第百三十六話 寄り道旅行
南門を抜けて5日。僕とダニエラは岩山の麓までやってきた。一度歩いた道ではあるが、前回は急ぎの移動だったため、大して景色も見ていなかった。今回はゆっくり自然を堪能しながらではあったが、昨日はあの焼け落ちた村を抜けた。
「結局僕は聞かされなかったけれど、オークに攫われた人達はどうなったんだ?」
「……一応、生きてはいたそうだ。でも、やっぱり……攫ったのがオークだからな」
「そうだな……あまり話題にするべきことではないな」
以前、フィラルドに居た時にガルドに聞いたことがある。オークに攫われた女性は死ぬに死ねず、辛い日々を送らされると。助けられても更生施設に運ばれると。
「……元気になって欲しいな」
「あぁ。あの村が賑やかになる日が待ち遠しい」
僕達は麓に築いた野営地で焚き火を囲んであの日のことを思い出す。思い出しついでにもう一つ思い出したことがある。
「あの村の近くには大昔の遺跡があるんだっけ」
「あぁ。風化して崩れた遺跡だそうだ」
「ちょっと見てみたかったな」
もしかしたら何か発見出来るかも! と意気込んでみる。が、何度も調査は行ったらしいしなぁ。
「観光していくか?」
「良いのか?」
「急ぐ旅でもないしな。それに私も興味がある」
なんだ、ダニエラも見たかったのか。じゃあ明日はちょっと寄り道だな。計画的ではない旅の予定なので変更は問題ない。食料も沢山買い込んだので安心だし……ということで僕は先にテントに入った。今日の前半パートはダニエラが担当だ。僕は適度に寝て後半戦へと英気を養うのだ。
「んじゃあおやすみ、ダニエラ」
「おやすみ、アサギ」
カップルぽくおやすみのキスなんかしてみたりして、僕は瞼を閉じた。
後半戦開始のホイッスルが鳴り、僕はダニエラと交代で起き出す。さっきもしたおやすみキスをダニエラにして焚き火の前を陣取った。
焚き火に照らされた周囲を何となく眺める。目だけではなく、気配感知も使って調べるも、何も問題はなかった。夜空には零れ落ちそうな程の星。適当に線で繋いで星座を作ってみるが、始めに引いた線を忘れてしまった。
「暇……」
油断しているつもりはないが、あまりにも暇だった。この辺りにはロックリザードという魔物が出るらしいが、夜は冷えて動けなくなるそうで、巣穴に閉じこもって出てこないそうだ。
「あ、そうだ」
僕は虚ろの鞄から紙とペンを取り出すと、木製のローテーブルの上に広げる。ちなみにこのローテーブル、僕が作った物だ。工具を借りて《器用貧乏》先生にお願いして寸法を図り、ノコギリも力加減を補正してもらって真っ直ぐに板を切り、トンカチを握って正確なコースを描いて釘も打ち込んだ。加えて僕の想像をそのまま取り入れて折りたたみ式にした。虚ろの鞄に入れてしまえば折りたたまなくても済むのだが、折りたためた方が万が一鞄から出さないといけない事態になった時、持ち運びが楽だからだ。前回のオークの牙集めの時はあまりにも考えなしに詰め込みすぎたところもあったしね。
「……と、そんなことはどうでもいいのだ」
僕は今からお手紙を書く。宛先はスピリスのフィオナだ。スピリスを旅立つ時、手紙書くよと言ったのでレプラントに来たこととか書きたくなった。
「えーと、久しぶり、今僕はフリュゲルニア帝国に居ます……」
そんな書き始めの何でもない手紙だ。これを次の町に着いたらギルドに頼んで運んでもらおう。ランブルセンに行く人が居ると良いな。
辺りがゆっくりと明るくなってきた。焚き火のパチパチと爆ぜる音に混じって鳥の声が聞こえだす。ふんわりと淡く色づく雲は極彩色に染まり、何とも幻想的な光景となる。そんな中、手紙を書き終えた僕は鍋を取り出す。朝食の準備だ。
水を生み、火にかける。そこへ市場で買った調味料とぶつ切りにした肉と野菜を入れる。後は蓋をしてダニエラが起きてくるまで煮込むだけだ。料理スキルが生えなかったことをここまで引き摺っている僕は簡単な料理でダニエラを満足させるスタンスと成り果てていた。毎日本気出して準備しても僕は料理人にはなれない……器用貧乏はあくまでも器用貧乏ということなのだろう。恨むぜ器用貧乏……。
「そろそろ起こすか……おーい、ダニエラ。朝だぞ」
僕は焚き火の陣地から離れてテントの中でスヤスヤと眠るダニエラを起こすためにテントの入口を押し広げる。するとそこには何故か全裸のダニエラが……居るはずもなく、普通に気持ち良さそうに寝ていた。その細い肩を揺り動かして起こしに掛かる。
「ほら、起きろー」
「んぅ……まだねむい……」
「遺跡観光行くんだろう? 起きないと」
「んぁぁー……うざい……」
「この野郎……」
朝は機嫌悪いんだよなぁ……でも放って置いたらずっと寝てるし……かと思えばすぐに起きる時もあるし……。何だろう、グッスリ眠れる魔法とか使ってたりするのか?
