居なくなっていたが、本はそのままだ。とりあえず『帝国に生息する魔物』を手に取る。目次を見ると町周辺の地名が五十音順に並んでいた。
「……お」
レプラントの文字を見つけた。えーと、267ページか…………ふむふむ。僕が見たことのある奴や見たことのない奴が載っていた。ブラッドエイプが要注意と書かれている。うんうん、あれは本当に大変だった……マジで死ぬかと思った。
他にもヴァドルフ周辺にある『ベルル林道』のフォレストゴブリンだと思っていたゴブリンが最近改名されて『ベルルゴブリン』になったことが書いてあった。
なんでも彼奴等はただ蜜を貪るだけなのでフォレストの名を冠するに足る存在なのかと、熱い議論が交わされたらしい。蜜好きなゴブリンということでハニーゴブリンという案もあったらしいが、議長の娘さん(3歳)の名前がハニーだったことで棄却されたそうだ。
「クッソどうでもいいわ……」
心底どうでもいいことを議論するのは異世界でも一緒なんだなと思いましたまる。
その後はペラペラとページを捲りながら魔物の情報を頭の片隅に入れていく。このアスクの町から先に出現する魔物の情報は値千金だ。今までダニエラに頼りっぱなしだったが、こういう所で助けていかないとな……。出来れば帝国全土の地図も欲しいところだが、それはどうやら置いてないらしい。マッピング技術もお察しなのだろう。情報収集が必要か……そこは旅慣れしたダニエラに任せることにしよう。長生きしてるからきっと頭に入っているはずだ。別に面倒くさい訳ではないぞ。
「んんっ…………はぁ……」
ずっと立ち読みしてたから肩が凝ってしまった。首も痛いし、読書はそろそろお開きにしようか。ダニエラもそろそろベーコンから解放された頃合いだろうし宿に戻るかな……。
ふぅ、と疲れた心を溜息と一緒に吐き出して、手にしていた本を棚に戻す。やっぱり読んだ物は読んだ場所に戻さないとねっ。
□ □ □ □
急遽、宿に戻る前に服屋へ行くことにした。実は現在の僕の服装は結構な頻度で絡まれるという衝撃の事実が判明したのだ。ラフな格好は動きやすくて値段も安いから気に入っていたんだが……。
「おいにーちゃんよ、俺ァ今機嫌が悪いんだ。金出すか殴られるか、どっちかだ」
「あん? んだテメェ、何ガン飛ばしてやがる!」
「赤子の手からお菓子を盗むよりも簡単だ!」
「どけよガキ、俺の道に立ってんじゃねぇ」
「なんだ此奴、ひょろい癖に剣なんかぶら下げやがって。気に食わねぇな!」
10歩も歩けばチンピラに出くわすんだからナントカGOもビックリの遭遇率だ。もう覚えきれない程の絡まれ文句を聞いてきたが、あれは本にすれば売れると思う。
とにかく、僕がこんな姿だから駄目なんだと結論が出たのだが、選ぶ服がどれも似たようなものになってしまうと思うと服屋へ行くのも何だか億劫になってきた。センス無いもんなぁ……。
「……ん?」
疲労が溜まり、ズルズルと踵を引き摺りながら歩いているとふと、路地が気になった。何故気になったのか自分でも分からないが、立ち止まって観察しているとあることに気付いた。
「誰も入っていかないな……」
誰もが皆、まるでそこに路地がないかのように通り過ぎていく。誰一人、振り向きもせずに過ぎ去っていく。
「……」
どうしても気になった僕はその路地へ近付く。傍に立ち、横目で見るがやはり路地はそこにある。店と店の間にある普通の路地だ。普通の路地だから誰も入らないのか?
5分程真横で観察してたが、遂に誰も入ることはなかった。これは何かあるな……。
「行くか……」
装備は鞄の中だ。いざとなれば《森狼の脚》で逃げて準備を整える事もできる。
僕は通行人が誰も見ていないタイミングでさり気なく、謎の路地へ入った。




