200『遅れてきた男』
天正十年(1582)五月二十八日
〈『本能寺の変』三日前〉
愛宕山山頂 愛宕神社・威徳院西坊にて――
この日の昼前より、百韻連歌興行が執り行われていた。
連歌参加者は、連歌の名門里村氏を継ぎ――
今回宗匠(審判)を務める里村紹巴、
織田信長が家臣で今回主賓の近畿方面軍大将明智光秀、とその嫡男光慶、
威徳院住職で今回亭主(主催)の行祐と、
里村紹巴門下の連歌師らによって巻かれた百韻連歌は、後に『愛宕百韻』と呼ばれ――
通説では――
本能寺の前の明智光秀の信長に対する謀叛の決意表明の場として、かなり有名である。
――しかし、本作の『信長による福音書』計画説だとこうなる。
その日――
威徳院西坊の一室、そう連歌会会場からは、参加者の歌を詠みあげる声が外まで響いていた。
「――お待ち申した、信忠様!」
来訪者が来たことに気付いた宗匠の紹巴が、声をかける。
精悍な二十代の若大将、織田信長の嫡男信忠は、少し頭をかきながら遅れた詫びを言いながら、連歌会場に入ってきた。
「すまぬ紹巴師匠、天狗の太郎坊で占いをしていたら……」
「それで、占いの結果は?」すかさず尋ねる紹巴。
「なんと――
――六、六、六」
「おぉ~」
紹巴だけでなく、連歌会参加者みなが驚きの声を挙げる。
みな、口々に――
「これは目出度い」「縁起が良いですな」
「こらは正に――
『六が三つ揃う時、天国の門が開かれるですな』」
「――信忠様、私と同じですじゃ」
もう還暦を優に過ぎた光秀が、嬉しそうに信忠に声をかける。
「おぉ、秀爺もそうであったか、それは縁起の良い。
――父上も知ったら喜ぶであろう」
光秀を“秀爺”と呼ぶ信忠。実は信忠と光秀は仲が良い。
何故なら光秀は、まず父である信長にもっとも信頼せれている家臣である。そして信長が一番気に入っている家臣である。
これは同じく出世頭の羽柴秀吉と比べるとよく解るが、秀吉は主に軍略の面で信長に評価されているので、外征が多く信長の近くにいることは少ない。
そう天下首都安土、日本の首都京を擁する近畿の最高指令官に信長から任命された光秀は、当然信長と近くで共にすごすことも多く、他のどの大将クラスの家臣と比べても一番光秀が信長の側にいる。
また今回の『信長による福音書』計画の実行者に信長から任命される程の信頼感である。
同じくこの計画によって命を捨てることになる信忠が、計画遂行の同志として、自らの祖父のような年齢差の光秀に敬愛の情を抱くのは当然のことであった。
「信長様は達者で」光秀は、
安土饗応前の『餞別の儀式』での、肩を揉みながら涙した信長の姿を思い出し、万感の思いを感じながら尋ねる。
「うむ、本日の為に歌を真剣に思案しておった」
「そういうことじゃったか、――」
次回、『紹巴の想いで』
GW特別企画、5/4連続投稿スペシャル――
第二段は、本日朝7時までに投稿!
――乞う、ご期待!