まぁ、ダニエラを起こす秘訣はある。旅の朝はこれで一発だ。
「起きないと朝食無しな」
「おはよう、アサギ」
「おら、とっとと出やがれ」
朝食に全力な女、ダニエラであった。
「最近、アサギの料理がショボい」
「え? なんだって?」
「前は豪華だった」
「……仕方ないだろう。料理人のスキル生えなかったんだから。僕の心は折れちまったの。ポッキリなの。豪華さは無くても旨いから良いだろう?」
「むぅ……でもまた食べたい……」
ちょっと上目遣いに僕を見るダニエラ。しかし僕には才能が無いのだ。無いのだが……こうして甘えてくれるダニエラのお願いを無碍に出来る程落ちぶれてはいなかったのだ。悔しい、でも……僕、料理頑張る!
「仕方ないなぁ。ダニエラが満足出来る料理、作らないとな」
「ふふ、アサギ大好き」
「料理が出来る人大好きの言い間違いだろう?」
ちょっと照れ隠しなんて言ってみたりするが、僕の頭の中は今夜の料理の献立が用意されていた。
□ □ □ □
野営地から少し戻り、村跡と岩山の間の地点から西へ行くと森が生えてくる。その中に件の遺跡はあった。この風化して崩れ落ちた建物が一体何だったのかは分からないが、これが教会とかだったら良い雰囲気だったんだろうなぁ。
「ここが遺跡か」
「やはり噂通りというか……本当に何もないな」
中は草が生えていたり小さめの木とか生えていて歩き難い。壁には蔦がうじゃうじゃと伸びていて過ぎ去った年月がどれほどのものか教えてくれる。
「私が聞いた話では、様々な調査隊がここを調べたらしい。この建物の建材が何か、朽ち果てた物が何に使われていたか、それらからこの建物がどれほど昔のものか……」
「でも、何も分からなかった?」
「あぁ。周辺の地理まで調べていたらしいが、歴史的に此処に国があったこともない。町すら無かったそうだから、完全にこの建物だけが孤立していたんだそうだ」
「はぁん……謎であることしか分からなかった訳か」
「そういうことだ」
改めて建物を見る。勿論、天井なんか無いので日差しが辺りを照らしてくれる。崩れた壁、落ちた屋根が、床だった場所にボロボロになって積み上がっている。
「なんか、掃除したくなる」
「一応遺跡だ。何があるか分からんぞ」
「そうなんだけどさ……あー、一回気になると駄目だ。掃き掃除くらい良いよね?」
「アサギ……」
ダニエラが僕を呆れ顔で見つめる。でももう居ても立っても居られないのだ。僕は虚ろの鞄から箒を取り出す。何故箒なんか持ってるんだって? 野営地と決めた場所を掃除する為さ!
「私は付き合わないからな。ちょっと辺りを散策してくる」
「おう、いてらー」
こんな場所にまで来て……とかブツブツ言いながらダニエラは行ってしまった。でもそんなことを気にする僕ではない。この崩れた石をどかして、粉々になった砂利を掃くのだ。どうせ何もない遺跡なんだ。野ざらしでもちょっとくらい綺麗な方が観光地になるかもしれないだろう? なんて自分に言い訳しながら箒で掃く。石は水魔法の水圧で持ち上げて壁際へ寄せる。魔素から作り出した水は魔力の供給を止めれば霧散する。辺りが水浸しになることはない。
それを繰り返していく。入口から奥までを1本道にする形だ。途中、何でこんな場所を掃除してるんだと思ったが、不意に大昔の自分の夢を思い出した。
それはエジプトのお墓を調査する番組を見ていた時のことだ。僕はそれを見て『格好いい』と思った。暗号のような昔の文字を解き明かし、誰も見たことがないような場所を探索する……トレジャーハンター。それが僕の一番最初の将来の夢だった。今思えばあれは考古学者だが。
そして今、僕は箒を片手に遺跡でトレジャーハンティングをしている。管理人かな?
「はぁ……あんまりダニエラを待たせると怒られるかな……」
昔夢見た光景ではあるが……将来の夢より将来を約束した人の方が大事だと僕の理性が訴えていた。
「この石どかしたら終わりにしよ……ど、っこい……しょ!」
藍色の魔力を込めて下から持ち上げる。そのままそっとひっくり返して壁際へ寄せる。
「はぁ、疲れた。……疲れてどうするんだっつーの…………ん?」
掃き掃除の末に綺麗になった地面に腰を降ろす。目の前にはひっくり返した石だ。その石の下の方、座った僕の目線に何かの文様が薄っすらとあるが描かれていた。それをそっと箒で擦ってみると砂埃が落ちてはっきりと現れた。薄っすらと見えたのは土埃が付いていたからだった。まぁ、今まで地面に向いていたのだから仕方ない。それにしてもこの文様……どこかで見たような?




